第五話 「今日は私のおごりだ」
「なんで俺がお前の買い物に付き合わなきゃいけねえんだよー」
「いいじゃない。せっかくのオフなわけだし、あんただって家でグータラしているだけでしょ?」
「俺がぐうたらするって分かっていて、連れ出したのかよ!!」
「それ以外何の理由があるっていうのよ……」
燿平と燐が買い物している頃。同じ休日の昼下がり。
羽鳥光と北村由見は二人と全く同じ所へ来ていた。
由見は以前から約束していた友達が急用でこれなくなり、急きょ光を誘う。
一方光はせっかくのオフということか、家でグータラしていたところに……
「今日一日荷物持ちしてくれたら、何かしら奢るから」
「なんかうれしくねえ取引だな……」
「グダグダ言っていないで、さっさと行くわよ」
「へーい」
ったく、待ちに待ったオフなのになんで由見と買い物なんか……
どうせなら燿平あたり誘ってカラオケでも行ったほうがマシだったのにな。
由見に思うがままに連れていかれ、適当に景色を視索していた光の目にある光景が飛び込んだ。
「っ!?」
おいおい。今の燿平と燐ちゃんじゃねえか?
いや、見間違い? でもそんなはずはない。片方は完全に燿平だ。なら、一緒に歩いているのも……
由見に言おうか、光は戸惑った。
このことを言ってどうする? あとをつける? 割って入り、一緒に行動するのか?
たとえ光がその選択肢を導き出したところで、答えはstayだろう。
「さあ、ついたわよ。じゃんじゃん買い物するわよ……って、どうしたの?」
「いや、何でもねえよ」
考えすぎだ。
あいつらはあいつらなんだ。
俺がどうこう言える立場じゃねえからな。
「なんかやけに素直になったわね」
「早く帰りてえからな!!」
光は、なるべくあの二人に遭遇しないようにと、心の中でそっと誓ったのだった。
お昼時に差し掛かり、由見の買い物が一通り済んだところで、二人は近くのレストランで食事をとることにした。
「そういえばさ」
注文したナポリタンをフォークでつつきながら、由見は話を吹っかけてきた。
光はコスパの良いピザを黙々と食べていた。
「燿平って、燐ちゃんのことどう思っているのかな?」
その質問をされ、光は唐突に先ほどの光景を思い出してしまった。
別にあの二人がどういう関係なのかは、光自身はあまり気になっていない。
見た目は別として、容量のいい燿平なら燐とはお似合いだとはいつも思っている。
「あいつはどう思っているのか分からないけれど、たぶん好きなんじゃないのか?」
「何それ?」
「いや、そのままだろ? どうみても燿平は恋愛には鈍感だし、燐ちゃんだってそこまで表向きにならないだろ?」
「確かにそうだけれどね……なんか、見ているこっちも息苦しいっていうか……」
光には由見が何を言いたいのか分かっている。
ただ、そのことを周囲が理解したところで何が変わるというのか。結局は当人が動かなければ収まらないこと。
しかも、燿平を好きなのは燐だけではない。
それを二人はもちろん把握している。だからこそ、ややこしくならないようにするのが二人の役目なのだ。
「まずは、燿平の鈍感癖を直さなければ始まらないからね……」
由見の手元が止まったのは、言葉を言い終えたのと同じくらいだった。
「どうした?」
「あれ……燿平と燐ちゃんじゃない?」
由見の視線の先に、光も合わせる。
そこには、並んで歩く燿平と燐の姿が。
「まさか……」
驚いている由見とは対に、光は冷静さを保つ。
「あの二人、どこに行くのかな?」
「追ってみるか?」
「大丈夫なの?」
「たまには友の恋路を影から見守るのも親友の役目だろ?」
「そ、そうなの?」
戸惑う由見を引き連れ、ばれないように燿平たちの後を追う。
端から見ればただのストーカー行為ではあるが、別に前もって計画されていたことではないし、俺たちはただ単に燿平を見守っているだけだ。何か問題のあることでもなったらそれまでだけれど。
「二人とも、スタバに入って行ったわよ」
「どうする?」
「どうするって……追うって言ったのは光よ?」
「そういえばそうだな」
ここからどうするか。
まあ、ただ見張っているだけだ。
「それにしても、あの二人が出かけるなんてね……」
「珍しくはなくね? 隣に住んでいるわけだし、行こうと思えばいつでも行けるからな」
「なるほどね」
さてさて。
今、光はあることを期待していた。
一つは、どちらかが何かしらの行為をする。
簡単に言えば、イチャツキ。
……実際は期待なんてしていないが。
もう一つは……考えすぎか。こんなことはまずあり得ない。絶対。
しばらく時間がたつが、二人は一向に店の外から姿を見せる気配はない。
光はそんなところに延々と座って、おしゃべりして楽しいのかよと歯ぎしりしながら二人を見つめている。
一方、由見はさっきの光みたく早く帰りたい気分だった。さっきから自分たちのしていることはストーカー行為そのものだ。しかも、こんな白昼のショッピングモール内で。目立つ以外ほかにない。
光は一切そんなことは気にならないようで、二人の動向をゆっくり見守っているが、周囲からの視線に耐えられなくなってきた由見は、
「ねえ、そろそろ行かない? どうみても私たち怪しいでしょ?」
「そ、そうだな。仕方ねえけれど……」
やむを得ず、二人はその場から立ち去ることにした。
「あの二人、何を話していたと思う?」
「何って……普通におしゃべりでしょ?」
「いや、あれはどうみても普通には見えなかったな……」
「どうしてよ?」
「燐ちゃんの顔から察したんだけれどさ、なんか深刻そうな顔をしていたんだよ。燿平はどうかは分からないけれど。フラペチーノ片手に語っていたからさ」
「……」
由見は光の推測に口を挟もうと思ったが、熱弁する彼に水を差すのは悪いと察した。
たぶん……カロリー高いとかそんなこと話していたんじゃない?
なんていえなかった。光のこの自信満々の顔を見てしまっては。
「ま、何をどう話していたかは俺らには関係なさそうだけれどな」
「それなら、さっさと帰りましょ? 早く帰りたいんでしょ?」
「……」
出かけ始めた時から早く帰りたいとせがんでいた光の要望を聞き入れ、由見は踵を返して帰ろうとするが、光はその場で立ち止まったままだった。
「どうしたのよ」
「どこか寄って行かねえか? 久しぶりに二人なんだし」
「なっ……何言っているのよ急に」
「いや、せっかくここに来たんだから、どこか行かねえかって言っているじゃねえかよ!! あとなんだその嫌そうな顔は!!」
「別にー。急に光が気持ち悪いこと言うからびっくりしただけでーす」
「このやろ……」
「ま、たまにはいいかもね」
「あ?」
そして由見は、大きく伸びをして。
「しょうがないから付き合ってあげるよ!!」
□ □ □
「どうかしたの?」
「いや、誰かに見られている気がしたんだけれど……」
「気のせいじゃない?」
「……そうだよな」
その割には、本当に知っている誰かに見られている気がしたんだよなぁ。
光とか由見がこっちに来ていたのかな。
一息入れ終えた俺たちは、とりあえず時間があるということでその辺を散策することにした。
散策と言っても、ここのショッピングモールはかなりの広さを持っているから散策も何も、普通に歩いているだけで時間が潰せる。
俺は両手に燐が購入した服やらなんやら詰め込まれたものを持ち、対する燐は何も持たず俺の目の前を闊歩していた。
「……」
少しは自分のものを持てよと言いたかったが、なんだかそんなことを言える気分ではなかった。
だるいからではない。本当になんでだろうか。気分的にそんなこと言えない。
今ならこいつと一緒にいて、何でもしてやれる気がする。やれることに限りはあるけれど。
「燿平君!! もたもたしているとおいていくわよ!!」
「ああ、わかったよ!!」
前言撤回。自分の荷物は自分で持ってくれ。
俺との距離が離れていく一方で、俺は少しでも距離を詰めるべく走り出そうとしたとき。
「おっと」
「おっ」
角から出てきた人とぶつかってしまった。
荷物が多いからという理由もあるが、明らか俺の不注意でぶつかったのだ。
「すみません。お怪我はありませんか?」
「ああ。だ丈夫だよ。君のほうこそ大丈夫か?」
「あ、大丈夫です」
驚いた。俺は結構フィジカルは強いほうなのに、ぶつかってもビクともしなかった。
見た感じ結構年配な感じがするけれど……
「燿平君、大丈夫?」
「ああ、何とかな」
「燿平君?」
「すみません。お怪我は……って、所長!?」
「おお、神崎君か」
「え?」
なんだなんだ。
状況が全く呑み込めないぞ。
「ということは、君が生野燿平君か」
「そ、そうですが……」
俺、この人とどこかで知り合ったっけ?
……全く覚えてねえぞ。
「紹介するね。うちの事務所の所長、高梨誠さんよ」
事務所の所長……ってことは『ティーンズ』のか。
ん? 高梨誠? どこかで聞いたことが……
「あ……」
「お久しぶりだね。燿平君」
そういえばこの人、前に姉ちゃんが言っていた人だ。
それに。
俺のかあさんのマネージャーだった人。
俺が小さい頃だったし、顔なんて全然覚えてないけれど。
「ずいぶんと大きくなったな」
「どうも」
「所長がこんなところに出かけるなんて、珍しいですね」
「何、私だって買い物くらいはするぞ。それにしても……二人は付き合っているのか?」
「なっ!?」
「っ!?」
反射的な俺の言葉と、燐の言葉にならない悲鳴が共感した。
そりゃあそうだよな。こんなところ見られてしまえば、そう思われるのは当たり前だ。
にしても、それにはどう答えればいいのか。
「あえて答えは強要しないよ。ただ、このご時世だとマスコミは小さなことでも大きく記事に出してくるからな。その辺は気を付けてくれよ」
ありがたいようで、ありがたくない……何とも言えない気分だ。
「そういえば、ちょうど君たちに話しておきたいことがあるんだが……今時間は空いているか?」
「俺は全然大丈夫ですけれど」
燐を一瞥した。
俺は全くもっていいのだが、燐のほうはどうなのか。
おそらく、話っていうのは『女装コンテスト』のことだろう。俺にまで話を持ち掛けて来ようとするのだがら、それしか考えられない。俺は全然構わないのだが、燐のほうは数少ない休日だ。それを仕事関係の打ち合わせといえば……
「私も全然大丈夫です」
「いいのか?」
「いいわよ。所長もせっかくのいい機会だと思っているし、ここだと関係者はあまりいないかもしれないじゃない」
「それなら、話は決まりだな」
満場一致ということで、俺らは地下一階に潜むケーキ屋へと踏み入れた。
地下一階のゾーンは、一言でいえばお金持ちしか入れないような店しかない。
今入ったケーキ屋だって、この前テレビで取り上げられていたがガトーショコラが一つ1200円だ。とてもじゃないが、俺見たな凡人が手を付けられるようなものではない。
生きているうちに絶対行かないと思っていたであろう場所へ、今連れていかれた。
前には、有名芸能事務所長と売れっ子アイドル。
俺は幻覚を見ているのか?
店の中へ入ると、どこかのバーを思い出させる。実際には入ったことないけれど。
地下街にあるからか、閉め切れば完全な暗闇に閉ざされるのがわかる。
高梨さんは、横一列に配置された椅子の、一番端へ腰を掛けた。それに続いて燐、俺と。
「悪いね。昼間なのにこんなところへ連れてきて」
「いえ、所長が選んだ場所ならどこでも大丈夫ですよ」
お前、本当にそう思っているのかよ……
「マスター、ガトーショコラ三つにカフェオレを三つ」
「かしこまりました」
マスター……ここはバーなのか、それとも本当に地下街に潜む喫茶店なのか?
芸能人て……やっぱり恐ろしい生き物だな。
数分としないうちに、オーダーしたものが目の前に差し出された。高梨さんは小声で「今日は私のおごりだ」と、耳打ちしてくれた。やっぱり怖い。
「それで、今日はどういったご用件ですか?」
「神崎君、そんなに焦らなくてもいいだろう。それとも……」
ケーキを一口口へと運び、カフェオレでのどを潤してから、
「そんなに生野君と買い物がしたかったのか?」
「ぶっ!?」
爆弾を投下してきた。
この人……わざとやっているのか? それとも天然なのか……
燐は隣で顔を赤らめてやがる。なんで照れているんだ?
本当に母さんのマネージャーだったのか? 俄かに信じ難いことなんだけれど……
「さて、余談はこれくらいにして」
コーヒーを、また一口。
そして、
「先日にお渡しした書類に関しては、いかがお考えでいる?」
「……」
あまりにも唐突すぎる話題転換に、その質問に答えるのに少し躊躇した。
書類っていうのは、おそらく『女装コンテスト』のことだろう。
どう考えているって……まだ答えは出ていないんだよなぁ。
「所長、いくらなんでも急かしすぎじゃないですか? 燿平君はまだ考えている最中なんです。まだ、収録まで時間があるわけなんですし、彼も今真剣に考えているところなんです」
「……そうか。いや、すまなかったな。私としたことが、君を躊躇させるような質問をしてしまって」
「いえ、別にそんな……実際まだ決断をしていない俺にも問題があるわけですし」
正直、今も参加しようかどうか悩んでいる。メリットとかデメリットの問題ではない。俺が、星野輝夜をテレビの画面に映すことでいったいこの先何が起こるのか予測できないからである。
「分かった。収録までまだ時間はある。また、君とは話をしたいからその時はどうかよろしく頼む」
「あ、いえ。こちらこそお願いします」
なんだろう。この違和感。地下のおしゃれな喫茶店で有名事務所の所長が一介の高校生に頭を下げているなんて……
「神崎君も、その時はどうかよろしく頼むよ」
「はい。大丈夫です」
「長々と話し込んで悪かったね。ここは僕が支払っておくから、君たちは上に行ってきていいぞ」
「え、でも……」
「行きましょ、燿平君」
「あ、ちょっ!?」
いくらなんでも奢ってもらうのはまずいだろと思って、自分の分は出そうと思ったのに、まんまと燐に連れていかれてしまった。
「おいおい。いいのかよ。勝手に出て行って」
「いいのよ。所長、あれでもこれから打ち合わせみたいのあるっぽいし」
なんだよ。それなら尚更じゃねえかよ。
考えてみれば、あんなところに連れていかれたのも、これから打ち合わせがあるからなのか。
「そろそろ、日も暮れるころだから帰る? それともまだどこか寄っていく?」
「いや、俺は別にいいぞ。燐が行きたいところあれば行ってもいいけれど」
「それなら……」
「おいおい」
本気でどこか行くつもりかよ。
ともかく……
『女装コンテスト』のこと、どうにかしないとな。




