第一話 「とか言いながら……」
長らくお待たせしましたとか言いながらも、結局のところ全然かけていない。
気づけば、一年の半分以上が終わっていた。
残暑が少し厳しい中行われた文化祭も無事終了し、その後の中間テストも難なくクリア。衣替えのシーズンになっていた。
よくよく考えてみれば、この半年は中々中身の濃い期間だったな。
人気アイドルが二回も俺の通う高校に転校してきては、誘拐事件に巻き込まれたり『女装コンテスト』に参加するで、波乱万丈な気がした。
幼少期を普通の人とは違う、特殊は人生を歩んできたからこれくらいの年ごろになれば普通の人生を全うしたくなる。かというが、普通の人生とはいったい何のか。
よーく考えてみれば、アイドルと毎日登下校。一緒に海行ったり女装したり、俺の隣に引っ越してきたりすれば、普通と言えるのだろうか。
……いえるわけがない。
まず、俺の人生自体普通ではないと、このごろ感じてきている。友人の光と由見には気づくのが遅いなど、あしらわれたりしたが本人がそんなことに気付くわけがない。てか、気づいたら気づいたらで逆に怖い気がするよな。
それでも、改めて考えてみると俺のあるいてきた人生は中々ハードなものだったな。
母の死を機にやめた芸能活動。
毎日自分のことがニュースで取り上げられ、鏡で自分の顔を見れば吐き気が走る。学校にも行きたくない日々が続いていた。姉ちゃんも仕事がある以上、迷惑をかけたくなかったが外に出れば周りからの視線が自分に集中しているようで怖かった。
中学に入れば、ある先輩の勧めで道場へ通い始め、見た目も体つきも変わっていったけれど、周囲の人間からは敬遠されるようになった。だが、これでいいとその時は思っていた。小さいころから仲の良かった光と由見がいれば十分だったから。
元から敬遠されるような人間だったんだ。
小さいころ、仕事場ではそうだった。
同じような子役は腐るほどいたわけで、ライバルであっただろう子の親はなぜか俺とその子を仲良くさせようとしなかった。
母さんの存在も大きかったのが一つの理由かもしれないが、当時の俺は違う意味で周りから相手にされないような存在だった。
同じ子役でまともに話した人間なんて、数知れず。
よく考えてみれば、今も昔も変わらない……そんな風に感じたのは、つい最近までだ。
あいつに会うまでは……
神崎燐。
今売れているアイドルだ。女子高生ながらもその美貌は老若男女問わず、絶大な人気を誇っている。姉ちゃんと同じ事務所に所属し、事務所内でのファン人気ランキングは姉ちゃんと雨宮の三強を誇っている。
そんな彼女は、俺の正体を知っている。
姉ちゃんが口を滑らしたということもあるが、こいつはなんとなく。勘で俺の正体を見破ったのだ。うれしいようで嬉しくない。いや、絶対に嬉しくない。
そんな中で雨宮花蓮という美少女も現れ、桐原美里というファッションメーカーの社長さんまで俺の正体を知っている。
正直言うと、今更星野輝夜の正体を世間が知ったところでどうなるのだ?
一部はへ~で済まされると思う。いや、本当にごく一部だと思う。
だが、マスコミや世間はどうだ?
……いや、俺の考えでは同じ反応を期待してる。
だが、こんなご時世にそんな反応で済むマスコミがいると思うか?
それなりの意味を込めて、俺は正体を隠していたんだ。
これを誰かしらの口の滑りで周りに広がったら……
なんていう考えを。つい最近までしたのだ。
正確に言えば、
「結局、これには出るの?」
「いや、まだ悩んでいる」
「もう。優柔不断ね」
「しかたねえだろ」
休日の昼間。
風も少し冷たくなっているにもかかわらず、タンクトップを着た俺は一枚の紙切れをずっと凝視していた。
先日、桐原美里から手渡されたある紙だ。
一見、ただの紙切れに見えると思うが違うんだな。
封筒には『生野燿平様。テレビ会社東テレ』とゴシック体で記されていた。
東テレ……東京テレビプロダクション。日本でもかなりでかいテレビ会社だ。
そんなところからなんで俺は紙切れをもらっているか? それはな。これまでの出来事を振り返っていけばわかるよ。俺はもう振り返るのは嫌だからな。
「まあ、優勝者にこれを渡されるのは必然的だからねー。参加するのは別として」
「受け取るのも任意にしてくれねえかな……」
なんていう泣き言は当然、聞こえるはずもなく。今はその紙切れに返事を書こうとしている。
だが、承諾の返事はいくらでも浮かんでくるのに断りの返事は全く浮かんでこない。
……別に本心で参加したいとは思っていねえぞ?
大体本心で参加するきあるのなら、こんなに悩み通していない。
「いったい何を悩んでいるのかね」
目の前では昼間から缶ビールに手を出している姉の姿が。
仕事はいかなくていいのかよと思っていたが、どうやら撮影していたドラマの撮影が終了したらしく、しばらくはお休みのようだ。それはそれは。
「そんな悩んでいるのなら、出ればいいのに。参加するだけでも結構お金もらえるのよ?」
「そういう問題じゃないんだな」
俺の場合、お金どうこうよりプライドが傷つく可能性があるからな。
そこらへんはしっかりとしておきたいのだよ。
にしても……
「みんな最初からグルだったのかよ」
「あら、気が付かなかったの? 私はてっきり神崎さんたちの行動を見て気づていると思ったのに」
「そんなんで容易に気づけるわけねえだろ?」
結局のところ、『女装コンテスト』をやる目的がわかったのが、文化祭が終わってから数日たったある日のことだった。
昼休みに燐と桐原美里が普通に会話している風景を見て、妙な違和感があったんだ。
そもそもだ。始業式が終わった日。俺は燐と雨宮と一緒に喫茶店にいたんだ。『女装コンテスト』の話は、そこから始まり、経緯は桐原美里が燐たちに負ける気がしないと発言したから。
ここだ。
よーく考えてみろ。あの桐原美里の性格を熟知していれば、向こうの思惑通りにはならなかったのだ。
あれが普通に挑発の言葉として受け取る理由はあるのか。
燐たちと桐原美里は学校外でも面識はあるはずだ。
もともと仲が悪い関係ならば、大ごとになるのを防ぐため、事務所側は燐の転入を許すはずがないんだ。
それと。
始業式の日、おれは本当に起きていたか。
起きていたといえば起きていた。寝てたといえば寝ていた。
……要は俺の勘違いという結果になったのだ。
いやまてよ?
だとすると生徒会室での出来事は何になる?
……まさか演技とか言うんじゃねえよな。
それだったら……笑えねえぞ。
「それにしても、所長じきじきにこれが来るかなんてね」
一枚の便箋を見て、姉ちゃんは感嘆の声を漏らした。
それは、後夜祭の時に桐原美里から手渡された奴である。
渡されたときは、驚き半分納得半分のイーブンであった。
「ここまで来ちゃえば、参加するのも同然だからね」
「もともと俺を参加させる気だったらしいな」
「当たり前じゃない。今の『ティーンズ』の所長、誰か知っている?」
「いや、別に興味ないし……」
事務所の所長の名前を聞いたところで、俺に何のメリットがあるんだよ。
「高梨誠。これを聞いてピンとこない?」
「高梨……たかなし、全然わからねえよ」
「お母さんのマネージャー。これでも思い出せない?」
「え……」
いやいやいや。まさか。
母さんのマネージャーをしていた人が、今『ティーンズ』の所長なのか?
……全くもって知らなかった。
「本当に覚えていないの? 燿君も結構お世話になっている人なんだけれど」
「それは嫌でも覚えているよ。……にしても、所長にまで昇格したんかよ」
「いろいろあったんだけれどね。まあ、あの人もあの人なりに頑張ってきたと思うよ」
便箋を手に取る。
これには『女装コンテスト』の必要事項が記されていた。
もちろん、文面はなぜか俺が参加する前提だった。
こんなに気が早い人だったかな? もうだいぶ前からあっていないからどんな顔だったのかも覚えていない。
「正直、文化祭の日に女装をしてどう感じた?」
「どうって……」
違和感ありまくりだよ。
周囲の人間も同じような服装だったから、見られている感じがあまりしなかったけれど、テレビだったらたぶん耐え切れなかったかもしれない。今回の場合、メイクも服装もあまりヘビーではなく、誰が女装してるのか分かるようにしていたわけだし。
「まあ本人がどう感じようが、周りからはあなたの女装が一番良かったって評価されているから、それだけは忘れないでね」
「何の話?」
「あら、美里ちゃんから聞いていないの? 女装コンテストは一般の人と生徒の投票で決められるのよ。あなたは審査員からも好評だったし、観客からはもう大好評だったらしいわよ」
「……」
「笑えねえよ。っていう顔しているわね」
「そりゃあ、そうなるだろ」
冗談だろと一瞬思ったが、言われてみれば納得できる話だ。
「とにかく、その様子からしたらまだまだ現役で行けるわね」
「やめてくれ。俺は一生テレビには出ないからな」
「とか言いながら……」
この時、姉ちゃんの口にした言葉の意味を知るのは大分後になってからだった。




