番外編 久坂伊織の夏休み #1
ちょろっと短編。
久坂伊織の朝は早い。
母が朝早くから出勤する故、朝ご飯は彼女が作る役目だ。
外資系の仕事で多忙な母に代わって、家事は一通り彼女がこなす。
一方、警視総監という役職に身を置いている父はまだ寝ている。
そんな彼女の日課は、朝食とお弁当を作ることだ。
今は夏休みの時期であるが、それでも変わらず朝の6時に起床。
朝食、自分と父親の弁当を作るべく、戸棚からフライパンを二つ、冷蔵庫から材料を取り出す。
片方のフライパンには目玉焼きを。もう片方は弁当に入れる野菜炒めを作る。
野菜をいためながら、久坂伊織は今日のスケジュールを確認する。
真っ先に思い浮かんだのが、今日のメインであるテニス部の練習試合の助っ人。
助っ人……それこそが彼女の生きる道。
困っている人がいれば迷わず手を差し伸べろと、幼いころ父親に叩き込まれたおかげで、助っ人心がどこからか芽生えてしまったのだ。
聖城学園に通って一年と少し。二年生になってから助っ人依頼の数は半端ではない。半年先まで予約されている部活動まであるのだから。
助っ人を頼まれれば、それだけ自分の休日が消えてゆくのだが彼女にとって、それは決して苦ではない。寧ろ娯楽といってもいいくらいかもしれない。
元々体を動かすことが好きだったゆえ、特にやりたい部活動もなかった。いっそのこと、助っ人部でも作ろうとしたほどだけれど……
「おはよ。伊織」
そんなことを考えていたら、父親が起きてきた。
「今日も助っ人なのか?」
起きて早々、冷蔵庫から牛乳を出してパックごと飲み始める。
「テニス部の方よ。暗くなる前には帰ってくるから」
「俺も、今日は早めに帰りたいんだけどな……」
「事後処理とかまだ終わっていないの?」
「後々やろうと思っていたら、気づけば溜まっていたよ」
「悪い癖ね……」
目玉焼きがちょうどいい焼き加減になったので、お皿に盛りつけてキャベツの千切りを添える。あとは野菜炒めが出来上がればいい。
「お前も毎日毎日、助っ人やらで忙しいんだな」
「好きでやっていることだから苦にはならないよ」
「意外と謙虚なんだな」
「どこがよ」
出来上がった朝食を、机に並べる。
うん。今日もなかなかの出来具合だ。
今度ほかの奴らにも食べさせてやるか。
燿平の料理もうまいが、私の料理もあいつやほかの人に食べさせてやりたい。
「最近、燿平と会っていないのか?」
もくもくと食事をしていたところに、再び父が口火を切った。
何かと思えば後輩、生野燿平の事だった。
「会うも何も、学校もないんだから会う確率は少ないでしょ?」
「それもそうか。……でさ、あいつにもし会ったら、近いうちに道場に顔を出してくれないかって、言ってやってくれねえか?」
「お父さんが直接言えば済む話でしょ?」
「それだとさ、まるで寂しいから来てほしいって言っているようになるだろ? 他者化から言ってもらえれば、何となくそう聞こえないと思うんだけど」
「どっちも変わらないと思うけど……」
相変わらず、父の考えていることは分からない。
「でも、会えたらそう言っておくよ」
「悪いな」
こういうことでも、結局は引き受けてしまう。
人がいいのか、助っ人精神が強いのかよくわからない。
「それじゃあ私はもう行くからね」
食器を片づけ、父に一声かける。
「ああ、気を付けてな」
朝早いコンビにて。
「え」
「お」
そんな偶然。あるのか。と思った時でもあった。
別に運命的な再開パターンではない。ただ単に、別に会うはずないよなと思っていた奴と会うんだから、それは驚くよな。
「朝早くから何て、珍しいですね」
「お前こそ、何しに来たんだ?」
いかにも目つきが悪い。
「牛乳を切らしたんで、買いに来たんですよ」
ちょっと茶色がかかっている髪の毛。
「で、先輩はその恰好どうしたんですか?」
後輩、生野燿平だ。
「え?」
「『え?』じゃないですよ。その恰好……どうしたんですか?」
「テニスウェア」
「……え?」
「お前こそ『え?』ってなんだよ」
「何しに行くんですか?」
「テニス以外何があるんだよ」
「いや、最近はやりの私服かなと……」
テニスウェアを私服にするマニアックな奴っているのか……
「やっぱり助っ人ですか?」
「そうだけれど」
「……で、漫画ですか?」
手にしている漫画を一瞥した。
テニ○リ。テニスの試合前にイメージトレーニングをしようと思っていたから、今こうして立ち読みしている。
以前、バスケ部の助っ人を頼まれたときもスラ○ダンクを全巻一気に読んだ記憶がある。山王戦はやっぱり熱くなったな。
「イメトレを兼ねてな。でも、スポーツ選手は恰好が一番じゃないか?」
「そのニュアンス、大分ずれていると思います」
「テニス選手には、ラケット、ウェア、テニ○リ。この三つがあれば試合できるだろ?」
「ボールがないですし、最後はいらなくないですか?」
……こいつ、スポーツをなめているな。
「小さいころ、どんなスポーツをやっていたのか分からないけれど、あらゆる競技を熟知している私は、あらゆる場面を想定して何が必要なのかしっかり把握しているから大丈夫なんだよ。……経験上」
「なんか最初の方かっこよかったのに、あとからだんだんしょぼく成ってますね……」
「小さいことは気にするな」
これ以上、長引くと試合に影響する。
「……ラケットでかいですね」
「相手を威圧できるからな。スケールがあれば、少しでも相手はちびるかもな」
「違う意味で相手はちびりますね」
「それより燿平」
とりあえず、話題を転換。
唐突に父に言われたことを思い出した。
「なんですか?」
「お父さんが近々、道場に顔を出してこいって言っていたぞ。部下のアドレナリンを回収する役目、疲れたらしいからな」
あ、なんか余計なことを言った気がするけど……まあいいか。
「分かりました。近いうちに顔を出すといっておいてください」
私が言った言葉そのまま返してどうする……
まあ今日あたり行くかもしれないな。
そろそろ時間だな……
「じゃあ、私はそろそろおいたまするぞ」
「試合頑張ってください」
「ナダルやフェデラーを圧倒する華麗なラケット捌きをかましてくるよ」
私は上機嫌で、コンビニを出て行ったのであった。




