第三話 「母親似ということなのか……」
「結局まだ迷っているのか?」
「そ……そうなりますね」
「ったく、いつまでそうやってチキッテいるんだ?」
「いや、チキっているっていうか……」
次の日の放課後、時間に余裕ができて偶々久坂先輩に会った俺は、彼女と近場の喫茶店でお茶をすることにした。
慣れ親しんだ店には、いつものようにコーヒーの香りが漂う。
「でも、参加するかしないかなんて決めるのは、最終的にはお前だからな」
「まあそうですね」
誰に聞いてもそういう答えが来るんだよな。
言われた通り、やっぱり最終的には自分で決めなければいけないもんな。
「正直、私は見ていてお前は十分通用すると思うぞ」
「何にですか?」
何を言っているのか分からなかった俺は、首をかしげる。
「芸能界にだよ」
「……」
いやいやいや。
いったい、この人は何を根拠にそんなようなことを言うのか。
別に芸能界進出狙っていないから。
仮にそうだったとしても……
そうだったらどうするんだ?
俺は実際に行われる『女装コンテスト』に参加するのか? そのあと、本格的に芸能活動でもするのか?
女装姿で?
「悩んでる悩んでるよ」
「面白そうにしているんでしたら、ちょっとは助けてくださいよ」
「私は見ていたほうが楽しいからいいよ」
何を考えているのか分からない笑顔が、これまた怖いんだ。
思えば、久坂先輩は文化祭というイベントなのにあまり表に出てこなかった気がする。
別に普段から表に出るようなタイプじゃないが、なにかとイベント事が起こればずけずけ来る人なのに……
燐だったら……なんて言ってくれるのだろうか。
いやいや。なんでこんなところで燐が出てくるんだよ。
そして、自然と昨日の記憶が蘇った。
肩には昨日の燐の体のぬくもりがまだある。
俺も頭からそれが離れなかった。
「なんだ? 私の顔に何かついているのか?」
「いえ、別に何でもないですよ」
「……昨日、何かあったか?」
「え?」
迂闊だった。
久坂先輩の的確な指摘にすこし驚いてしまう。
「その様子だと……燐だろ?」
「な、あるわけないじゃないですか。確かに夕飯をごちそうになりましたけれど……」
「けれどなんだ?」
「……」
墓穴を掘ったのかこれは。先輩の質問攻めに対処できなくなってしまった。
「まあ、何かあろうが無かろうが私には関係のないことだな」
「本当に関係のなさそうな顔していませんが……」
気にするな。そうしていつものように流しては、カップに入っているコーヒーを口に流した。
「確かに、ほんとうに関係のない話なら私は首を突っ込まないがな」
……この言葉通り、先輩は興味のないことや自分に関係のないことには首を突っ込まない人だ。
「それにしても、『女装コンテスト』にはあまり興味なさそうでしたね」
「興味がないといえば嘘になるが、実際私にとって『女装コンテスト』は別次元だからな」
「別次元?」
「私が踏み入れてもいい領域ではない。とだけ言っておこうか」
「……」
何となく理解はできた。
つまり、久坂先輩にとって『女装コンテスト』は学校のような余興でないこと。
燐や雨宮、桐原美里がいるような全くもって別次元の世界のことを指している。
もしかしたら……
「私はあんたに期待しているんだよ」
「……俺をですか?」
「私だけじゃない。もしかしたらほかの人もそうかもしれない。いつか、星野輝夜が芸能界にもどってきてくれることをな」
「いるんですか……そんなひと」
「少なからず、私がそう思っているのだからそれくらいいいだろう?」
黙って私についてこい。まるでそういっているような口調でもあった。
星野輝夜が戻ってくる……か。
あの日の夜、桐原美里から渡された一枚の便箋。
実はまだ、中身を空けてないのだ。
怖いからとかそういう単調な理由ではない。
たかが紙切れに見えるそれは、なぜか重みのある物にも感じ取れた。
俺はまだその便箋を開けてはいけないんじゃないかと、ずっと部屋に保管してある。
「あとは決断するのはお前だからな。いくら私に泣きついて来ようが、何も手助けは……」
「それは分かっていますよ」
「……いい顔しているじゃん」
そうだ。まだ焦る必要ない。
まだ、焦る必要なないんだ。
□ □ □
『ティーンズ』事務所。
モデル、女優、歌手など幅広い人材を育て上げてきた女性芸能人事務所。
旧名は『ヴィーナスアイ』だったが、若手の台頭を目標にと現在の名前に変えられたのは数年前のこと。
理由はそれだけではなかったが……
その事務所に、神崎燐、雨宮花蓮、燿平の姉である生野耀里は所属している。
耀里は、数年前に出演したドラマでブレイク。以後、さまざまなドラマで出演しバラエティー番組にもしばしば登場している。なお、某雑誌で寄せられたアンケート『彼女にしたい女優ランキング』では見事三位に。事務所内での人気ランキングも一位と見劣りのない人気ぶりなのだ。
対して神崎燐は、日本ならず海外でもその名をとどろかせている売れっ子アイドルだ。
歌も歌えばドラマで演じる。モデルでも服を着るに着ては絶大な人気ぶりは止むにやまない。雨宮花蓮と生野耀里の三人で『ティーンズの砦』と称されるほどでもある。
ちなみに先述の『彼女にしたい女性芸能人ランキング』では6位とランクインしている。
『ティーンズ』内では耀里に次ぐ人気だ。
雨宮花蓮は他の二人よりも劣るといわれると思われがちだが、事実拮抗した人気である。
有名財閥の令嬢でありながらも芸能活動に勤しみ、老若男女問わない人気を持っている。
多くの仕事はモデルであるが、女優としてでも出演しつい最近では映画の出演も決まっている。
『ティーンズ』内での人気ランキングは神崎燐に劣る三位であるが、周囲からは「将来神崎とともに芸能界を支えることになる」とまで、言われるほどだ。
その例の事務所内の一角にて。
また一ページ。
また一ページ。だんだん雑誌のページをめくるスピードが速くなっていく。
「社長。お茶ですよ」
「おお、ありがとう」
扉からトレイを持って入ってきた女性は、玉座に座る一人の男性にカップとソーサを置いた。男性は見た感じ50代。だが、そこから漂う風貌はまた別次元のものとも感じられる。
「今週の『セブンタイムス』ですか?」
「ああ。今週はセブンにしてはなかなか落ち着きのある記事だな」
「でも、一つだけ大きなイベントがありましたよね?」
「あれか、聖城学園文化祭」
「社長は実際に身に行かれてどうでしたか?」
「どうと聞かれてもな……例の彼がいると聞いたものだから、それ以外は」
「その例の彼について聞いているんですよ」
「そういうことか」
例の彼というのは、今内部では少し噂になっている人物だ。
過去に芸能界に激震を震わせた名女優の子供にして、天才子役。十数年も前の話。当の本人は既に高校生になっている。
「しかし、女装していない姿を見ると全然違和感ないな」
「もともと美形ということがあるかもしれませんね。ですが、私も驚きですよ。女装しても違和感が全くないのですから」
「母親似ということなのか……」
湯気を醸して出しているコーヒーを一口、香りとともに堪能する。
「月日というものは、早いものですね」
「本当だよ。おかげで私も年老いてきて、困ったことだよ」
「社長はまだまだ現役ではないですか」
「なに、あと五年もすればこの業界からも去るだろう。それまでには……」
彼の名は、高梨誠。『ティーンズ』の事務所長にして、故星野耀里の元マネージャー。
「星野輝夜の姿を見てみたいんだよ」
彼の願いは、ただそれだけであった。




