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STEP!!  作者: 海原羅絃
第一部 第一章アイドルとSTEP!!
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第六話 「神崎を助けに行くんだよ」

 「うう、腹重てぇ……由見のやろう、あんなにでかいパフェを食わせやがって」

 喫茶店からの帰り道。

 結局、由見の逆鱗に触れてしまった俺と光は、罰として由見が食いきれなかったジャンボパフェを処理する羽目になった。おかげで胸焼けがやばい。

 家に帰るまでの足取りが重い。吐きたくても吐けない。一番つらい状況だ。

 しかし、その吐き気を忘れるかのように一台の赤い車が俺の目に留まる。

 前に見た高級そうな外車だ。

 光が言っていた車と同じだ。

 そして、運転席に座っていた男が車から降り、俺の方へと向かってくる。

 「君、聖城学園の生徒かな?」

 「ええ、そうですよ」

 学校が一目でわかったのは、制服についている校章だろう。校章が他と違って、派手なデザインだからすぐに特定できる。

 「神崎燐……もちろん知っているかな?」

 「ええ」

 光と同じ質問だ。

 けれど……何か違和感がある。

 この人、何で同じ質問するんだ? 神崎のことを聞いてどうする?

 「あの、もしかして神崎と何か関係のある人ですか?」

 「ん? ああ、ぼくはね。こういうものなんだよ」

 胸ポケットから取り出してきたのは、いかにもう高級そうな革を使った名刺入れ。

 一枚の名刺を渡され、そこには『大神芸能事務所 補佐担当 佐々木浩二郎』と、黒のゴシック体で記されていた。

 佐々木、浩二郎。

 どこかで聞いたことがあるけれど……はて、誰だっけ?

 「実は神崎燐さんのマネージャーを担当していて、最近転校したばかりの彼女の学校生活はどうなのか、ご学友さんにお聞きしたくて声をかけました」

 「補佐なのに、マネージャーをやっているんですか?」

 「ええ。うちの事務所は、他の事務所に所属している者のマネージャーが急用で就けなくなったとき、我が所にて補佐を出しています。それが、私なのです」

 初耳のシステムだな。今の芸能界ってそこまで発展しているんか。

 「それで、本題に移るんですが最近神崎さんはどういったご様子で?」

 「どういったと言われても……特に普通ですよ。元気で友達とやっていますし、話もそこそこします」

 こうして、なぜか神崎のプライベートについてあれこれしゃべってしまった。

 まあ、マネージャーの仕事なのだろう。

 「ご協力、感謝いたします」

 一礼し、佐々木浩二郎は車に乗ってそのまま走り去っていった。


 


□ □ □




 学校に行くのが億劫になる木曜日と金曜日を乗り越え、神崎のライブの日がやってきた。

 別に前夜に興奮して眠れなくなるなんてことはないが、ライブというものに参加するのは初めてだ。

 無論、現役の時はやったことがない(記憶にない)

 夜のニュースでも、一部は明日のライブを話題に挙げているところもある。

 さすが人気アイドルといったところか、ドームコンサートとなれば少しくらいニュースになっても不思議ではないよな。

 そう考えれば、当日はめっちゃ混みそうだな。

 会場までは電車に乗って数本先の駅へ行き、無料シャトルバスで行く予定だ。車なんてとんでもない。公共交通機関を利用してこそ、ライブへ参加する人への配慮が大切なんだ……なんて、光が饒舌極まりなく話していたな。

 その通りに、当日は混むことが予想されている。

 でも俺の座る席は、プレミアムシートだから行列を作って並ぶほどのものじゃない。その辺はチケットを渡した神崎に感謝するべきだな。

 「これは明日、忙しくなるわね」

 缶ビールを片手に、お風呂上りの姉ちゃんがニュースを見て言った。

 一口飲むたびに、「ぷはぁ!」という響きは女優としていささかどうなのか。

 全国一律のファンにこの光景を見せてやりたいのが、弟のちょっとした願望なのだ。

 「何かあるのか?」

 「今回やるコンサート、年に三回行われるドームコンサートの一つなのよ。それなりの人気を博しているわけで、そこでやりたいっていう人は一杯いるわ。だから毎回、メディアによる裏投票で決まっているのよ。半年間で人気のあるアイドル、グループが候補に挙げられてメディアの中で投票を行う。燐はその中で一番多く票を勝ち取ったっていうことよ」

 年に三回しか行われないコンサートを、神崎は苦闘の中その権利を得たというわけか。

 その説明なら、そこまでしてニュースで取り上げられているのか納得もいく。

 「でも、何で姉ちゃんも忙しくなるんだ?」

 「燐がコンサートするからには、機材の準備やその日のプログラム、照明やメイクまで事務所でやらなきゃいけないのよ。私は当日、舞台裏で司会するのよ」

 「そりゃ大変だな」

 人気アイドルが所属する事務所はやることがたくさんなのか。

 でも逆をとれば、事務所内でもライバル関係のある人は気分的に良くないんじゃないか?

 「ちなみに、事務所に所属している人は強制参加じゃないからコンサートを壊してやろうっていう悪だくみをしそうな人は、省いているのよ」

 うわお。心の中を読んできやがった。

 姉ちゃんの言うことも的確だな。コンサートぶち壊されたら、事務所の代表の人も泡吹いて倒れちまう。

 「人気があればあるほど、こういった何の利益もない目論見をする人がいるのよ。私は歌手はやっていないからわからないけれどね」

 「未だに音痴なの?」

 「うるさいわね。生まれ持って神に与えられたありがたいものなのよ? 大体、世界には音痴とそうでない人は半々くらいだって、理屈ではなりとおっているのよ」

 それ、屁理屈だろ。

 『ティーンズ』は少数アイドルから女優まで輩出するそれなりに人気のある事務所だ。歌手としてデビューするアイドルもいるけれど、中には例外が……

 「……何よ、その眼は」

 「いや、姉ちゃんみたいにかわいい女優でも歌は下手なんだなって」

 「だからぁ!! 歌は下手じゃないのよ。音痴なだけ!!」

 「否定できてなくね!?」

 とまあ、顔を赤くしながら答えるところがチャームポイントですよ。

 さすが、事務所内で不動の一位に咲き誇る芸能人さんであることで。

 「さて、明日も朝は早いから私は寝るわね」

 「はいよ」

 うまくはぐらかしたかのように聞こえるが、姉ちゃんの言うとおりもう遅い。

 空き缶を台所の流しに投げ込み、うまい具合に積み重ねていた皿の上にとどまる。

 手をひらひらさせて、姉ちゃんは寝室へと入って行った。

 テレビのニュースは、いつの間にか明日のライブのことから物騒な誘拐犯の話題へとシフトしていた。




 ライブは10時に開場し、10時半から始まる。

 逆算すれば、家を出るのは45分前がベストだ。

 俺より先に、姉ちゃんが準備のために早く家を出る。もちろん、お昼は必要だから朝早起きして弁当を作らなければならない。

 いい加減姉ちゃんも料理を覚えてほしいが、不器用さが故にあと5年はかかるとこの前教えてそう感じた。

 俺は適当にコンビニのおにぎりで済ませよ。昨日買い物に行っている時間がなかったから、材料が足りない。姉ちゃんの分を作るだけでも精一杯だった。

 いつもより早い激闘を終え、時間に余裕があるから姉ちゃんの出発時刻と同時に起きよう。

 アラームを8時にセットし直し、俺は二度寝を堪能した。





 はずだった。

 「燿くん!! 起きて燿くん!!」

 「ん……なんだよぉ」

 二度寝だから起きるのが少しつらい。時計に目をやると、まだ8時前だった。姉ちゃんはまだ家にいた。

 「どうしたんだよ。時間大丈夫なの?」

 「そうだ!? 時間……じゃなくて! ねえ、燐ちゃんが会場についていないのよ!!」

 「あいつのことなんだから、寝坊でもしているんじゃねえのか?」

 まだ目がショボショボするなぁ。時間に余裕があったら朝シャンしてこよ。

 「それはないのよ。あの子、時間には正確に来るし遅刻もしてこないのよ。しかも、送迎を頼んだタクシーとも連絡取れないし」

 「マネージャーにでも連絡したら? ほら、あの男の人」

 慌てふためいている姉ちゃんとは裏腹に、俺は冷静に連絡すべき相手を言う。マネージャーにでも連絡すれば、あとは何とかなるはずだ。

 しかし、姉ちゃんから帰ってきた答えは、俺の眠気を一気に吹き飛ばす起爆剤になった。

 「男? あの子に男のマネージャーなんていないわよ」

 ……はい?

 どうやら、目が覚めていても脳の方はまだ寝ているな。チョコでも食べて頭を活性化させないと。

 「燐のマネージャーは女の人よ? 第一、うちの事務所に男の人はいないけど……」

 「えっ!? じゃあ」

 俺の思考、記憶が少し昨日、数日前、ありとあらゆる記憶をつなげていく。

 あー、そういうことか。

 数日前に会った男を思い出す。

 佐々木浩二郎。

 あの男が神崎のマネージャーなんて言うのは、真っ赤なウソだ。

 おそらく、以前俺んちのアパートの前にいたのは神崎がそこに住んでいると勘違いしたからかもしれない。

 たぶん、俺んちご飯を食べた時だ。あの帰りに神崎の家を特定したんだ。

 「姉ちゃん、神崎のマネージャーに電話して。ライブがもし遅れたとき用に、代理のプログラムを作るように」

 「でもそんな権限私にないわよ?」

 「言うだけ言って!! 当事者がいなくなったとき用のプログラムなんて、事務所側で作っているはずだろ」

 「わ、わかったわ」

 言われるがままに、姉ちゃんはスマホを操作して神崎のマネージャーへと電話を掛ける。

 俺は布団から跳ね起き、急いで支度を済ませる。

 あの人にもメールを入れておく。この時間帯にメールを送っても大丈夫だろう。

 神崎がいなくなったのも、家を出て直後。考えられるのはタクシーの中。

 タクシーの運転手がグルなら、可能性は十分ある。

 「どうするの?」

 姉ちゃんの心配そうな質問に、俺は、

 「神崎を助けに行くんだよ」




□ □ □

 



 私は今日という日を楽しみにしてた。

 ライブ自体、ステージに立てるのだから楽しい。

 だが、それよりも彼が来ることのほうがもっと楽しい。

 最初は正体を知った時、まずい料理を口にしたみたいになった。そこまで彼は汚らわしくないけれど……

 気になっていることもやっぱりあり、彼があの人だっていうことを知る前に同じ事務所の耀里参加と思っていた。

 思い切って話してみることに決めた。

 事務所の中でも話しやすい相手だったから。

 最初の通り、正体を知ったときは吐きそうなくらいだった。疑っていた。あんなのが……それが、なぜか心の中で許せなかったのだ。

 でも、私にかける言葉がどれも温かく、出来立てのオムライスみたいにフワッとしていた。

 そういえばオムライス……また食べたいなぁ。

 おっと、手を休めている暇はないんだ。

 昨晩もしっかり眠れたし、朝も快きままに起きることができた。

 ライブは2時間弱。歌っている方も聞いている方も体力や精神に大きく圧力がかかる。

 昨晩のうちに作っておいた肉じゃがを、電子レンジで温める。

 その間、わずかではあるが今日のプログラムを確認する。

 大勢の人の前で歌うのはいまだに慣れていないけれど、数多くの候補者の中から自分が選ばれたのだから、それに恥じないように頑張りたい。そのためにも、曲目を隅から隅まで確認し、今日披露する曲を音楽プレーヤーでシミュレーションする。

 軽快な電子レンジの音が鳴り響き、湯気を立てている肉じゃがを取り出す。炊飯器から炊き立てのご飯を盛り付け、テーブルへと運ぶ。

 一人暮らしを始めて3か月。学業と仕事を両立するためにも、一人暮らしをして両親から自立しなくてはならない。という意味合いで始めた。

 もちろん両親には反対をされた。私も高校生なんだから、心配するのは当然のことかもしれない。でも、いつまでも親に頼っているわけにはいかなかった。

 将来のことを見据えての私の最善の行動。その現実が、今ここにあるのだ。

 10年前、あの子に憧れて自分もいつしかああいう風になりたい。

 それが叶い、今の自分を在り続けてくれる事に感謝しなくちゃいけない。

 今日のライブは、その意味を込めて行われるといっても過言じゃないから。

 ご飯一粒残さず、食器を綺麗に流しへと置く。

 「そろそろ時間だね」

 壁に取り付けられた時計で時刻を確認すれば、送迎のタクシーが来る時間が近い事に気づく。

 メイクは楽屋に行ってもできるから、せめて歯磨きだけでも……

 あわてて洗面所へ行き、チューブの歯磨き粉を歯ブラシに奔らせる。

 その間に戸がしっかり施錠されているか確認し、私は大急ぎで家を出た。

 私が住んでいるアパートは5階建て。エレベーターはあるが待っている暇もない。階段を全速力で駆け下り、入り口まで行くとタクシーがすでに駐留していた。

 「すいません。遅れてしまって」

 「大丈夫ですよ。時間は余裕なのであわてなくてもよかったですのに」

 運転手は若いお兄さんだった。見た目的に20代後半だろうか。

 運転手に落ち着かされ、私はぺこりと頭を下げた。

 「行き先は東武ドームでいいんですよね?」

 「はい。表からだと人が多いので、裏の方まで回ってくれますか?」

 「かしこまりました」

 駐留していたタクシーは出発する。

 国道をずっと走り続けること20分。もう少しで目的地である東武ドームにつくけれど、私はこの時、妙な違和感を覚えた。

 タクシーにはカーナビが備え付けられていて、もちろんそれはしっかり作動している。でも、後部座席から見る限り目的地からだんだん遠いところに行っている。

 もしかしたら間違っているんじゃないのか。指摘しようとしたが、運転手に失礼だろうと思い、言えないままだった。

 しかし、不安が募る一方だったので私は勇気を出して言うことにした。

 「あの……目的地は東武ドームなんですけれど大丈夫ですか?」

 運転手は黙ったまま、ひたすらハンドルを操作する。

 間違っていました。なんて言えないのだろうか。さすがに我慢できなくなった私は、もう一度指摘しようとしたとき、

 「お嬢ちゃん。もう少しで着くからそれまで待っていてくれるかな?」

 「そ……」

 言葉を発する前に、目の前でスプレーの噴射音が聞こえた。

 何もわからぬまま、私の意識は深い闇へと放り込まれた。


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