第二話 「燿平君、変わったね」
文化祭が終わっても、その余韻は消えていなかった。
余韻と言っても大したものじゃない。と、俺は思っている。だって大した思いでもないのに、余韻もくそもあるかってんだ。
話を聞けば、文化祭中に誕生したカップルもいたそうで、まあそれはようござんしたねと、いうしかない。だって、俺はそいつとあまり関わりないし。その話を聞いてところで、俺に何の得があるのか。……別に羨ましくなんかないからっ!!
ちなみに、文化祭が終わってから二週間後に中間テストが行われた。何とも鬼畜なハードスケジュール。まあ、普段から予習復習を怠っていない俺は余裕でクリアしたが……
「よーへーくーんっ!!」
「やかましい!!」
「ぐはっ!」
再び赤点を取り、俺にすがり寄ってきた光を殴り飛ばした。
こいつには学習能力っていうものがないのか?
「で、今回も英語かよ」
「……と、数学です」
「……は?」
あれ、いつもなら理系科目は楽々通っているのに今回は数学? 何かの間違いじゃないのか……
ちょうどよく手に成績通知を持っていたから引っ手繰ってやった。
「あっ!?」
「英語は相変わらずだな……って、なんか全体的に下がってねえか?」
「そ、そのようですな」
「全く。何やってたのよ……」
俺の横では、幼馴染の由見が仁王立ちで光を見下していた。そういうお前はどうなんだよ。
「そういうお前は!!」
「このとおりよ」
ドヤ顔で成績通知を見せた由見。
あれ、なんか前より上がっているし。
「今回は大会もなかったし、部活もほどほどだったから勉強に集中できたわ」
「だって言うけれど、差が激しいのはなんでだよ」
「文化祭の打ち上げあったでしょ? あれじゃないの?」
「うっ……」
図星かよ。
確かに、文化祭の打ち上げがあるのは知っていた。だが、俺はテスト勉強があるという名目で参加はしなかった。もちろん、テストがあろうが無かろうが参加するつもりは毛頭ない。
「ちなみに、勉強はしたのか?」
「し……して」
「ないよな?」
「し、してないです」
正直でよろしい。
「そりゃあね。テスト二日前まで何回も打ち上げしていればねー」
「そんなにしたの?」
光の成績の悪さに一切の興味を持っていなかった燐さえも、由見の今の一言で食いついてきた。
にしても二日前まで打ち上げって……よく金も尽きないで懲りずにやったよな。相手もよく嫌がらなかったな。
「というわけでさー」
急に改まれた。
だが、
「嫌だ」
「何も言っていないよ!?」
「言われなくても大体わかる!!」
「そんなー」
お決まりのやりとりは、いつも以上にペースよく進んだ。
追試なんて自業自得だ。
だいたい、この時期は補習じゃなくてただの追試テストだから俺に教わらなくても大丈夫だろうに。
「とにかく、俺の助けなんかなくても追試は乗り切れよ」
「よーへー……」
死んだような声で俺に助けを求めるが、俺はあえて無視。
さて。今日の夕飯は何にしようかな。
「わが友よー」
「はいはい。がんばってね」
適当に受け流し、俺は鞄を担いで教室を出た。
文化祭の準備中とは打って変わっての、この廊下の閑散とした空気。
やっぱりこれくらい静かだったら落ち着くな。
「燿平君」
「……なんだ、燐か」
「光君のほうはいいの?」
「まあ、追試だけだから何とかなるだろ」
そんなことを言いつつも、ちょっとは心配だけれど。
「文化祭も終わったことだし。ちょっとは落ち着いてきたみたいね」
「俺はあまり落ち着いていないけれどな」
「まだ、あの招待状で悩んでいるの?」
「まあな。参加したくないのに、参加しようか迷っているんだよなぁ」
不思議だよな。二度と女装なんてしないって、文化祭の日に思ったのに、今でもなやんでいるからな。
「私は参加してほしいと思っているわよ」
「なんでだよ」
「また、燿平君にはテレビで活躍してほしいから」
「……それ、本気で言っているのか?」
「本気じゃなかったら、言わないわ」
……愚問だ。
よく考えてみれば、何のために女装をしたのか。
文化祭なんて、燐たちが桐原に勝ちたいという思いがあったからだ。
結果的には、俺は騙されたというわけになったのだが。
「なんか楽しそうな顔してたよ」
「俺が?」
「そうよ」
どこがだよって突っ込みたいが、否定できない部分もあった。
正直、『女装コンテスト』の時は俺の心の中ではすこしだけ、安心というかワクワク感があった。
嫌な顔をして出ても、燐や雨宮はいい気持ちにはなれないっていうのもあったが。心の奥底で、ステージに立った時のあの快感が、未だ俺の体の芯まで駆け巡っているのがわかる。
「なんか吹っ切れたよ。『女装コンテスト』にでて」
「そう……なんかそういってもらえてよかったわ」
「うっ……」
急に向けられた笑顔に、ちょっとたじろいだ。
こんな顔、久しぶりに見た気がする。
ここ最近は仕事が忙しいって聞いていたし、授業中も寝ているときが多かった。
そのせいか、燐の笑う顔は久しぶりに見た。
「そういえば、テストのほうは大丈夫だったのか?」
「なんで?」
「だって……ほら、仕事とか忙しくて勉強する暇なかったんじゃないかって」
「うふふふ」
恥ずかしがりながらも言った言葉が、なぜか笑われてしまった。
このやろう……
「燿平君、そんなこと心配してくれていたの?」
「ま、まあ。一応心配はするだろ」
隣人なわけだし。クラスメイトなわけだし。
それなりにお世話になっているし。
逆に心配しないほうがおかしくない?
すると。
「っ!?」
突然、燐が俺の腕にしがみついてきた。
「お、お前。こんなとことでそれはまずいだろ!?」
「いいじゃないの。これくらいは」
これくらいはって。お前がよくても俺は無理なんですが。
……解せないな。
燐がこんなことするような人じゃないっていうのは、前々からわかっていたんだけれど。
……いや待てよ。
これと似たようなことも前にあったような……
にしても、アイドルにこんなことされればこんな気持ちになるんだな。
こんな気持ちって言っても、俺もよくわからないが。
「最近疲れたからさ。ちょっとは誰かに甘えたいのよ」
「そんなの、俺じゃなくてもいいだろ」
大体、疲れていて甘えるってニュアンスが違うんじゃないか?
「いいじゃない。一番身近な人でも」
こいつ、本気で言っているのか?
……思えば、こいつとあってから半年か。
最初に会ったときは、俺の正体を知っているしなにかと絡んでくるから面倒な奴かと思ったけれど……
こうして長くいれば案外いいやつなんだなって、思えるようになってきたな。
「ねえ。今度の日曜日って、暇?」
「え、日曜? まあ、空いているといえば空いているけれど」
「じゃあさ、ちょっと買い物しに行かない?」
「え」
口元が少し緩んだ気がする。
いやいやいや。何を期待している俺は。
相手はアイドルだし。女だ。俺は別に女に興味なんか……
って、誰に否定しているんだ?
「嫌ならいいのだけれど……」
「いや、俺は大丈夫なんだけれど……お前はいいのか? 日曜日仕事は入っていないのか?」
「大丈夫よ。土曜日にドラマの収録とバラエティの収録あるだけだからね」
なら大丈夫か……て。
二人で出かけるって、あの水着を選びに行った日以来だよな。
そうなれば、単純に計算して二か月ぶりか。
なんだか緊張してきた。
「そういえば。燿平君打ち上げに来なかったよね?」
「ああ、テストあったしな」
「もしよければさ、今日家でやらない? ちょっと遅い文化祭の打ち上げなんだけれど」
俺はその場で固まるしかなかった。
だってそうだろ? 女の子から誘い受けているんだ。
この俺が……この俺がだ。
でも、こんなのいつものことか。
実際、隣に燐が住んでいるわけだし。俺が自分に家に……いや、それはちょっとニュアンスが違うな。
「じゃあ、私は買い物してくるから先に帰ってくれる?」
「あ、ああ」
俺も一緒に。なんて言えることはできず、俺はそそくさと自宅へと帰って行った。
□ □ □
神崎燐の家で行われた、少し遅めの打ち上げ会はそれなりに盛大に行われた。
姉ちゃんも誘うつもりだったのが、ドラマの撮影で帰りが遅くなるといわれ、適当なものを作り置きしてから燐の家にお邪魔した。
中に入ると、いい香りが玄関から漂ってきた。
「何か手伝うか?」
部屋に上がるなり、台所で支度をしていた燐に声をかける。
「大丈夫よ。あとは盛り付けをするだけだから」
「お皿とか出そうか?」
「いいから。燿平君は座っていて」
……払い戻されてしまった。
仕方なく、リビングに行って適当に腰を掛けることにした。
……姉ちゃんと一緒に生活しているから、女性の部屋を見ても何の違和感も感じないと思っていたけれど、意外と緊張するもんだな。
構造は俺んちと全く一緒なのに。
だが、中の模様は全く違うわけでいかにも女の子っぽい感じを醸し出してる。
実際、俺は女の子の部屋(特に一人暮らし)に入ったことはない。いや、当たり前か。逆に入っていたら困るよな。
こういうときも、何をしていたらいいのかわからない。
とりあえず、スマホを取り出して光や由見にLINEを返すというベターな行動に出た。
「お待たせ。今、運び出すからもう少し待ってくれる?」
「あ、俺も手伝うよ」
いつまでも座って待ってるのも客人として失礼だと、自分の中であった。
向こうには有難迷惑なことかもしれないが、それは俺の気持ちだった。
お皿を持っている燐と代わってやろうと俺の体が動く。
もちろん、言葉で言わずとも燐は大丈夫だというが。
俺の手は止まらず、お皿に触れようとする。
が、俺の手はお皿ではなく燐の手に触れた。
ガシャン
反動で机の上にお皿が散乱してしまった。割れていないだけでもマシなほうだが、よけいなことしたような……
「わ、悪い。俺が余計なことしたからつい……」
「だ、大丈夫よ!! 燿平君のほうこそ、怪我はない?」
「ああ、俺は大丈夫だよ」
よかった……迷惑そうな顔していないから、安心した。
「燿平君、変わったね」
「え?」
机の上で散らかるお皿を片付けながら、燐はぼそっと何かつぶやいた。
思わずその言葉に反応した俺。
俺が……変わった?
「だってほら、私の手に触れられたじゃん。つい前まで、女の子と話すことさえできなかった燿平君がだよ?」
「……」
言われてみれば。
別に嫌いではなかったが、女の人と話したり一緒にいることなんて苦痛でしかなかった。
唯一免疫があったのは姉ちゃんなわけだが、姉ちゃんがいたって俺の女性に対しての免疫はつかなかった。
俺は変わったのか。
変わったのだとしたら、おそらく燐と出会ったからかもしれない。
そうでなければ俺は……
「燿平君?」
「あ……」
「夕飯出来たから、運ぶの手伝ってくれる?」
「悪い悪い」
それから、俺は燐が手がけた料理を食べた。
料理は苦手だって言っていた割には、中々よかった。
正直、俺よりも料理しているんじゃないかと疑うくらいに。
「いやー。ごちそうさまでした」
「おいしかった?」
「苦手だとか言っていた割にはうまくできていたぞ?」
「そ、そうかな?」
「言っておくけれど、お世辞じゃなくて本気だからな?」
俺がそういうと、なぜか燐は顔を赤らめ始めた。
結構謙虚なんだな……
「よかったー」
さっきまでそわそわしていた雰囲気だった燐が、急にどこか吹っ切れた表情を作った。
「結構作るの緊張したんだよ?」
「作るのに緊張するのか?」
中々面白いやつだな。
でも、料理を誰かに振舞うとなると、味のほうも気になるから緊張するのはあるかもな。俺も姉ちゃんに初めて料理作った時なんて、ぼろくそ言われてたっけ。
「でもよかったわ。燿平君に美味しいって言ってもらえるなんて」
燐はそういうと、不意に俺の隣に座ってきた。
「うっ……」
つい、反射的にたじろいでしまった。
学校でも席は隣同士だが、こうして密着するくらい隣に座られるのは初めてだ。
こいつ……何が目的だ。
なんて、いつもは警戒心を持っていた。(こいつもそういう性格)
けれど、今回に限ってはそんなことだとは思えない。
根拠はない。でも、燐の様子がおかしいのは確かだ。さっきのことを含めて、違和感ありまくりの行動しかしていない。
「なあ。お前、何かあったのか?」
「……」
あれ、もしかして……
「やっぱりな」
横からのぞき込むと、寝ていた。
疲れていたんだろう。毎日忙しかったし、文化祭もほとんどこいつは動きっぱなしだったからな。
少し……いや、気が済むまでこうしていようかな。
なんだか、俺も心が落ち着く時間が流れた。
それは、燐が隣にいるから……かもしれないな。




