第六話 「とにもかくにも、お互い頑張りましょう」
燐と燿平が立ち去ってから数分後。
「いやいや。待たせて悪かったね」
「いえ、こちらこそ、わざわざこんなところまでお越しいただいてありがとございます」
「何、前回こそそちらからお越しいただいたのだから、当然のことでしょう」
高梨誠の隣に座ったのは、彼と同じくらいの年ごろの男性。
スーツに身を包ませ、どことなく紳士的なにおいを漂わせる男性。
「それで、そちらのほうはメンツが決まりましたか?」
「ある程度は決まったのですが、まだ一人固定したい人物がいるんですがね……」
「星野輝夜……かね?」
「ああ。ついさっき本人と話したのだが、聞いた感じまだ決意は固まっていないそうなんだ。そちらは?」
「こっちは既にメンバーは決まっている」
「そちらはイケメンアイドルが揃っていますからね。こっちなんて、事務所には女性しかいないので、ほぼ素人集団なんですよ」
「それはそれは。まあ、うちも実際ステージに出すのはほんの一部であとは一般募集ですから」
高梨と男が話している中、いつ頼まれたのか分からないコーヒーが運び出された。男は何の躊躇もなく、口にした。
この男、芸能事務所『スターライトドリーム』の所長、引木恭弥である。
『スターライトドリーム』はいうなれば、ジャニーズのような男性アイドルグループのようなもの。女性アイドル芸能事務所の代表が『ティーンズ』であるならば、男性アイドルグループの代表格は『スターライトドリーム』というべきだろう。
何故、この二つの事務所の代表者が集っているのか。それには近々行われる『女装コンテスト』のためである。
「最近はドラマ出演する方も増えていますね」
「いえいえ。そちらに比べればうちはまだまだです」
「いろいろ大変なこともある中、頑張っていると思いますよ」
「それはそれは……」
応援されているのか、それともまるで自分らの失態を待ちわびているのか、高梨にとっては複雑な心境であった。
こちらはこちらで『女装コンテスト』というイベントで勝たなければならないし、そちらもそちらで事情があるのだろうが、勝たなければならないのかもしれない。
「とにもかくにも、お互い頑張りましょう」
「そうですね」
□ □ □
「へえ、所長にあったんだ」
「ああ、ばったりだけれどな」
「それで、例の話をしてきたの?」
「まあ、話すことと言ったらそれしかないからな」
帰宅した俺は、早々姉ちゃんに今日のことを話した。
今日の話だけで俺の決意は固まったとはいいがたいが、ある程度の考えはまとめることができたと思っている。
「所長はあんたに出てほしいから頼んだからね。ごり押しされなかっただけでもましなんじゃない?」
「ごり推しされるのか?」
「するわよ。所長は目に留まった子はよほどのことがない限り、ずっと口説き通すんだから」
「じゃあ、母さんもそうだったのかな」
「うーん。母さんは違うんじゃないのかな? なんか昔はかなりのヘタレだったらしいわよ」
誰情報だよ。
とにかく、そろそろ俺は『女装コンテスト』への参加を決意しなければならん。いつまでも先延ばしなんかしてもらえない。……もともと先延ばしなんてしないのだが、参加するしないにしても、早めに連絡は寄越したほうがいいだろう。
「私は何度も言っているけれど、最終的に決めるのはあんただからね。まあ、参加したほうがそれはそれでいい思い出だと思うけれどね」
「思い出作りに行くとは思わないのだが……」
ん? そういえば一つ気になっていることが……
「所長にしても、桐原にしても、なんで俺をそこまでしてテレビ番組の『女装コンテスト』に参加させたいんだ?」
「うーん……なんでだろう?」
「……」
なんかうまいことはぐらかされたような気がする。絶対なんか裏があるだろ
そもそも、あの二人は俺が星野輝夜だっていうことを知っている。それを見据えているのかはわからないが、業界宣伝にでも使いたいのだろうか。
いまいち、この企画が何のためにあるのか俺には理解できない。
いや、俺だけじゃないかもしれない。姉ちゃんだって、燐だって雨宮だってこの企画は何を目的にして立案されたのか、本当の意味を知らないと思う。独断の偏見だとは思うが、おれはその部分がどうしても引っかかるのだ。
「私だって所長が何を考えているのかはわからないけれど、出てみる価値は十分にあるんじゃないの?」
「その根拠はなんだよ」
「だから思い出作り」
「思い出作りで女装してみようという気にはならないよ」
「でも、ほかの事務所から女装したいっていう人は結構いるらしいわよ?」
「ギャラが出るから出場するんだろ?」
「そこらへんはお姉ちゃん分からなーい」
貴様芸能人だろうが。
……とにかく、そろそろ決めないとな。
俺はそんな思い悩んでいた時だった。
インターホンが鳴った。こんな時間にだれだ? なんていうかよ。あいつしかいない。
「あ、燐じゃない。こんな時間にどうしたの?」
来訪者は燐だ。……いつのまに居間にきた。
「燿平君、ちょっと話あるんだけれどいいかしら?」
「え、別にいいけれど」
「大した話ではないんだけれど、さっき事務所から電話来たのよ。そしたら、燿平君に是非テレビ局内を案内したいのよ」
「は?」
なんだその話。テレビ局内を案内って……
「どんだけ俺をその気にさせたいんだよ……」
「私もそこまでやるのって思うんだけれど、せっかくいい機会なんだから行ってみない?」
「そうよ。テレビ局内なんてそうそうはいれるところじゃないんだよ? 今のうちに行っておきなって」
「いや、俺何回もテレビ局行っているからいいよ」
「せっかくなんだから行きなって!! 所長からの誘いなんだよ? 絶対燿君驚くって!!」
驚くって何にだよ。テレビ局を案内されたところで、俺が番組に出るとは限らないだろうに。
「それと、燿平君と話したい人がいるって所長が言っていたわよ」
「誰だよ、それ」
「いや、私も名前は聞いていないのよ。ただ所長がそういっていただけ」
俺に話したい人って……そこまで芸能界に流通しているわけじゃないし、まったく目星がつかない。
「……いったほうがいいのか?」
「私は知らなーい」
事務所に所属している人間だろ。
続いて燐のほうを見る。
「私は言ったほうがいいと思うわよ。決めるのは燿平君だけれど」
……。最近同じ言葉を聞いている気がする。
にしても、俺と話したい人って誰なんだよ。
「じゃあ、決まりね。で、いつ局のほうへ行くの?」
「来週の土曜日です」
「その日は私も燐も仕事入っていないからいいわね」
「いや、もう行くっていうのは決定ですか? 俺の意思はどこへ?」
「いいじゃないの。それくらい。どうせ燿平だって暇でしょ?」
「……」
何も言い返せねえや。
ここまで来たら、行くしかないのか。
文化祭が終わっても、俺の非日常な生活は終わらないのか……とほほ。




