番外編 久坂伊織の夏休み #2
久坂伊織は上機嫌だった。
理由は、言うまでもなくテニスの試合で勝ったから。
ナダルやフェデラーを圧倒するまではいかなかったが、都内では上位に入る選手と互角にやりあい、見事勝利を収めたのだ。
練習試合でありながらも、それを共に見ていた部員も大喜び。
体を動かすだけで満足しているが、最近になっては勝つ喜びも芽生えてきている。
夏休みの充実した一日が、幕を閉じようとしている。
家に帰ってきては、まだ誰も帰宅していないため、久坂一人の状態になる。
今日はなんだかいつもより疲れた気がするな……
不意に、ある人の顔が浮かんできた。
生野燿平に神崎燐。
そうだ、こいつら誘って飯でも食いに行こうかな。
時間帯的に父も帰りは遅いようだし、夕飯は朝作り置きしてあるものがある。外食もたまにはしてくるか。
早速、メールで生野燿平にご飯に行かないかと誘ってみる。
なかなか急な話だけれど、ここから近場のレストランならあいつらだって行くのには面倒ではないだろう。
数分後、メールの返信がきた。
『別に大丈夫ですけれど、急にどうしたんですか?』
「別にどうもしていねえよ」
相変わらず一言が多い奴だ。
返信は集合場所と時間を送りつけた。ここ周辺にはファミレスは多種多様あるから、混雑の心配はないはずだ。
私はすぐにシャワーを浴び、テニスウェアから一転して私服へとチェンジ。財布と家の鍵を装備して、自宅を出て行った。
□ □ □
「急に珍しいですね。先輩がご飯に誘ってくれるなんて」
「試合で疲れたから、夕飯つくる気失せただけだよ」
「今日の試合はどうだったんですか?」
「一応、都内では上位にランクインする奴に勝ってきたよ」
「……それって、すごくないですか?」
「はぁ?」
今日の試合の報告をしたら、前に座る燿平に驚かれた。
別に相手がいったいどんな選手だったかなんて、正直言って関係のないことだ。テニスをやっていれば、今後何回か対戦する可能性はあるけれど私の場合、助っ人としてきているんだ。
もう二度と対戦しない選手に勝ったからって、喜んでいられるほど哀れじゃない。
でも、勝ったこと自体はうれしかったけどな。
「伊織先輩って、なんでもできるんですね。この前も学校でバスケ部の試合に出ていましたよね?」
「うちの学校の部活動、部員自体は少なくないけれどなぜか私に助っ人要請来るんだよね。テニス部とかダブルスできない人数は余裕でいるのにね……」
「明らか戦力的な問題じゃないですか?」
「でもバスケ部とかテニス部って言ったら、結構強いんじゃないの?」
「うちのバスケ部は、都大会でも上位に入るほどの実力があるのよ。テニス部だって、頑張ればもっと上のほうまで行けるんだけどね」
実際のところ、私が助っ人呼ばれる理由は分からない。
別に知ったところどうこうする理由もないけれど。
「でも、久坂先輩を助っ人に出せばだいぶ印象が変わると思うんだけどね~」
「どういう意味だよ?」
「そのままの意味ですよ!?」
「伊織先輩が助っ人として試合に出れば、それほど相手にとって強いっていう印象が残るんじゃないですか?」
「……」
言われてみれば。
バスケ部がこの前ローカル大会があったのだが、そこで対戦したチームは、いずれも私が助っ人として出たときに試合してチームだ。
テニス部の同じだ。
以前対戦したことのある高校と当り、練習試合ではストレート負けだったのに大会ではストレート勝ちだったな。
まさか……
「私って利用されていたのか?」
「それはない!! それは断じてありませんから!?」
燿平が全力で否定した。どうやら私がこう答えると予測していたのだろう。
「確かに、伊織先輩が助っ人として何かの協議の試合に出たら……たぶん印象に残りますね。確実に」
「ほかの部活動がどう思っているのかはわかりませんが、先輩が試合に出ればほかの選手の活気づけにもなるきがします」
「燿平のくせに、いいこと言うじゃんか」
「『くせに』は余計です……」
そんなことがあったのか。
自分は今まで、体を動かすことだけを考えていた。
試合に勝てればそれで嬉しいけれど、チームのほうに影響を与えていたなんて、初耳だ。
「ま、せっかく先輩が試合に勝ったんですし、ここはひとつ盛大にやりませんか?」
「生野君、たまにはいいこと言うのね」
「お、じゃあ燿平のおごりかな?」
「なんでそうなるんだよ……」
充実している。
私の夏休みは、とても充実している。
いま、すごく心からそう実感している。




