第十話 「燿平君」
気づいたら二章終わっているし……俺何がしたかったの。
当然のごとく、ビーチバレー大会は雨天中止。優勝チームは中止する寸前でのスコアで決められるが、同点だったため同時優勝という結末になった。早く終わってよかったのか、よくなかったのか。
コート上にいた俺を除く三人が、異様に悔しがっていたから俺も悔しがることにした。
優勝賞品は大量のアイス……だけだった。
どう見ても四人では食いきれない量だったから、久坂先輩やマツコ先生。あとは観客の人たちにもお裾分けした。満面の笑みで配る美女三人に、花を伸ばす男性も少なからずいたわけで……
久しぶりに夏休みらしい遊びを堪能し、満足した俺たちはホテルに帰り、シャワーで汗を流した。
「はぁー、気持ちよかったわ」
「耀里さん、冷蔵庫にビールありますわ」
「ほんと? ホテルにビールが常備されているなんて、気が利くわね」
うれしそうな表情をしながら、脇に設置されている冷蔵庫から缶ビールを一本取りだした。ビールが常備されているんじゃなくて、冷蔵庫だろ。
「はい、次生野君の番よ」
「はいよ」
俺らは今、何をしているのかというとババ抜き。ただのババ抜きじゃない。誰がパシりになるのか、それを決めるためのババ抜きだ。
今、部屋には俺を含めて四人の女性がいる。この男女比は年頃の男子高校生にとっては犯罪的な比率だけれど、俺はあまり気にしていない。ってか、元々女子に興味は……ない。
夕食の時間まではだいぶ余裕があり、それでも小腹を空かしている人も多い。
そこで始まったのが、ババ抜きで負けた人が下の売店で買い物をするゲームだった。
参加者は俺と女性陣四人。
戦況は、なぜか姉ちゃんが開始して2周目で上がりやがった。
続いて久坂先輩。迷いのない引きで、姉ちゃんが上がった直後に二着。
残ったのは俺と神崎と、雨宮。
二人が抜けたことによって、俺が神崎のを引き、神崎は雨宮のを。雨宮は俺のを引く。
最初にジョーカーを持っているのは俺だった。だけれど、どうしてもこの三人が抜けられないわけがあって……
残り少ない手札のうち、一枚を手に取りかける。
「……」
こいつ、またジョーカー持っているのかよ。
神崎はさっきから、相手がとろうとするカードに対して露骨に表情に出してくる。
このおかげで俺は……
「はぁ、やった」
安堵の息をつく神崎。
このため息を耳にするのは、何回目になるのやら。
このおかげで、俺は毎回といっていい確率で神崎のジョーカーを引く羽目になっている。
ちなみに、
「あら、またジョーカーですわ」
雨宮も毎回俺のジョーカーを引いてくる。何だこいつら、天然なのか?
このエンドレス、先が見えない。
と、こんな感じで勝負は進んでいき。
確立の壁を破って、雨宮が三着で抜けた。なんか狙っていたように見えたけれど……
とにもかくにも、残すは俺と神崎のみ。
今、ジョーカーを持っているのは神崎。本当はパシりたくない。布団の上でゴロゴロしていたい。
神崎も同じようだ。ジョーカーを引いて引かれて、泣いて喚いて嬉しがっている。
なんかそのうち、情緒不安定になりそうで心配。
「まだやっているの?」
「お二人とも、今日は引きが悪いんですかね?」
お前も十分引き悪かったけどな!!
「いい加減、早く決めないとお前らのポケットマネーから精算してもらうからな」
「それだけは勘弁して!!」
「生野君、早く引いて」
「わっ、悪い」
これは何としても、勝たなければ。
神崎も、ここまで緊迫した場面になれば露骨に顔でジョーカーの位置を示さないはずだ。
右側のカードに手をかける。
「……」
やりにくい。
この期に及んで、表情のパターンを変えてこない神崎さん。どうしたものか、わかっているのにジョーカーを引かざるを得ないこの空気。
ここで分かっているのにジョーカーを引かなかったら紳士のプライドというか、男が廃るというか……
「燿平、早く引け。じゃないと、お前ら共々道連れだぞ?」
何か物騒なことをつぶやいている人がいるけれど、とりあえず無視しよう。
とにかく、俺がジョーカーを引けばまた振出しに戻る。
どうせ、神崎はまたジョーカーを引くだろうし。
止むを得ず、俺は最善策としてジョーカーを引いた。本当に表情で丸わかりだな……
「まだ決まらないのですか?」
「相当な長丁場になっているようだし、ここはジョーカーを引いた方が負けっていうことにした方がいいんじゃない?」
「そ、それは」
やばいぞ。これじゃあ俺の行く道が塞がれたのも同然だ。もう、紳士がどうこう言っている場合じゃない。
「なら、お前ら二人で行けばいいだろ?」
『それはいや!!』
俺と神崎の否定の叫びがユニゾンした。
引くカードもユニゾンしているし……
二人で行けば纏まりがつくようなこと言うが、俺は日中のビーチバレーで体中が悲鳴を上げている。
エレベーターを駆使してまで、下の階まで行って買い物なんて死んでもしたくない。
「どうする?」
「くっ……」
「勝負しましょ。その方がはっきりするし」
「いや、この確率で言うとお前が負けるぞ?」
「え?」
素っ頓狂な顔をする神崎。
いやいやいや、どう見てもそうだろ。
「ジョーカー持っているの俺だし」
「だっ、だから何なの? わ、私が今までジョーカーを引いてきたのは単なる勝負を決める前兆に過ぎないわよ」
「……」
強がるところ申し訳ないけれど、フォローするところが見当たらない。
「とりあえず早くやりなって。私腹減ってもう駄目だよ」
「私も~」
だったら待っている間自分で買ってこいよ!!
「引くわよ」
「はいよ」
カードを目の前に差出し、神崎が右手を伸ばす。
指先がカードに触れ、ちょっと焦燥感に刈られた。
最初に触れたのは、ジョーカーでないカードだったから。
おいおい、ここにきて真面に引き出すのは勘弁してほしい。
なんか一世一代の勝負をしているようだ。
ただのパシリをかけたババ抜きだけれど……
「えいっ!!」
可愛い声を弾きだすと同時に、カードを引いた神崎。
果たして神崎が引いたカードは?
□ □ □
「ったく、結局はこうなるのかよ」
「しょうがないわ。こんな暗い時に、女の子一人で買い物に行かせるなんて非常識よ」
「全部ジョーカーを引いたやつがよく言うよ」
「そ、それは……まあ、仕方ない事よ」
結局のところ、ババ抜きは神崎が最後の最後でジョーカーを引き当てるというパーフェクトを達成し、俺はパシリ脱却を成功したが、ホテルの購買は既に閉店していた。仕方なく最寄りのコンビニへ行くことになったのだが……
外は既に暗くなり、神崎一人だけじゃ危ないということで俺が付き添いで行くことになった。
「今日も、色々あったわね」
神崎はレジ袋を右手に提げ、波の音がよく聞こえる浜辺を歩いていた。
対する俺は、その上の歩道を闊歩する。
「本格的な夏休みって感じだったな。海なんていつぶりだか」
「私は去年、ドラマの撮影で沖縄に行ったわよ」
「沖縄かぁ。修学旅行でどうせ行くから羨ましくはないな」
「強がらなくてもいいのよ? 機会があれば連れて行ってあげるわよ?」
「余計なお世話だよ」
へっ、いいもん。今度姉ちゃんにグアム連れて行ってもらうから。
「夏休みが終われば、文化祭ね」
「文化祭、か」
「つたない表情ね」
「どうせ俺はハブられるから、クラスの準備だけなんだよ」
どうせ木……なんだっけ? 木下君か。どうせ木下君とかそこら辺の男子に裏仕事に回れとか言われそうだからな。まあ、表に出るのもあまり好きじゃないけど。
「料理ができるのだから、そちらに行けばいいじゃない」
「喫茶店とかだったらいいけれど、食べ物が絡んでこなかったらどうするんだよ」
「なら、残念ね」
「フォローはそこで終わり!? もう少し俺の身辺の心配してくれよ!?」
「ごめんなさい。そこまで気持ちが回らなかったわ」
「気持ちの問題!?」
まあ言われてみれば、神崎の言うことも確かなんだよな。
第一、喫茶店をやると決定したところで俺を調理担当として起用してくれるかどうかが問題なんだよな。証人はいるけれど。
「そういえば」
ふと、砂浜の刻まれる足音がぴたりと止まった。
つられて、俺の足も止まった。
「生野君て、雨宮とどこかで知り合った?」
突然の質問に、なぜか背中に嫌な汗が迸った。
「そういえば」と口にしたなら、前々から気になっていたことなんだろう。
「知り合い……とはすこしニュアンスが違うけれど、あのデパートであった時より前に雨宮は俺のことを知っていた。いや、会っていたんだよ」
「もしかして……」
「人気子役、星野輝夜の姿でだな」
あの時もそうだったが、話を聞く限り姉ちゃんの口から俺の正体が漏れたか、何らかの理由で俺の正体を知ったからになる。
その何らかの理由で俺の正体を知るのはいいけれど、姉ちゃんの口から事実を漏らされるのは勘弁してくれ……近いうち、詐欺師に個人情報すべて垂れ流ししそうで怖い。
「それにしても……燿平さん。ねぇ」
「その顔はなんだよ」
「ずいぶん親しげだなって思っただけよ」
その割には顔がものすごく怖いです。
「なら、お前も呼びたいなら呼べばいいだろ?」
「何を?」
「俺の名前」
「……」
あれ? 急に黙りこくってどうしたんだ?
表情も暗い中だからよくわからない。困惑しているのか? それとも悩んでいるのか?
「いや、別に名前で呼んだところで何かが減るわけでもないし、俺は全然ウェルカムだぞ?」
「妙に英語を混ぜるところがウザいわね」
「せっかく慰めているのに酷くねえか!?」
「冗談よ」
そして、再び神崎は歩き出した。
一歩一歩、しっかりと地面を踏みしめているのが伝わってくる。
「そうね、別に減るものでもない。かといって増えるものでも……いや、増やすことはできるかも?」
「……なんだ?」
「減らすことはできないけれど、増やすことはできるわよ?」
「だから何を?」
言っている意味がさっぱり理解できない。増やす? わけわからん。
再び足音が聞こえなくなった。歩いたり止まったり、忙しいな。
「燿平君」
「っ!?」
い、いきなり名前を呼ばれると調子狂うな。
恥ずかしいというか、生々しいというか……
「私はこう呼ぶわ。だから、あなたは私を……」
俺は固唾をのんだ。
暗いのに、彼女の表情は分からないのに、なぜか浜風で靡く長くて黒い髪の毛だけ、はっきり見える。
夏のせいだろうか。
確かに、今日も暑かった。まるで、鉄板の上で踊らされている気分だった。
多分、そうかもしれない。
彼女がこうして美しく見えるのは、きっと暑さのせいだ。
そして、俺たちの関係も砂浜の上に刻まれた歩幅のように、小さく、少しずつSTEPしているのは。
夏のせいかもしれない。
STEP!! 第二章『夏休みでSTEP!!』 完
第三章は3/5からです。