第三話 でもあなたは否定しなかったでしょ?」
土日は連続更新するかと思いますが、それ以外は感覚あけて行進すると思います。
ある物語なら、アイドルや可愛い子が転入してくれば授業の合間や昼休みは、恒例の質問攻めがあるはずだ。心なしか、予想はしていた。だって転入してきたのがアイドルだから。質問に来るやつがいないはずがない。
もちろん、予想は外れていなかった。しっかり違うクラスの由見も奮って参加している。
ただ一部を除いてだけれどな。
男子からの視線が痛い。
俺と席を替われと言わんばかりの怨念のまなざしがグサリと刺さる。
他クラスの男子を混ぜるのをやめろ。俺の印象が悪化する。
この状況から、俺の隣にいる神崎燐を取り囲む生徒の数は、他クラスを入れて約25人プラス光。その光を除いて全員女子というアンバランスな面子だ。
原因は俺だろう。
男子でその輪に入ってくるのが光だけの時点でわかる。
ほかの男子も、光についていけば大丈夫だ。みんな、後に続け。的な作戦を練っているかもしれないけど、誰一人として着いて行かなかった。
教室から少し離れた距離で、神崎に質問を試みようとしている男子たちは話し合っている。
所々、「お前行けよ」「生野が隣なら、無理に近づけねえよ」「ばか、千載一遇のチャンスだぞ? 生野なんかに怯えていられるかっての」
どうやら、俺の存在は邪悪なものと化している。
「……」
「っ!?」
以上のやり取りは、俺がただただその男子どもを普通の。ふつーのまなざしで見ていただけなのに、怯えた顔をして目をそらされた。やっぱり目つき悪いからかよ。
女子に至っては、由見の介入で俺を邪見扱いする人はあまりいないらしい。
男子は光がいるけれど、やっぱりダメ。
そもそも、なんで俺は見た目だけでやばいっていうレッテル張られているの? 理不尽じゃね? 俺の高校生活壊す気かよ。
むしゃくしゃしていて、大声でも張り上げたかった。
ただ、ここで変な気を起こせばそれでこそ妙な存在。変なおじさん。なんて目で見られる。アイドルが眼の前なのもそうだし。
しかし、これは自分で望んだものだから仕方はないな。避けて避けられる。本当は女子との間で行いたかったけれど……
「今度、ライブ行くからよろしくね」
「ありがと。楽しみにしててね」
質問を、尚も続ける生徒一同。
自然と耳に入ってくる会話を聞いてしまう自分に罪悪感を感じる。
善隣な生徒の印象を植え付ける。何とも一般庶民がやるようなことだ。
いきなりお友達じゃなくて、相手に興味を引く話題を話せば自然と友達になれる。
女は怖い。芸能人にまでこの手を使うのだから。
ってか俺、何で上から目線でモノを言ってたんだ……
別に俺はもう、芸能人でも何でもない。
ただの高校生。
「ねえ、燿平はなんか聞きたいことないの? せっかく隣の席なんだし。あ、燐ちゃん。こいつ生野燿平。私の幼馴染」
「……は?」
イミワカラナイ。
幼馴染であるサッカー少女Aは一体何を言っているのか。俺が質問? 何を? 偶々隣の席にいるだけの奴が、何を質問しろと。つーか、燐ちゃんて。もうどんだけ親しくなったんだよ。将来、宇宙人とも交信できるんじゃねえのか?
それにしても……
だいぶ難題を突き付けられたものだ。
由見に「はやくはやく」と急かされながらも、俺はとりあえず質問してみることにした。
「好きな食べ物は?」
「ベターだな!?」
「お前は引っ込んでろ!!」
横から突っかかってきた光を、由見がどこから出してきたのか分からないハリセンで撃退した。
そんなことを余所に、神崎はゆっくりと淡いピンク色の唇を動かした。
「うーん。オムライスかな? 子供のころからよく食べるんだ」
「……」
その笑顔に、教室中が静まり返った。
まあそんな顔されちゃあ、驚くよな。アイドルなんだからこれくらいの顔はするよ。
「あ、そろそろ授業始まっちゃうね。ごめんね。こんなことにつき合わせちゃって」
「いいよ。ちょっと不安だったけれど、みんなのおかげで自信がついてきたよ。ありがとう」
「ねえねえ、俺まだ質問してないよ? ねえ、ふげぇ!?」
「あんたは黙ってなさい!!」
質問タイムはやがて、光がやけくそになって固執しはじめ、危うく惨事になるところだった。由見がいなければ、俺がぼこっているところだった。
おそらく質問タイムは昼休みも続くだろう。
聞いているのも憂鬱だし、男子たちにも桃源郷というものをを見せてやろうじゃないか。
横目で神崎の表情をうかがいながら、俺は昼休みをどこで過ごそうか考えた。
□ □ □
先週末から到来したといわれていた梅雨前線は、滞りもなく雨を降らし続けていた。だが、今日に限っては晴天。久しぶりの太陽を見た。
昼休みを屋上で過ごすことに決め、購買でパンを購入してから、人気のないこの場所に来た。
一般開放されている屋上を使うのは、極僅か。他は教室で弁当を食べているか、部室で仲間と談笑しながら食べているそうだ。
俺は基本的にこの屋上か、教室で食べている。トイレの個室というマニアックな場所では食べていない。衛生上、あまりよろしくないし。
自分で作ったおかずが入ったタッパーを開けて、自作のタコさんウィンナーを一つ頬張る。うん。我ながらいい出来だな。
家事全般をこなしている俺は、料理はそれなりの自信がある。
お手本としているのは、ニュースのある枠で設けられている俳優の料理特集だ。あれはためになる。姉ちゃんが一度食べたことがあると言っていたから、機会があったら持って帰ってきてほしい。
ご馳走するのも一つの快楽だ。
よく光と由見にはご馳走をしている。一度だけ、クラスのみんなに卵焼きをごちそうしようとしたが、光に『「お前の料理って……まさか!?」「はぁー、神よ。我が命にご加護を」とか、なんかお祈りしていたぜ』と、念を押されて持ってこない方がいいと言われた。
その時入学して一か月。なぜか俺の印象はそこで悪くなったかも。どうにも苦い思い出だ。
「そういえば……」
パックのコーヒー牛乳を飲もうとしたとき、姉ちゃんに朝言われたことを思い出した。
『最近耀君の作ったお弁当を同じ事務所の人に食べさせたら、気に入られちゃってね。だから近々ご馳走してくれない?』
確かなんも返事していなかったよな。
同じ事務所ってことは、『ティーンズ』だろ? あそこは確か、女性専属の芸能事務所だよな。
……正直、首を縦には振りにくいな。女の子とか、話すだけでも血圧上がるし料理をごちそうするとなれば、手が狂いそうで怖い。
しかも、高貴な家の人だったらどうするんだよ。マグロと何とかのカルパッチョフォアグラ添えとか言われても無理だ。そこまで料理に執着していない。
……聞くだけ聞いて、無理だったら断るか。
「……眠いな」
なんだか急に眠気が来た。今日はいろいろとあったからな。
転校生が来たり、転校生が来たり……
スマホで時間を確認すると、まだ30分も昼休みはある。
割と長い昼休み。昼寝にはもってこいの長さだ。
20分後に起きるとするか。
雨のにおいが染みついたコンクリートを背中に預け、俺は目を閉じた。
『茜色の雲 吹き抜ける風 ああ、君はどこへ行ったの どこに飛んで行ったの 私を置いて あなたはどこへ行ってしまったの』
どこかで聞いたことのあるフレーズが、頭の中で浮かび上がった。
何かの歌詞だった気がする……それも昔の。
夢でも見ているのか? 目の前は真っ暗で、声だけが聞こえてくる。その言葉の波に、自分が乗りかかっているみたいだ。
重く深く、感傷深いフレーズ。
しかし、歌詞とは裏腹に歌声は、蕾のように俺をやさしく包み込んでくれる言葉のオアシスでもあった。
ああ、確か。そうだ、あれだ。
子供頃、よく母親から聞かされた歌だ。
子守唄でもあったし、幼稚園の帰り道でも一緒に歌っていた。
テレビでも歌ったことがあったなぁ。
どこか懐かしく、遠い昔を思い出す。
ほかの人が歌っても、こんなに安らかになれるなんて初めてのことだ。
この歌を聞けば、母親を思い出す。
母親がすぐそこにいるように感じる。
それと同時に、悲しみも湧き起こる。
忘れたくても忘れられない。
会いたくても会えない。
手を差し伸べても、真っ暗な空間が広がるだけ。
歌声は次第に遠のいていく。
やがて歌声は聞こえなくなり、俺の目の前には暗闇しか残らなかった。
「母さん!?」
「きゃっ!? ……急に声をあげるからびっくりしたじゃない」
意識が現実に戻り、驚いてその場に立ちすくむ彼女を放っておいて、俺はほっと安堵の息をついた。
そうか……やっぱり夢だったのか。
その証拠に汗が額から滲み出ていた。日が出ていないのにおかしい。気持ち悪く、ワイシャツの下に着ているシャツに張り付いている。
意識がはっきりとしたところで、目の前に神崎がいることに気づく。
いきなり目の前の前にいられると、こっちもさっきのように驚嘆の声を上げるだろうが、あまりにも自分が落ち着いていたのか、リアクションを起こす余裕がなかった。
神崎はまるで、エイリアンを発見した人のような形相をしている。
どうやらアイドルは、驚いた表情も可愛いようだ。今度光にそのことを教えてやろう。
「お前……こんなところで何やっているんだよ」
気を取り直して、今この状況を理解する。
「あなたこそ、こんなところで何しているの? 気絶ごっこ?」
どうやら俺は、随分マニアックな趣味を持っているようだな。
この期に及んで気絶ごっこって、何の役に立つんだ? クマに遭遇したときか?
てか、お前こそ何しに来たんだよ。
……待てよ。さっきの歌声ってまさか。
「屋上に来たらあなたがいてさ、発声練習しに来たんだけれど寝ているところ悪いかなって。ゆすっても起きなくて歌い始めたらいきなり飛び起きるし」
俺の心中を察したのか、神崎は長くて艶やかな黒い髪の毛をいじりながら言う。
寝ていた俺に気を遣ってくれたらしいが、寧ろ邪魔をしたのは俺のようだ。
「で、発声練習って?」
「ああ、今度新しいシングル出すからその収録に向けていい声出すようにって。マネージャーからこれ歌えっていつも言われているの」
彼女はそういって、発声練習用のCDを取り出してくるのかと思ったけれど、代わりに立ち上がった。
そして彼女は大きく息を吸って、
『茜色の雲 吹き抜ける風 ああ、君はどこへ行ったの どこに飛んで行ったの 私を置いて あなたはどこへ行ってしまったの』
透き通る歌声。それは、俺の心の内を見透かしているみたいだった。
そして、可憐に歌うその姿はまるで天使のようだった。
何万人もの人が、彼女に心を惹かれるのが分かる。この歌声を聴いてしまっては、居ても立っても居られない。
彼女は、神崎燐はとても輝いている。
光の粒が、彼女を中心に徘徊しているように見えた。
「どう? この歌、いいでしょ? 星野輝夜さん?」
その笑顔もまた、人々の心をつかむ原因なのか。とても生き生きとした明るい表情だ。
「うん。いい歌だ。……え?」
おいおい、何の冗談かな?
そんな笑顔で言われたら、言葉の方に突っ込みなんてできるわけがない。
今、彼女は星野輝夜といった。
紛れもなく、俺に向けて。
「だってそうでしょ? この歌、星野輝夜が主演で出たドラマの主題歌。『茜色の雲』だよ? まさか覚えていないの?」
確かに、そういわれてみると、あの時主演で出ていたドラマは『茜雲』というタイトルだった。だが、そんなことはとっくに忘れている。もう、あのころの自分はいないと心に焼き付けたから。いやいや。そんなこと思い出している場合じゃねえだろ。
「そう……だけど。なんで、お前がそんなこと知っているんだよ」
否定できなかった。
今までこんな場面に陥ったことがないからかもしれない。彼女の質問に、不覚にも俺はやすやすと、自分の正体を名乗り出てしまった。
誰も知らない俺の正体。素性、素顔。
真っ暗な闇に溶け込まれた過去。
「やっぱり。最初見たときからそうだと思ったのよ」
「最初って……朝来たときか?」
俺は女装なんてしていない。彼女とも、朝見かけただけだし言葉の一つも交わしていない。
なのに、どうやって俺を星野輝夜だって見抜いたんだ?
その疑問だけが、俺の頭のなかで周回する。
「感覚的に。かな? 小さいころから君のファンなのよ? 何度も何度も君が出ていたドラマを見たわ。だから、今でも薄らとセリフは覚えているのよ。この職業を目指した理由も、あなたの存在があったから。だから……ありがとう」
なんとも不思議な光景だ。
神崎燐が俺に頭を下げている。
それも、一度地獄に落ち、二度と帰ってこなかったへっぴり腰に向けて。
でも、言っていることが出鱈目だな。感覚的にって、なんだよ。根拠になってなくねえか?
「なんでお前が礼を言うんだよ」
「だって、あなたがいたから今の私はここにいるのよ」
「まだ俺が星野輝夜だとは決まっていないだろ?」
「でもあなたは否定しなかったでしょ?」
ぐさりと、言葉の刃物でその部分を抉り取られた。
やっぱり、断定的な証拠も何もないのに小さいころファンだからとか、感覚的にそうに見えたとかめちゃくちゃすぎる。
「それに、歌っていたじゃない」
「何を?」
「さっきの歌よ。やっぱ寝言だったのかな? でも寝言で歌なんてあまり聞いたことないわね」
最後、ぼそぼそと喋っているだけで何を言っているのかさっぱりわからなかった。だが、彼女が言う限りだと俺は、かつて自分が歌っていた歌を寝ながら歌っていたらしい。一種の夢遊病かよ。
「さっきのサビの部分、あの最後フレーズは2オクターブ上がらなきゃいけないでしょ? 私もこれが一番難しかったのよ。いきなり音が上って曲調が崩れそうになるのかと思えば、よく聞いてみれば心に深く残るメロディーだな。ってね」
ほめているのか、あるいは嫌味で言っているのか。
当時の俺しかそれは知らないだろう。
『小学生の歌う歌じゃない』『ほかの曲もカバーしないか?』『大人も顔負けだな』そんな評価しかもらったことがない。
確かに彼女の歌を聞いてみれば、なんとなく最後の音調に違和感を持つ部分がある。それが、さっき彼女が言っていたオクターブを2つ上げるところだ。
まるで高校生になった星野輝夜が目の前にいるように見えた。
「なのにあなたは完璧にそこを歌っていたわ。思わず聞き惚れたけれど、まさか本人だったなんてね。やっぱり話に聞いたとおりね」
「何のことかさっぱりだな。もとから声変わりはしていないし、第一こんな筋肉質体型のやつが、昔は女装していた子役でした。なんて、思うやつはいるのか?」
「実際はそうなんでしょ?」
「それは……」
弁解の余地がない。彼女の方が完全に論理上では勝っているし、俺に否定し続けて勝つ要素なんてどこにも見当たらない。
ってか、本当に神崎は直感で俺を星野輝夜だと断定したのか? 確信はないけれど、女装の時の姿と今を比べればかなり違っているはずだ。歌声や雰囲気で掴めるほど、俺は女装やメイクを甘くしていない。
それ以前に寝言で歌を歌っていたなんて、嘘に決まっている。
俺の正体を勘繰るための口実に過ぎないはずだ。
だとしたら、思い当たる人物が一人しかいない。
そうこうしているうちに、予鈴のチャイムが鳴り響く。
神崎はスマホで時刻を確認し、「そういえば移動教室じゃん」と、教科まで確認し、
「じゃあ、また放課後ね。生野燿平君」
「……」
何故、おれは何も答えられなかったのか。
無論、『放課後』という文字がいかにも強調されていたからである。
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