第四話 「で、出るの?」
ある日の昼休み。
私は雨宮華蓮と食堂にいた。
学校内は既に文化祭の準備に色を染めていて、食堂で食事をしていた人は、足早に教室に戻っていく姿を何度も見かける。
文化祭は学生にとって一世一代の大イベント……とまではいかないが、三年生にとっては最後の文化祭だから、こうして全身全霊を準備に注ぎ込むのも分からなくもない。
私たちも今、こうして互いに顔を向き合わせているのにも理由がある。
一枚のレポート用紙。そこに描かれているいくつもの服のデザイン。
始まりはここだったのかもしれない。
「これにレースをつけてはどうですか?」
食後のデザートを堪能しながら、雨宮は赤ペンで印をつけた。
「それもいいわね。ならこっちはデニムの組み合わせでもいいじゃない? 燿平君、足意外と細いし」
「それでしたら、このシャツにスカートの組み合わせは? 足が細いのでしたら、強調しないわけにはいかないですわよ」
「その案もいいわね。服装はある程度固まって来たけれど、問題は……目ね」
「そうですね……」
「あの釣り目をどうにかしなければ、観客からの評価はまずもらえないわね」
「その部分に関しては、腕の見せ所というわけですね」
「そうなるわね」
彼――――燿平君に似合う服装を吟味している中で、私と雨宮は更なる問題点に突入した。
もともと、『女装コンテスト』に参加はしないときっぱり断られている。
分かりきっていることだが、何としても彼には『女装コンテスト』に出て、優勝してほしいのだ。
勝手な都合かもしれないが、それだけ燿平君には出て欲しい。
そのためにも、説得はもちろんのことだし、衣装も揃えなければいけない。
この時期は互いに仕事で忙しいが、こうして学校に来ていられる日は空いた時間を有効に利用して、コーディネートのバリエーションを考えることができる。
あとは細かい問題点を解決していき、彼を説得することさえできれば大丈夫だ。
問題はその部分にある。
彼をいかにして説得すればいいのか。
悩みに悩んでも、彼をどう説得すればいいのかわからない。というか。
今、どんな言葉をかけても彼はOKとは言わないだろう。
「燐さん? 燐さん?」
雨宮に声をかけられ、我に返る。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫よ。で、何だったかしら?」
「燿平さんの件について、どうでしたか?」
タイミングが悪い。
「昨日、すっかり振られちゃったわ。やっぱり、彼にとって過去のことは結構ダメージが大きいらしいわ。説得するにも、やっぱり彼の気持ちを尊重しなければいけない……それは分かっているけれど」
「もし、また彼を傷つけてしまったら……ということでしょうか?」
私と同じように、悩める表情をする雨宮。
「ええ。確かに今回の『女装コンテスト』は、番組の方で行われる余興みたいなもの。あくまで宣伝だから、強引に彼を引っ張らなくもいいんだけれど……」
「壇上であのような宣言をされてしまえば、むかつくのは当然ですからね」
始まるまえから相手に挑発され、こちらも言われたままにするわけにはいかないと思っていた。
単なる余興に過ぎないが、売られた喧嘩を買わないわけにはいかない。
だから、あの人に勝つには燿平君が必要不可欠。
二人が一致した意見はそれであった。
「前途多難ですわね……」
「前途多難どころか、始まる前から絶体絶命ね。どうにかして燿平くんを説得しないと……」
やはり問題はそこだ。
勝負の前から、重要人物が参加してくれないのは私たち個人もそう、事務所側にも大きな痛手となる。
私たちは悩む。どうすれば彼に『女装コンテスト』に参加してもらえるのか。
知識をフル回転させ、思いつくままに彼の説得方法を炙り出していく。
「やはり、諦めるしかないでしょうか」
「まだ早い……ていうわけにはいかないわね。そろそろある程度の目処をつけないと、こっちの作業にも支障が出るわけだから」
「そうですわね」
食堂には、閑静とした空気しか伝わってこなかった。
□ □ □
また、別の日の昼休み。
俺、光、由見の三人は食堂で談話を重ねていた。
どうやら、どの学年もクラスもある程度文化祭の催しは決まっているようで昼休みを使って早めの準備に取り掛かっている人もちらほら。
「由見のクラスは何をやるんだ?」
「うちはお化け屋敷よ。喫茶店と一騎打ちになったけど、喫茶店は被る可能性大だっていうから却下になったのよ」
「賢明な判断だな」
俺もそう思っていたのに……
横目で光を見るが、当の本人は気づきもせず、昼飯のラーメンを啜っていた。
「そう? 私は喫茶店の方がよかったわ。バケツプリンとか作ってみたかったの」
「単にお前が食べたいだけじゃねえかよ」
サッカー。甘いもの。この二つは誰にも譲る気がない由見のハングリー精神は、褒めるべきなのか……女の子でも、アマゾンで暮らしていけそうだよな。
「そういうあんた達二人のクラスは何をやるの? まさか、メイド喫茶なんてベタなことやるんじゃないでしょうね?」
「……」
恐れるに足らない由見の勘の鋭さ。
ベタすぎて、言葉が出てこなかった。
「え? うそでしょ?」
嘘じゃありません。あなたが考える通り、ベタな催しを僕たちはします。
光に至っては、笑いをこらえてやがる。食器をかちゃかちゃするな。
「ほんと、光を筆頭に下心丸出しのクラスよね」
「おいおい、何で俺の名前出てくるんだよ!?」
「事実じゃない? どうせ、女子のメイド姿が見たい男子が提案して、光がフォローしてうまく案が通るようにしたんじゃないの?」
こいつ……覗き穴か何かで見ていたように当ててきやがる。さすがにすべてドンピシャに当てられていれば、言い返せないよな。
「さすがに、あんたたちのクラスには、燐ちゃんがいるだけでもいいって方よね」
「何のことだよ」
「メイド喫茶やるにしたって、可愛い子がメイド服を着れば周りの人……主に下心丸出しの男子が食いつくわけよ。二人のところには、燐ちゃんだけでよかったけれど、もしも華蓮ちゃんもいたってなると……あぁ、何か急に動きたくなってきた」
「言葉をオブラートに包んでも、言っている意味は物騒だぞ!?」
「事実でしょ? 燐ちゃんと華蓮ちゃんに近づく輩は、私の右足でゴールにぶち込むわよ」
「その言葉を俺らに言ってどうするんだよ……」
半分殺害予告されて、すこし身震いした。体育会系女の子は怖い。何をしでかすか予測できないし。
「にしても、お化け屋敷か。由見ならお化け役に適しているかもな!! 痛いっ!? 脛蹴るなよ!!」
「余計なお世話ね!! 女の子に向かって失礼なこと言っているから、いつまでたっても女に振られてばかりいるのよ!!」
「脳みそ筋肉女に言われたくねえよ! 俺が入学してから何回告られたか知っているか? 知りたいか?」
「そういえば、あんたこの前二組の関川さんのところ振ったでしょ!? 最低よ!! クソ野郎!!」
「おわっ、女性がクソ野郎だって。うわぁ、怖い怖い」
始まった。小学生レベルの口げんか。
俺はこの二人の言い合いにいちいち耳を傾けなければいけない。いつ、どっちかが暴走するか分からないからその時の仲介役だ。
まあ、二人とも高校生になったのだから暴走するまではいかないと思うが。
数分経ち、低レベルの口げんかはエスカレートしないまま終息を向かえた。お前ら、成長したな。
時間も余裕のため、食後のティータイムということでお茶を飲んでいる中で、
「そういえば、燿平は『女装コンテスト』にでるの?」
「ぶっ!?」
「うわっ!? きたねえな!! 目の中に入ったぞ!!」
「文句なら由見に言いやがれ!!」
由見の言葉のボディーブローが俺の腹に決まり、口からお茶がビームとして光の顔に発射された。突然の爆弾投下と急速発射によって俺は事態を飲み込むのに時間がかかった。
「で、出るの?」
俺らの惨事に手を貸すこともなく、由見は質問の答えを待ち続ける。
俺はテーブルに飛び散った液体をふきながら、
「この前、燐に誘われたけれど断った。女装なんて……想像するだけで吐き気がする」
「燐?」
「名前?」
……あ。
そういえば、
「燿平君? いつから燐ちゃんと名前で呼び合うようになったのかな?」
「え、いや……偶々だよ。偶然。別にこれといったイベントなんて何一つ発生していないから!! 痛い痛い!! ヘッドロックはやめろよな!?」
突然名前で呼び合う関係になったのだから、不思議のなるのもわからなくもない。でも、そこまでする必要はあるか? 被害者でも加害者でもないのによ……
そんな俺らのじゃれ合いに由見は、
「ほんと、男っていつもこうよね」
と、全世界の男性を虚ろな目で見て、こう言ったのだった。




