第九話 「何か文句でも?」
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とりあえず、その辺の地域で行われるビーチバレー大会に出場したら、決勝軽々行っちゃった。
出場チームが少ないのもあるが、ほとんど神崎で勝ってきたようなものだ。
出場チームは幅広い年齢層で、俺たちが対戦してきた相手は学生チームであったり仕事の余暇できているサラリーマン。趣味でビーチバレーをしている老夫婦など。戦力的にやりにくい部分はかなりあった。
戦況としては、こぼれ球はほとんど俺が処理。決定的な場面ではすべて神崎が仕留めて得点をとって行く。それが俺たちのお決まりのパターンになっていた。
改めてみると女の人って、勝負ごとになると燃えるのは本当だったのか……
ここまで来たら神崎を止めるなんて無理だな。いいや、俺は隅っこにでもいようかな。
ちなみに、決勝戦の相手はというと……
「まさか、燿くんたちと決勝戦でやれるなんてねえ。手加減はしないわよ?」
目の前には、意気揚々としている姉ちゃん。
「燿平さん。申し訳ありませんが、この勝負勝たせてもらいますわ」
そのあふれんばかりの巨乳を装備している雨宮は、さっきから男の視線を釘づけにしている。ええい。目に悪い。
「悪いけれど、あなた達には負けないわ」
「お、お手柔らかに」
戦う意欲は断然、神崎のほうが上なわけで……
なんか、俺だけ取り残されている感が漂っている……
ギャラリーはもう、大興奮の嵐。何せ、コートに美少女が三人もいるんだ。彼女らが芸能人だっていうことに、気づいている人は少なからずいるはずだ。
「燿平!! 負けたら海の藻屑にするからな!!」
「負けたら課題増やすわよ!!」
若干二名。俺に不利益なことを叫ぶ人がいるけれど、無視しよう。ああいう理不尽な言い回しは聞かないほうがいい。
ちなみに、久坂先輩とマツコ先生は準決勝まで進んだが、姉ちゃんと雨宮と対戦してフルボッコにされたらしい。
ビーチバレーは基本的に普通のバレーボールと同じ……とまでしか聞いたことがない。実際、同じなのかどうかすら危ういところなのだが。
まあ細かいルールなどについて、全くのド素人なわけだから知る由もないけど。
試合開始合図のホイッスルが鳴り響く。空には雲がかかっているけれど、それでも暑さは変わらない。観客の熱気もものすごいのが分かる。
最初のサーブ権利をじゃんけんで決め、それぞれの位置へと着く。
フォーメーションは、俺が後ろで神崎が前。
対する姉ちゃんと雨宮は、横一列で陣営を組んでいる。
最初のサーブは俺たちから。
正直、暑いから帰りたい。帰って涼しいところでお昼寝をしたい気分だった。
「生野君。絶対勝つわよ」
「……お、おう」
暑いからいやです。なんて言えない。言ったらミイラにされそう。
試合開始の笛が鳴る。
同時に、ボールの感触を確かめてからどれくらいのステップで跳んだらいいのか、頭の中でイメージする。
地面を踏みしめて、俺は一歩目を切る。
左足を思い切りけり上げ、ボールを宙に浮かせる。
右手から放たれた俺のサーブは、ちょうど二人の間に向かっていった。
今更ながら、男として可愛い女の子に本気でサーブを打つとはいったいどういう神経しているんだ。なんて思われ、俺もサーブを打ってからそれに気が付いた。やべ。身を持ってそう感じたけれど、よく考えればあの二人は……
「せいっ!!」
直線で向かってきたボールを、雨宮は体勢を悪くしながらもレシーブでサービスエースを阻止した。
勝負ごとになれば、女の子らしさなんて関係なくなるんだっけ。
再び宙に上がったボールを、今度は姉ちゃんがトスをする。
その前に。
観客はボールに目を追っていて気が付かなかったと思うけれど、レシーブをした雨宮は当然スパイクを打ってくるはずだ。
普通に。普通に打ってくると俺は予想した。
なんだろ。ビーチバレーって人数が少ないから、バレーボールとは違って出来そうな技とか限られているはずだ。たとえばクイック。
Aクイックだったり、Bクイックだったり……CとかDとか26種類あるのかは知らないけれど、できる範囲っていうのがあるはずなんだ。
クイックっていうことは、ボールが最高到達点に達する前に打つ……のか? そこらへんは知らないけれどいいか。
とにかく、俺が何を言いたいのかというとだな。
雨宮がレシーブを上げて姉ちゃんがトスするまでの時間。どうみても、位置的に二人の距離は遠い。しかも雨宮は体勢が悪い状態でボールを拾っているわけだから、あそこでクイックをする事は、並外れた運動能力を持った人じゃなければできない。
なのに。
普通じゃそんな場所まで来られない位置に、雨宮はいた。そして、跳んでいた。
一閃。俺の横に雨宮のスパイクが炸裂した。
おいおい、マジかよ。
「燿平さん。女の子なんですから、もう少し優しく打ってくれませんか?」
破壊力抜群の二つの実に、破壊力ありそうなスパイク。所持するなら片方だけにしてくれよ。まだ揺れているし。
「生野君。ボケッとしていないで、次のボール来るわよ」
「あ、わりぃ」
その後も試合は順調に進んでいった。
取られては取り返し、取っては取られの繰り返し。1セットをとるのにものすごい体力と時間が削られた。
もうヘトヘトなのに、女性陣からは俄然やる気があふれ出ている。
ちなみにまだ2セット目。
長い……観客もそろそろたじろいでいく人が多いから、両者引き分けっていう平和的解決にしたい。
しかし、そんな願いは届くはずもなく。
「うりゃ!!」
「はっ!!」
「それっ!!」
乱打乱打の嵐。
姉ちゃんや雨宮のスパイクを拾っているせいで、腕が赤くなり始めた。まるで外国人の筋骨隆々の兄ちゃんみたいな腕になってきている。
試合開始から一体どれくらいの時間が経ったのか。太陽の傾きからして、午後にはとっくに入っている。
ぶっ通しで試合に出ていたから、空腹感が半端じゃない。たぶん、次のスパイクが炸裂したら倒れるかも。
「うりゃ!!」
「ふげぇ!!」
言っているそばから、俺は姉ちゃんの超ウルトラスーパーミラクルアルティメットクラッシャー(自称)を喰らった。
ああ、もうだめ。腹減って……
「生野君、大丈夫?」
神崎が心配して声をかけてくれた。
「あ、はら、はらへった」
「余っている飲み物飲む? ぬるくなっているけど」
「いや、遠慮しておきます」
俺の必死の懇願も、彼女の謁見した対処法にあっけなく散った。
「まだ試合は終わっていないわよ。もうひと頑張りしましょ」
「お前らのもうひと頑張りは信用できない……」
「何か文句でも?」
「……いえ、ありません」
仕方ない。ここは付き合いきるしかない。
体に張り付く砂を取り除き、大きく息を吸ったその時。
ぽつぽつと、空から冷たいものが体に当たる。
まさか、雨?
それも小雨じゃない。本降りだ。
一瞬のうちに、コートどころか海水浴場は水浸しの状態になり、俺のやる気の炎を完全に消火してしまった。
ビーチバレーでクイックが使えるかどうかわからないです。