第十二話 「さて、君の答えはどうする?」
文化祭二日目は、一日目とは大違いの客入りであった。
午前中だけのためか、午後体育館で行われる催しのためにお昼を取る客も少なくない。
その故か、わがクラスの喫茶店には流れるように客が入ってきている。
正直、人間の限界を超える速さで動いても追いつけない。
まず、材料が足りない。この問題を消失しなければ、作業が捗らない。
客入りから見て、材料の元以上はとれていると思うが、買い出し班が追いつかない。いくら近場のスーパーに行っているからといい、必ずしも材料がストックされているとは限らない。
そうなれば、客入りはスムーズにいかずほかの催しのほうへと足を運ばれてしまう。
この日のピークは11時だった。
体育館での行事は13時から始まる。お客はそれに合わせて食事をとるし、食品関係の店を出しているクラスが少ない。自然とうちのクラスかほかのクラスに流れてくることくらい、承知している。
「はぁー。疲れた」
「この世の終わりを見たかと思った」
「それは大げさだろ?」
「いやでもさ、買い出し班なのに一番忙しいってどういうこと?」
「しょうがねえだろ。あんなにお客が入ってくるとは思わなかったんだから」
ピークもある程度過ぎ、お客の足取りも軽くなったところで俺と光は休憩を入れた。
屋上から昇降口のほうを見ると、まだまだ一般の人たちが入ってきているのがわかる。
「こりゃあ来年は喫茶店とかは無理だな」
「気づいたらメイド喫茶じゃなかったしな」
「俺もそれは思ったよ」
残念そうな顔をする光。まあ現実はそう甘くないっていうことだよ。
「そういえば燐ちゃんたちは?」
「朝から打ち合わせあるとか言ったきり、会ってないぞ」
「まだ衣装のチェックと化しているのかな?」
さすがにそこまで入念にする必要なねえだろ。
まあ女装するといったって、中身は男で外見を女に見立てるからな。大事なのはコーデする人の腕になる。
「こんなところにいたのね」
光と談話していたところに、聞きなれた声が耳に入った。
燐と雨宮だろうか、準備が整って俺を呼びに来たのか。
「準備あるんだろ? なら連絡くれれば……」
って。
何その恰好?
「な、なにじろじろ見ているのよ」
「おいおい、これはまじかよ」
隣にいる光は少し興奮気味だが、今はそんなことに突っ込んでいる余裕はない。
屋上に入ってきた燐の雨宮はなぜか、メイド服姿でいた。
どういう経緯でそういうことになったのか、山ほど聞きたいのだけれど今はそんな思考は回っていない。
「えっと、何のイベント?」
「私たちのクラス、メイド喫茶でしょ? 準備もろくにできなかったから少しでも手伝おうかと思って、この服用意したのに……」
「誰も来ていませんでしたもんね」
「ああ」
そういうことね。
道理で恥ずかしがっていると思えば。
「その件に関しては、俺のミスだった」
まー。それにしても。
メイド服を着ても、綺麗なものはきれいだな。
「おっ……おお」
光はよくわからないうめき声を発しているが。
「で、ここに来たっていうことは何か用があるのか? それとも俺たちにメイド服姿を見せに来ただけ?」
「そ、そんなわけないわよ。『女装コンテスト』で着る衣装を確認したいから探していただけよ」
その割には顔が赤らんでいるのですが……
「とにかく、衣装の来合わせしたいからちょっと来て」
「おわっ!? そんな引っ張らなくてもいいだろ」
燐に拉致された俺は、光に後のことを頼んでから連れて行かれた。
「ったく、なんであんなに仲がいいのに……」
「仕方ありませんわ。神崎さんも元々そういう性格なのですから」
「雨宮さんはいいの?」
「何がですか」
「燿平のこと、好きなんだろ?」
「そうですわね……好きと言われれば好きですが、まだ私は人を本当に好き蜷田ことはありませんから。あ、恋愛対象としての意味ですから」
「そう焦らなくてもいいよ。あいつも、バカだからそのことについては気づいていないけれど……」
□ □ □
『女装コンテスト出場者控室』
体育館近くに設けられたこの場所で、俺と燐は出番が来るまで待っていた。
出番が来るといっても、まだコンテスト自体始まっていない。控室をざっと見る限り、参加者は15人程度。その中にまだ桐原美里の姿はない。
ちなみに、俺は既に女装は完了している。
誰が女装しているのか分かるように、メイクは薄くやるのかと思いきやがっつり誰だかわからないような顔にしやがった。別に化粧が濃いわけではないが。
コーデした人たちを見ていけば、大体誰が女装しているのかはわかる。
中には面白半分で出ている人もいるし、優勝賞品目当てで出ている人も少なくはない。
そういえば……
「『女装コンテスト』の優勝賞品て何なんだ?」
「冊子に書いてあるんだけれど、見なかったの?」
「冊子?」
何のことだ? というような顔をすると、燐は手元に置いてあった文化祭の冊子を俺に手渡した。
ページをめくり、『女装コンテスト』の項目を見ると、そこに優勝賞品について小さく書かれていた。
『優勝者には、後日行われる【史上初!! 芸人から素人さんまで女装コンテスト!!】に出場できます』
……これが姉ちゃんの言っていた番組か。
タイトルを見て分かる通り、芸人から素人まで参加するから、素人枠を埋めようという意味で文化祭に企画をねじ込んだともいえるかもな。
「もし優勝したら、これでに出る?」
「そんなこと急に言われてもな……」
テレビに出るんだろ?
しかも女装してか……
「でも、今はそんなことはどうだっていいのよ。今は目の前のことに集中よ」
「そうだな」
今は目の前のことに集中しなければいけないな。
それから待つこと15分。
「それでは今から『女装コンテスト』のほうが始まります。実行委員の指示に従って、順番にステージ脇に移動してください」
控室のドアから入ってきたのは、実行委員の生徒だった。
『女装コンテスト』に出る生徒たちにまもなく始まることを知らせ、所定の位置へ移動させるよう呼び掛けに来た。
「いよいよね」
「お、おう」
「緊張しているの?」
「当たり前だろ。女装するのは久しぶりだし、昔から人前に出るのは得意じゃないからな」
「あなたにしては珍しいね」
珍しいも何も、小さいころからそうだったんだ。
母さんがそばにいたから頑張れた。
母さんがいつも横にいたから、俺は頑張ることができた。
だが、今はもう母さんはいない。
俺の隣にいるのは燐だ。
こいつは、俺の母親ではない。
友だ。
桐原からとの勝負に固執している以上、俺はそれに協力する義務がある。たとえ、女装するのが乗り気でなくても。
そんなこと、考えている暇なんてないんだ。
「エントリーナンバー8番の人。そろそろ準備のほうお願いします」
「呼ばれたわよ」
「ああ」
いよいよか。
「顔がこわばっているわよ」
「っ!?」
何気なく、燐が俺の手を握ってきた。
唐突のことに俺も驚き、燐もすこし恥ずかしそうな表情をしている。
だが、何気ないこの行動が俺の緊張をほぐしてくれた。
さあ、あとはやるだけだ。
□ □ □
他人をコーディネイトするなんて初めてだった。
ましてや男の人を、女装させるのだから。
自分に見合った服を選ぶ時とは違く、ちょっと心置きない感じがした。
しかもその相手が燿平君なのだから。
彼には少し、申し訳ない気持ちでいっぱいである。『女装コンテスト』という企画に巻き込んでしまったこと。私のわがままに付き合ってくれたこと。
これだけではない。まだまだこれからも多くの迷惑をかけるかもしれない。
それでも、燿平君は嫌な顔一つせず、私の願望を聞いてくれる。
私はそんな彼を好きになった。
いつからは分からないが、自然とでも言ったほうがいいのか。
星野輝夜ではなく、生野燿平という男の子に恋をした。
だからこそなのか、彼と一緒に何かしらの舞台に立ってみたい。
『女装コンテスト』で使う衣装を選ぶのも、なんだか楽しかった。
自分で自分の服を選ぶ楽しさより、誰かに来てもらおうと思っている服を選ぶのが、楽しい。
桐原美里とのこともそうだ。
燿平君にはいろいろ訳ありでまだ話してはいないけれど、実は彼女はいい人なんだということ。
とにかく、私は燿平君に出会えたことに感謝している。
今も昔も。そう思っている。
だから、これが私の精一杯。
『女装コンテスト』には、何としても勝ちたい。
燿平君も、そう思っているはずだから。
□ □ □
日中、あれだけにぎわっていた生徒昇降口前は、今では閑散としていて熱気はグラウンドのほうへと移っていた。
時刻は五時。間もなく後夜祭が始まる時間だ。
ほとんどの生徒たちは、中央に造設されたキャンプファイアに注目している。添加するにはまだ早いっていうのに。
「こんなところにいたんだね」
「……どうも」
わきのほうでジュースを飲んでいたら、桐原美里に声をかけられた。
『女装コンテスト』のほうは、最終的に俺たちと桐原美里の同時優勝であった。
どこをどう採点したら、俺が優勝するんだよ……ただファッションショーみたいに歩いただけなのに。
「なんだ。その顔は」
「いえ、特に何でもないです」
「優勝したのに浮かない顔するな。彼女が心配するぞ」
「浮かない顔なんかしていますか?」
「私にはそう見えるよ」
果たして今の自分はどんな顔をしているのだろうか。
まあ、鏡で見たところで何も変わる気はしないと思うが。
「あの衣装、星野輝夜をイメージしたものか?」
「……そうなんですか?」
「そうなんですかって……本人に聞いているのだから、君が聞き返してどうする」
「あ、そうっすか……え?」
「なんだ?」
いやいやいや。
今、本人に聞いているって言ったよな。この人。
まさか、俺の正体を……
「あの、つかぬ事をお聞きしますが」
「……急に改まって、気持ち悪いな」
「もしかして、俺が星野輝夜だっていうことを……」
「知っていたさ」
ですよねぇ!!
「私も言っただろ。君にはコンテストに出て優勝してほしいと」
「ああ」
だからか。
この人は最初から俺の正体を知っていたのか。
なんだよ……変な神経使って疲れた。
でも、待てよ?
「そもそも、『女装コンテスト』を開催した理由って、テレビ番組でも行われる別の『女装コンテスト』のための、余興なんですよね?」
「そうだ」
「それで、開催を企画した人物は?」
「『ティーンズ』の所長と、『KIRIHARA』の社長である私だけれど」
……なんか読めてきた。この企画の根端が。
嫌な予感しかしないけれど。
「あの、別に余興とかしなくてもよかったんじゃないですか?」
「確かに。芸人から素人まで募集して、女装させる番組。テレビ内で応募しようと思えば、殺到するからな。だが、私たちはどうしてもある人物を引き入れたかった」
「ある人物って……」
「そんなの、一人しかないでしょ?」
彼女のまなざしは、今まさに俺に向けられていた。
状況が全く呑み込めないわけではない。言われたことに対して驚きを隠しているだけである。
優勝したから、俺は番組内で行われる『女装コンテスト』に出場する権利がある。
だがそれは任意だ。決して強制ではない。
だが、俺の心の中ではまだ吹っ切れた感じがしない。
やり残した感がものすごいある。
「さて、君の答えはどうする?」
ポケットから一枚の便箋を取り出した彼女。
その一枚の便箋が、俺の人生を左右するなんて。
『星野輝夜』
まさか、もう一度お前と出会うなんて思ってもいなかったよ。
第三章 完
結局グダグダになった第三章でした。
第四章は現在構成中。しばらくは出番が少なかったあの人たちの短編を書こうと思います。




