第七話「それで、話って何ですか?」
芸能事務所『スターライトドリームス』
応接室では二人の男が向き合って、ソファに座っていた。片方は事務所長、引木恭弥。もう一人は……
「それで、あの女装コンテストに出た奴はこっちの企画に出ることになったんですか?」
「まだその気ではないらしい。まあ、どのみち企画のほうには参加すると思うがな」
「本当にそいつが星野輝夜なんですか?」
「『ティーンズ』の長が言うんだから間違いないだろう。……なんだ、そんなに気になるのか。龍?」
「……」
龍と呼ばれた人物は、ソファの上で足を組み、目の前のお菓子をほおばっていた。
大野龍。『ティーンズ』の超人気アイドルが神崎燐ならば、『スターライトドリーム』の超人気アイドルはこの男と言ってもいいくらいだ。
雑誌では大きく取り上げてられないが、芸能人間では神崎と付き合っているんじゃないかという噂で取り上げられている。
「気になるというか……なんか気に入らないんですよね」
「お前はそういうのが多いからな」
「愚問ですね。俺はそういうキャラでしたか?」
「自分がどういう言うキャラなのかは、自分に聞いてみな」
なんだそれ。と、龍は心の中で呟きながらまた一つお菓子をほおばった。
事務所に入所してから4年弱。同時期に事務所に入った神崎燐に彼は惹かれていた。
ともにブレイクした時期は一緒だが、龍自身もともと顔もよく女性ファンからの人気は右肩上がりだった。
神崎と面識したのはドラマでの共演。まだ中学生の時だった。同世代が少ないということもあり、よく休憩中に話をしていたのがきっかけで……
「龍? おい、龍!?」
「あっ」
「疲れているのか? だったら早く帰って休めよ」
「そうですね。じゃあ、帰らせてもらいます」
星野輝夜……生野燿平。
なんか、気に食わない。
□ □ □
「へえー、テレビ局にねー」
「なんか姉ちゃんがほかの奴らも誘っていいって言っていたからさ、お前ら部活のほうはどうなの?」
「土曜日なら午前練習だけれど……」
「俺は一日オフだぜ」
「え!? またオフなの? 男子オフ多すぎじゃない?」
「いいだろ? 選手権だって近いんだし体を休めることも大事だろ」
「まあ、二人の話はともかくだな」
「「ともかくじゃない!!」」
二人のハモリが俺の耳を揺さぶった。何シンクロしているんだよ。仲良しか。
数日後の学校にて、昼休みを利用して俺たちは今週の土曜日のことについて話合っていた。
文化祭が終わってからも、その余韻が晴れないのはこの身をもって感じられる。食堂は準備期間の時とは特に変わらない空気を醸し出している。
そんな中、俺の横を通り過ぎていく人たちはなぜか、必ずと言っていいほど俺の顔を一瞥していく。
……なんか気になる。
「テレビ局のほうへは今週の土曜日に行くけれどいいかしら?」
「私は全くもって大丈夫ですわ」
「雨宮、仕事のほうは大丈夫なのか?」
「せっかく燿平さんが来られるんですから、無理やりキャンセルしましたわ」
「そ……そうなのか」
勝手に仕事をキャンセルなんてして大丈夫なのか……
「私も行っていいのかしら?」
「先輩も全然大丈夫ですよ。招待されている身なのですから」
「せっかくだから、参加させていただくわ」
いつの間に桐原先輩が。
文化祭が終わって以来、意外な関係を保っている俺と桐原美里。
特に仲がいい燐と雨宮。文化祭での真実を聞かされてからというものの、桐原先輩の印象は大分変った気がする。
もともと悪いイメージしかなかったのはいけないが、こうして面と話してみると意外と話しやすい。
人って見かけによらないんだな……
「それなら、今週の土曜日13時に駅前でいいわね?」
「それなら間に合うな」
「私も全然いいわよ」
「満場一致ですわね」
テレビ局の見学か……
確か、女装コンテストやるところって東都テレビ局だったよな……
あそこ、よく収録で行っていたな。
番組のほうと言い、見学と言い、なんだか嫌な予感しかしない。
「なんだかさえない顔をしているな」
「そんな風に見えますか?」
「私も時折そんな顔をしているからな。状況から察するに、番組とテレビ局見学で頭を悩ませているな」
この人、エスパーかよ。それか、俺がそんなに顔に出る人なのか。
「無理もない。トラウマ同然の女装をいきなりさせられた挙句、今度はテレビ出演まで。元子役アイドルとはいえ、圧し掛かるものが重すぎる」
「さすが大手会社の社長さんで」
「貶しているのか?」
「……」
怒られてしまった。
「まあ、何でもいいが。君に話しておきたいことがあるのだが、この後いいか?」
「なんですか?」
俺がそう質問をすると、彼女は鼻に指をあてるという意外なしぐさをして、
「機密事項だよ」
ちょっとだけ。
ちょっとだけだが、胸がしめられた。
……俺ってもう末期かな。
□ □ □
「それで、話って何ですか?」
放課後、俺は生徒会室へと立ち寄った。
昼休みが終わってから、俺のスマホに一通のメールが来たのだが、アドレス登録wしていないものだった。件名、内容を見るなり一発で桐原美里ということがわかったんだけれど、どこから俺のアドレスとゲットしたのかなんて、わかっていることだからあえて聞かないことにした。
「このイベントの顛末を、そろそろ君に話しておこうかなと思って。これ以上、包み隠すのも私としても心地が悪いからな」
「そこまで周りに知られたくないことなんですか?」
「機密事項だといっただろ?」
確かにそうだけれど……
「これを見てほしいんだ」
目の前に差し出されたのは、一枚の紙。そこにはグラフが書かれ、折れ線で何かを示していた。
「なんですか?」
「折れ線グラフだが?」
そんなの見て分かるんですけれど……
「まあこれはここ数十年の『ティーンズ』も収支グラフだ。それと右下の小さい表は一か月の仕事の数を示している」
そのグラフは上下を繰り返して推移を示している。俺から見ても、決して経営がいいとはいえない。あれだけ人気アイドルを輩出しているとはいえ、経営が右肩上がりまではいかないのか。
「実を言うとだな……」
俺はこのグラフの意味を聞かされたが、それが本当なのか真に受けるのに少し時間がかかった。
「まじですか?」
「本当以外のなんだっていうんだ? 私は一言も嘘を言っていないからな」
「結構リアルなんですね……」
「よくあることにして、あまりないことだからな」
「なんですか、その曖昧な表現は」
「そのままだよ」
それにしても……
芸能界にもいろいろな事情があるんだな。
スキャンダルにしろ、めでたいものにしろ、様々に。物心ついたら違う世界に踏み出していた俺からすれば、他人事になるが長く親しくしている人たちが関与していればそれはまた別の話になるな。
「このことは、ほかの奴らは?」
「詳しい事情まではいかないけれど、大まかなことは知っているわよ。それを知られないっていうのは逆に難しいと思うわね」
「確かに言われてみれば……」
ばれないほうが難しいよな。
でも要は、俺が『女装コンテスト』で優勝すれば解決に解決する問題でもあるからな。
難しいなー。どう考えても。
「とにかく、神崎たちにはこれ以上詳しい話はしていないからね。口を滑らせないように」
「わかりました」
それじゃあ、わたしはこれで。と、桐原先輩はどこかへ行ってしまった。
取り残された生徒会室で、俺は軽く頭の中で今の状況を整理した。
こうなったら、俺はもう後には引き下がれない。
星野輝夜。『ティーンズ』、女装。
過去に失ったものはもとには戻せないとは言うけれど、過去に失ったものを取り戻そうとすることはできる。
……かもしれないと俺は思っている。
だが母さんが築き上げてきたものを、俺が壊すわけにはいかない。




