第二話 「ほんとどうでもいい情報だな」
評価いただけると嬉しいです。
私立聖城学園は都内に位置する普通の高校。という表現には、少し違和感がある。
何せ運動系の部活は都大会、インハイは常連。バレーボールなんか今年は春高を連覇している。
学業の方も優秀。スポーツ推薦で入ってくる人もいれば、有名な大学へ進学するために勉強で入る人もいる。その半々だろう。
俺はもちろん後者の立場に身を置いている。だからと言って、W大学やK大学へ進学するため……なんて計画性を持っているわけでもない。
家から近い。それだけの理由。
笑うなら笑え。夢のかけらを持っていない奴が、入ってくる場所じゃねえと思っているだろ。けど、先日の中間テストでは上位10番以内には入っている。担任の方からも、推薦はどうする? とか、まだ受験の話はいいのに先が早いんだよ、先生。
でも、夢や希望といったモノがみじんもないのは変わりない。
入学して二か月が経った。
五月病から抜けた生徒(誰が五月病なのか知らない)たちの顔がようやく色を取り戻していた。
しかし、朝の登校で行き交う生徒たちは俺を一瞥しては距離を置く。
五月病が抜けたからとか、梅雨が間近になってきたからじゃない。
こんなのは昔から慣れている。
過去の自分と決別する努力を行った結果がこれだ。生徒から憐みの視線を向けられるのは、覚悟の上。傷つくことなんて微塵もない。
俺を一度見れば生徒は(おもに女子)が、悲鳴を上げて校舎内へ走り去っていく。
大丈夫。慣れているから。
手なんて一切出していないのに、生徒指導の先生とほぼ半日事情聴取されたこともあった。そのおかげで、生徒指導の住人というあだ名は渾身の嫌味だ。
今日も多くの生徒が俺を避けて、道をわざわざあけて通る。
俺はどこかのお代官様じゃねえぞ。
「燿平君。朝から冴えない表情だね」
そんな生徒たちを横目で見ている中、親友の羽鳥光が後ろから声をかけてきた。
俺の数少ない親友にして、今の俺と会話を交わせる人物はこいつとあと一人……まあ、腐れ縁と言われていたからな。光は俺と話せない生徒のほうを珍しがっていた。
前髪が眼にかからないようにピン止めで止めるその姿は、女子からの受けを狙っているとしか思えない。まあ、もともと女受けはいいからな。
「お前こそ、昨日いいことあったのかよ」
「今日のニュース見たか? 神崎燐ちゃん特集。いやぁ、朝一番にあれを見ると目の保養じゃなくて、心の保養にもなる」
「心の保養って……それじゃ、ドラマなんて見てたら精神的にやれるだろ」
「それがまたいいんだよ。燿平ももちろん見ただろ?」
見た。しかし即座に答えることができなかった。
別に答えるのが億劫じゃない。
極力そういう類の話はしたくない趣向だから。
無意識のうちに、テレビが映し鏡に代わっているという錯覚に陥って、昔の自分を映し出しそうで不安だった。
「いや、聞いた俺が悪かったわ」
表情で悟られたのか、怪訝そうな顔で謝られた。
やべ、空気悪くしちまった。
心の中で後悔した。
校門を潜り抜け、下駄箱へさしかかるとき。
「あ、燿平と光じゃん。なに深刻な顔しているの? レ○ズの柏田が引退で落ち込んでいるの?」
「お前!? それはタブーだろ。めっちゃ気にしていたのに」
光がファンであるサッカー選手が昨日引退表明をしたらしい。
よほど好きな選手だったから、サッカーから離れるっていうのはファンが一番悔しいだろうな。
そんな話題を持ち掛け、うれしそうな顔をしているのは幼馴染の北村由見。
あれ、昨日会ったときは、髪長かったんだけど……
「由見、もしかして髪の毛切った?」
気になったから聞いてみた。反応は予想通り、
「分かった? いやー、私くらいの有名人になると髪を切れば生徒からの視線は集まるからねぇ。困ったもんだよ」
って言っても、後ろ髪をバッサリと切り落としただけだろ。
それにお前、もともと有名じゃねえだろ。
「昨日シュート一本決めたくらいで、調子のるなよ」
「おやおや? もしかして僻んでいるのかな? 悔しかったら今度の試合でも、私より多くシュート打ちなさいよ」
サッカー部に所属する二人はいつもこうして張り合いをする。小学校からそうだ。
聖城学園はサッカーでも全国的に有名だ。光と由見も推薦でサッカーをやりにここに入った。
みんな、やりたいことがあって、この学園に入った人が多い。
それに比べて俺は……
「どしたの燿平? 元気ないけど」
珍しく心配してくれる由見。
けど、お前じゃ解決できないくらいの深刻な問題だよ。
「いや、昨日あまり勉強できなかったからちょっと」
「うわ、嫌味かよ」
「やだやだ。ガリ勉が移る!! あっちいけ!!」
など、本音はいうはずがない。言ったところで余計に心配……はないか。
あと、俺はインフルエンザ菌か。お前らと違って、俺はやることが少ないんだ。勉強という言葉に過剰反応するな。
しかし、俺たちのこのセットは、周囲から見ると『腐れ縁組』と認識されているようだ。さっきから騒いでいるけれど、そこまで冷たい視線は感じられない。
確かにこの学園には同じ中学だったやつも多い。その話を耳にしたのか、俺らが多少騒いでいても『ああ、あれが例の幼馴染達か(笑)』なんて風に思われているかもしれない。
同じように、俺の印象も少し良くしてほしい。セットでいれば輝きを放つ、マックのナゲットみたいな配置はさすがに死にたい。
けれどその方が、立場としては楽だな。
先ほどの俺の言葉によく分からない反応を見せた二人をよそに、時間に余裕をもって教室へ行こうと上履きを履き替えた時だった。
星の砂……というか、キラキラしたものが見えた気がする。
怪現象でも見ているのか。俺の思考は疑いの方向へと動き、念のため眼を擦った。
気のせい……か。
俺の目の前を通り過ぎた女子。間違いなくあの子からその現象は発せられていた。
顔立ちはよくわからないが、艶やかな長い黒髪にすらっとした長い脚。
優雅に歩く後ろ姿は、どこかで見たことがあった。
「どうしたんだよ、立ち止まって」
硬直状態で視線は一方向へ向けていた俺を見て、光は同じ目線を向けた。
「あの子がどうかしたのか?」
「何々? どの子?」
由見も脇からのぞいてくるが、すでに職員室へとつながる廊下を曲がってしまった。
「知り合いかなって思ったけど、たぶん違うな。俺の見間違いかも」
さっきの現象も、恐らく疲れているから見えたのかもしれない。
つま先で踵を調節してから、俺らはいつもの教室へと向かった。
□ □ □
教室に入ると、やけに賑わっていた。
なぜか男子たちが窓際で集会を開いている。片手にはスマホを持ち、空いている手で選挙活動している政治家のように、演説を奮っている奴もいる。
女子たちも、所々でグループを作っていた。
入学して2か月。確かにクラスの面々とは話はする。だが、朝はこんなにしゃべっているシーンは見かけない。
まあ、元々話すやつがいない俺にとってはあまり関係のないことだな。
「何の話かと思ったら、今日のニュースらしいぜ」
「今日のニュース?」
引き出しに教科書を入れていると、早速あの輪の中に入って行った光。さすがコミュ力に長けているだけはある。ただその輪の中が女子っていうのがちょっと残念。
「神崎燐。ほら、やっぱりみんな見ているんだよ。彼女、可愛いし歌うまいし、男子のスマホの待ち受けが神崎燐だっていうのも、今木村から聞いてきた」
「ほんとどうでもいい情報だな」
木村って誰だっけ……クラス全員の名前を憶えても、何のメリットもないから分からない。
「あと、お前のことも話していたぜ。『なんで羽鳥君は生野君と仲がいいの? 不良とかにつるまれない?』なんて、震える声で言っていたぜ?」
「日村が?」
木村だよ。と光から訂正をもらうけれど、木村でも日村でもなんでもいい。今すぐ殺してやろうか。
「でもさ、俺がお前と友達なのはいいけれどお前自身どうなの?」
「どうなのって?」
質問の意味が分からない。
「お前は俺ら以外の友達は出来なくていいのか? ってこと」
「……」
「無言かよ」
いや、いきなりシリアスな質問されれば困るの当たり前だ。ましてや光だ。男女関係なく後先考えずにコミュニケーションとれば、うまく行っちゃうこいつがこんなこと聞いてくるなんて、微塵にも思わなかった。
いや、たぶん二度とないな。
「その死んだ魚の眼やをしていれば、近づきがたいのも当然かって!? いてえな!?」
「死んだ魚の眼をした人の脛蹴りはどうでしょうか? 今ならもう一発プレゼントしますよ」
「あ、遠慮しておきます。嘘ですごめんなさい」
口元が引き攣っている割には、足が震えているじゃねえかよ。
そんなやり取りをしていると、ホームルーム開始のチャイムが鳴り響いた。
時間と同時に担任の松林先生が入ってきた。
若く見えるが、もう31だ。ちなみに生徒からは『松子ちゃん』と呼ばれている。
デラックスではない。松林由紀子の略称。この辺ミスると学校生活終わった思ってもいいな。実体験したことないけど。
「全員居るわね? じゃあ、連絡するよ。まず一つ。こんな時期だけれど、転校生が来ます!!」
へ?
俺だけじゃなかった。
クラス全員が硬直した。
同時に、俺の隣の席の人がいないことに気づいた。休みかと思ったけれど、座席は前に移動していた。代わりに空席が一つ。ポツンと陸の孤島のようにそびえていた。
先週席替えをしたばかりで後ろの席だが、出席番号順なら俺は前から四番目。席替えしていなかったら、後ろに机といすが余っていることに気づかなかったかもしれない。
我に返った生徒は、不意にガヤガヤしはじめた。
「はいはい! 静かにね。じゃあ、入ってきて頂戴」
先生の催促で、うわさの転校生は教室に足を踏み入れた。
すべりの良い引き戸を開けて入ってきたのは、朝昇降口で見かけた生徒だ。
転校生だったのか……
この時確信した。
俺は何で、この子を知っているのか。この子はなぜ、あんなに輝きを放つことができるのか。
理由はただ一つ。
今日本の芸能界を沸かしているアイドル。
神崎燐本人だったから。
「今日からこの学校、このクラスの一員になります。神崎燐です。よろしくお願いします」
この瞬間。輝きは一斉に放たれ、俺の視界は光で満ち溢れていた。
そして、俺と彼女の物語が動き始める。