第五話 「君、もしかして一年生?」
気が付けば、文化祭まで残り二週間だった。
学校へ来れば、廊下に段ボールやガムテープが散乱していたりと、だんだん文化祭色に染まっていくのが分かる。
どうやらその色は、学年を追うごとに強まっていくようだ。
初めての文化祭に参加する一年生はともかく、二年生と三年生は去年の経験を活かし、反省してか朝早くから作業しているのが目につく。三年生にとっては、これが最後になるのだから、思い入れも決して弱くはないはずだ。
そんな中、なるべく邪魔にならないように廊下の端を歩いていたとき、
「おっと」
「おっ」
曲がり角に差し掛かったところで、荷物を抱え込んだ生徒と危うくぶつかりそうになった。いきなり曲がろうとした俺も悪いが、視界が遮られるほどの荷物を持つなよ。
「すいません。大丈夫ですか?」
なんて、心のうちに隠しておき俺は謝罪した。
「大丈夫だよ。バランスは結構自身のある方だから」
生徒は荷物を床に置き、腰を大きく左右にツイストし始めた。
よく見れば、文化祭実行委員長の佐野内鉄平だ。
『女装コンテスト』など、禍々しい企画を提案した張本人……とまではいかないが、始業式以来見る顔だ。よく覚えていたと自分でも思う。
「手伝いましょうか?」
「いいのかい?」
「力仕事なら得意です」
「なんか俺が力仕事を不得意としているみたいだな」
「いくら先輩が力仕事に自信があっても、これだけの荷物は一人で運ぶのは難しいです」
無意識のうちだった。別に助けるつもりではなかったのに、自然とさっきの言葉が出てきてしまった。
「じゃあ、こっちの方持ってくれるかな?」
「わかりました」
上に重なっている二つの荷物を抱える。
重量はあまりない。たぶん、一番下の荷物が重いはずだ。
「先輩、別々に持つんじゃなくて一度に二人係で持った方がよくないですか? 俺がこんな軽いものを持っても、先輩の負担は変わらないと思います」
「ははっ、さすがに分かっていたか。そうだな。そうしたほうがよさそうだ」
抱えていた荷物を一番下にある箱の上に乗せる。
二人だと持ちにくいけれど、一人で持って怪我をするよりはましだ。
「これ、生徒会室まで持っていくんだけれどいいかな?」
「大丈夫です」
「君、もしかして一年生?」
「はい」
階段を上るときは、先に上がる人の方が腰の負担がかかる。その辺を考慮して、俺は先に階段を上った。
「一年生っていうと、神崎さんや雨宮さんとは知り合いなのか?」
「そうです。二人とは結構話したりします」
「ということは、君が生野君?」
「……そうですが」
なぜ、この人が俺の名前を知っているのだろうか。
……よく考えてみれば、『女装コンテスト』の特別プロデューサーとして燐と雨宮がいるんだ。なら、俺の名前は不思議と出てきて当然じゃないだろうか。
俺をコンテストに参加させるのであれば。
「二人は、俺のことを何か話していましたか?」
俺の過去をさすがに話してはいないと思うが、それ以外の部分について話されると厄介になりそうな気がする。
「そうだね。結構気さくに話していたかな。料理が上手とか言っていたね。あと、超絶シスコンで人の胸の谷間を見て発情する人とか言っていたかな!?」
「……」
なんだろ、この非情感。
身に覚えのない事ばかり話され、周りに広まり俺の印象がさらに悪化するという……元々周りからあれこれ話題にされるキャラでもないし。俺、あいつらに恨みされるようなことしたっけ?
「あれ? 俺まさか間違ったこと言った?」
「……いえ、半分正解で半分は盛られただけです」
「ん?」
今の言葉でどんな表情をしていたのか分からない。
ただ、間違いないのは異なった事実を植え付けられている。あとで説教でもしてやるか。
さて、今何階なのか。生徒会室は四階の東校舎の端に位置しているからそろそろいいんじゃないだろうか。
そういえば三年生の教室もあったっけ。
上級生のいる校舎へ行くには、少し気が引ける。
階段を登り切り、あとはまっすぐ生徒会室へ直行するだけだ。
「さて、もうひと頑張りだな」
ワイシャツの袖をめくりながら、佐野内先輩は声をかけた。
俺もつられて、ワイシャツの袖をめくる。風で露わになった腕が涼しく感じる。
「そういえばさ、生野君は『女装コンテスト』に出場するのか?」
「いえ。もし出場するというのでしたら、それは何らかの間違いです」
「あ、そうなのか。いや、僕はてっきり出場すると思っていたよ」
「その根拠はなんですか?」
俺は少し警戒心を持った。
もしかして、この人は俺の正体を知っているんじゃないかと。
うっかり神崎と雨宮が口を滑らせたとは考えられない。プロデューサー自ら手掛けるモデルに、昔女装をしていた人ですなんて言うはずがない。言われたくもないけれど……
「ほら、彼女らはプロデューサーで彼女たち自身もモデルを選んでメイクアップする訳だろ? もしかすると、君を選ぶんじゃないかと思ってね」
なるほど。そういう根端か。
単に二人が手掛ける人は、仲のいい男子。つまりは俺という枠に当てはまる。
「たぶん、それはないでしょうね。まあ、彼女たちとはそれなりに会話はしますけれど、モデルに選ばれるほどの仲ではありませんよ」
実際、この前誘われたけどな。
「そうなるのか。まああくまで『女装コンテスト』は文化祭の余興の一環だ。一般の人も、あの有名アイドルがどうやってコーディネイトしたのかそこが見どころだと思わないか?」
「文化祭の催しですからね……」
正直、興味がわいてこない。
『女装コンテスト』なんぞやって何が楽しいのやら。自分が女装した姿を面前でさらされて「きゃーっ!! あの子おかまーっ!!」って蔑まされるだけだぞ? いいのか? それでお前のスクールライフは終了してもいいの? いいわけねえだろ!!
「……すごい表情しているけれど大丈夫?」
「……あ、大丈夫です。ちょっと考え事を」
とにかく、女装だけはだめなんだ。人生が狂う。狂う。狂う!!
「桐原美里。彼女はもっとものすごいだろ?」
「ええ、まあ」
とりあえず相槌を打っておいた。
人相だけじゃ把握できないし、すごいと思ったことはこれっぽっちもない。
「桐原……先輩には、先輩も頭が上がらないほどすごい人なんですか?」
「頭が上がらないってなると、少し語弊があるかもしれないが、『女装コンテスト』の件に関してはそうといえるかな」
「部外者が口を出すな。みたいなですか?」
「ははは。そのまんまの通りだよ」
なぜか、近くに噂の彼女がいないかどうか確かめてしまった。
噂もすれば影もあり。本当に姿を見せた時の対処法は、もちろんないが。
「とにかく、平和に文化祭ができるようにしないとね」
「そう……ですね」
それからというものの。
荷物を生徒会室に運び入れるまで、俺と佐野内先輩は一切言葉を交わさなかった。
俺が何かしたのだろうかと思ったが、表情からそうは読み取れなかった。
俺には、心のどこかで割り切れていないことがあるんじゃないかと感じてしまった。
□ □ □
現在、私は燿平君の家にいる。
なぜ、彼の家にいるのかと聞かれれば、隣同士だから……という答えに納得する人は一体何人いるのだろうか。私としては、こう聞かれたときにはそう答えるしかない。だからと言って、彼の家に隣同士だからという理由でいるのは、いささか不自然であるのも自覚している。
「この場所、ライトアップするときは何色使った方がいいですか?」
「そうね……普通は3色くらいあればいいけれど、あまり多くするとステージに上がっている人の表情が全く分からないからね。色の数はある程度でいいから、リハーサルで試行錯誤してみたらどうかしら?」
「そうですね。この辺は雨宮とも話をしてみることにします」
机に広げられているのは、ステージの見取り図。
上から見た感じで書き、それぞれスポットライトの配置や通路などのセッティングを決めるべく必要なものを考えていた。
「プロデュースするといっても、大変よね。こういった面まで考えなきゃいけないんだから」
「しょうがないと思います。これくらいの事をしなければ、勝負になりませんから」
「勝負ねぇ。まあ社長も面倒なこと引き受けたよね」
「何を目的とした企画なのかは知りませんが、私たちにメリットはあるんですか?」
「メリットはないと思うわよ。あそこの事務所の社長は、人気と利益さえ上がればいいと思っている人だからね」
利益と人気……同じ芸能界で仕事をする人とは思えない考えだ。
他社の利益だの何だの、人のエゴの為に無関係の私たちを巻き込んでほしくない。
だが、それとは無関係の条件が重なってしまえばこうも言ってはいられない。
ある意味で、この『女装コンテスト』で優勝しなければいけない。
私たちの問題でもあるが、彼を巻き込むのも問題がある。
「燿くんには、この事話したの?」
「いえ……彼を巻き込むのはよくないかと思いまして」
「確かに。その気持ちはわかるけれど、燐たちの通過点はあくまで文化祭での『女装コンテスト』優勝でしょ? 優勝してから燿くんに本当のことを話すつもりなの?」
「いえ……それは」
何も言えなかった。言われた通り、どのみち優勝をしたところで彼に話をすることになる。そう考えれば、彼を巻き込みたくないという願いは理にかなわなくなる。
「なら、私はこの企画に手を貸すことはできないわね。いくら後輩のあなたであろうと、燿くんをあなた達の私情に巻き込むことは許さないわよ」
耀里さんの言葉は、すごく重みがあり自分が一体何をしていたのか、解ったような気がした。やはり、彼にはしっかり言わなければいけない。
「わかりました。……ただ、燿平君にはまだ私の口からは伝えません。とは言っても、まだ彼にやってもらうことにはなっていないので、何とも言えないですけど……」
「分かったわ。私の方からも、燿平にある程度の話はしておくから。燐は華蓮と一緒に、計画の方をしっかりやっておきなさいよ?」
その言葉は、なぜか私のやる気を上げるきっかけになった。




