第八話 「今日はおひとりなのですか?」
この土日、予定がぎゅうぎゅうで……バイトも始まるので、更新頻度は下がるかもしれません。
ホテルで水着に着替え、久坂先輩が帰ってきたところで俺たちは海へと足を運んだ。
姉ちゃんから渡された地図を頼りに、浅瀬をゆっくりと歩いていく。
「随分と人気のないところで遊ばせるんだな」
「閑散……というか、廃棄された海水浴場みたいね」
ついた場所は、海水浴場というよりただの浜辺だった。
言われてみれば、人は誰もいない。海の家も存在しない。
何がVIP待遇だよ。
「これなら、まだ人がいる方に行った方がましですね」
「そうだな。お前たちだって、こんなさびしいところでキャピキャピ遊びたくないだろ?」
「同感です」
「そうですね」
キャピキャピはともかく、満場一致。
俺たちはUターンして、元行った道を引き返した。
歩くこと数分。ようやく人がいる海水浴場に来た。
それでも、人はかなりいる。炎天下の中でさえきついのに、こうした大群衆の中にいるのもきつい。
色々な人が俺たちの横を通り過ぎていく。
だが、神崎に気付く人は誰もいない。別に変装もしているわけじゃないのに、誰も神崎を見つけては握手とかサインを求めてこない。気づいているけれど、敢えて気づいていない?
「そういえば神崎。変装とかしていなくていいのか?」
「……そうね。マネージャーからは極力外出する際、変装とかそれないの工夫はしなさいっていうけれど、そこまで私に気付いている人は少ないんだよね。テレビとかだと少し化粧しているし、プライベートの場合はほら、その。あれよ」
「なんだよ。あれって」
「察しなさい」
足を踏まれた。
「とりあえず、荷物置く場所探さないとな」
どこか休める場所はないか、久坂先輩があたりを見渡しているのに続いて俺もあたりを見渡す。
「ねえ、生野君」
「なんだ?」
「あれ……もしかしてビーチバレー?」
「え?」
地肌の上から来ていたパーカーを引っ張られ、肌が少しくすぐったかった。
神崎に促され、向こう側でボールが宙を飛び交っている方向へ視線を向けた。
「確か、毎年恒例のビーチバレー大会らしいぞ。私も参加しようと思っていたけれど、筋肉痛で今年は無理っぽいな」
とか言いながら、普通に腕回しているじゃねえかよ。やる気満々だろ。
「へえ、ビーチバレーか」
「興味あるのか?」
「中学の頃、バレー部だったの。まあ、仕事の関係であまり参加できなかったけれど、人並みにはできるわ」
「意外だな。スポーツできるんだ」
「……なんか、今の言葉の裏にはまるで、私は歌と演技しかできないただの誘拐大好きドM野郎にしか聞こえなかったんだけれど」
「お前酷いな!? 俺の言葉をそこまで裏返しして何が嬉しいの?」
「裏返しにしたらこんがり焼けているかもな」
「俺の言葉は肉ですか……」
そんなかんなで、とりあえずそのビーチバレー大会のところまで行くことにした。
神崎はやる気のようだが、久坂先輩がどうにも筋肉痛が気になっているらしい。いや、そこまで腕回せるんだったら出れますから。
「どうする? 参加するか?」
「私、出ます」
「神崎の嬢ちゃんは決まり。で、燿平はどうするんだ?」
「うーん」
どうしよう。別に出ても出なくてもどっちでもいいけれど。
「あれって本当は大丈夫なのか?」
「大丈夫って、何が?」
「ほら、ビーチバレーって普通のバレーと同じだろ? コートとかに貝殻とかあって怪我したどうするのかなって」
「……」
「……」
「あれ?」
俺が怪我のことを含めて心配してやったのに、ものすごいドン引きされた気がする。
そんな虚ろな目で見ないで!?
「伊織先輩。生野君は、こんなに薀蓄を知っているんですか?」
「いや、私もそれは初耳だ。こいつのおかげで、一生使わない知識を頭に埋め込まれたから、参加するのはもう決まりだな」
「そうですね」
俺の意見は尊重されないの? それはないって……
「そういうことだから、エントリーするぞ」
右腕を久坂先輩が掴み、
「えっ、ちょっ。俺の意思は?」
「問答無用よ」
そして左腕を神崎が掴む。
拘束された両腕は、二人の賢者によって引きずられていく。
「……はい」
なんでだろう。
俄然やる気が出てこないのは、何でだろう。
□ □ □
「生野君。張り切って行きましょ」
「お、おう」
炎天下。常夏。水着に海辺。
俺の予定では、優雅に浮き輪を使ってプカプカと海の上を浮かんでいるはずだった。
なのに、ここまで来てビーチバレーをするなんて誰が予想していたか。
テンションガタ落ちの俺の隣では、神崎がものすごい勢いで準備運動をしていた。やる気満々なのはよろしいけど、組む相手間違っていない? どうみても神崎と久坂先輩の方がマッチするはずだ。
「燿平、やるきがないなら全身砂で埋め尽くすぞ」
ここまで来て海でミイラになりたくねえ!!
しかもペナルティがなかなかシュールだな。久坂先輩ならやりかねないな……
「あれ? 先輩は出ないんですか?」
「私か? 私も出るぞ。ペアはこの人だ」
と、突然隣にいる女性と肩を組み、うれしそうな表情を見せた。
隣の女性はどことなく、嫌な表情は……サングラスをしているから分からないけれど、口元が妙に引き攣っている。……嫌な予感しかしない。
「あれ? もしかして松林先生ですか?」
「ひぇ!?」
「露骨すぎるだろ!!」
一体どこを見て気付いたのか、神崎が一発で指摘するとマツコ先生らしき女性は可愛い悲鳴を上げた。
「まっ、ま、ま、まつ……マツコせ、せんせい……って、だ、だれ、誰の事かな?」
体をくねくねさせながら全力で否定しているけど、何も突っ込むところがなくて逆に困る。
「先生? もうバレてますからいいですよ? ってか何しに来たんですか?」
「ひゃ!? 先生? 先生なんてここにいないわよ。先生は今合宿中で忙しいのよ。別に、電車乗り間違えてここに辿り着いちゃって偶々このビーチバレー大会に出ようと考えていないわよ?」
色々と突っ込みたい部分が山ほどあるよ。
「ほっといた方がいいかな?」
「そうだな。これ以上話しかけると、過剰に反応しそうだな」
別に何も問いだしていないのに、自分で墓穴を掘りまくるところがなんとなく愛おしい気がする。
でも、マツコ先生が結婚できない理由が少し解った……ような。
「先輩もまた、マニアックな人と組みましたね」
「そのマニアックな人が担任やっているところの生徒も、十分マニアックな製革しているけどな」
「俺のどこがマニアックなんですか?」
なぜか、神崎を一瞥。
「いらない薀蓄を知っているところが」
「絶対アイコンタクトとっていただろ!!」
シンクロ率高すぎだろ!!
『えー、番号札12番と13番のチームはコートへ来てください』
突然、ハウリングと共にスピーカーからアナウンスが聞こえてきた。ビーチバレーの試合がはじまるっぽい。
「あ、呼ばれたな。さ、先生。行くぞ」
「私は先生じゃないわよぉ」
まだしょげて居たのかよ。
脱力感MAXのマツコ先生を引きずって、久坂先輩は観客が取り囲むコートへ向かった。
「さっき、華蓮がいたわ」
「……急にどうした?」
「妙な間ね。あなたも気づいていたんじゃないの? たぶん、あの観客の中で混じってみているわ。彼女も、この競技に参加するかどうかは分からないけれど」
「その話題をなぜ、急に投下した?」
「テスト」
……テスト?
何の事だかさっぱりわからない。
「まあ、ギリギリセーフかな」
「何のこと!?」
「私、飲み物買ってくるわ」そう言って、神崎は海の家へと入って行った。
ったく、いきなりそんなこと聞かれても把握できるわけねえだろ。
けれど……解せない。
結局、神崎が何を言いたかったのか解せない。
ビーチバレーのコートでは、久坂先輩が豪快なスパイクを放っている。
マツコ先生も試合が始まってから意気揚々とプレーする姿が見られた。
対戦が相手が男なだけに、先輩と先生は容赦なく対戦相手をぶちのめしていった。何というか、やり合わなくてよかった気がする。天地創造の修羅場になっていたと思えば、ちびりそうになった。
「もしかして、燿平さん?」
コートにずっと視線をやっていたから、いきなり声をかけられても気が付かなかった。我に返ると、そこには雨宮華蓮がいた。
「雨宮……やっぱりお前もここに来ていたのか?」
「撮影がありましたの。耀里さんもご一緒ですわよ」
「聞いているよ。水着の撮影だろ?」
見るからに派手な水着だな。
道行く人たちが雨宮を凝視している。まあ、神崎や姉ちゃんたちと同じ有名芸能人ならば、注目されるのも無理はないか。
「どうでしょうか、燿平さん。わたくしも水着は?」
「ああ、似合っているよ。とっても」
破壊力ある胸だな。
目のやり場がない。パーカーを羽織っているから尚更なのか、胸元がやけに強調されている。狙っているんじゃないかと疑いたくなるな。
胸は確かに、神崎が言っていたように大きい。
……でも、そのアングルは犯罪に近いかも。
「今日はおひとりなのですか?」
「いや、神崎も一緒だけど」
「あら、燐さんも一緒でしたのね。それはそれは」
おい、やけに目が死んでいるけれど、まさか爆弾投下していないよね? 大丈夫だよね?
「ごめんごめん。結構人並んでいたから、買うのに時間かかったわ……え?」
「あら?」
あっ(察し)
両手に花って、こういう状況?
二人は仲がいいとも、悪いとは聞いていない。
寧ろいい方じゃないのか? 突然会っても笑顔を交わしているわけだし。
「やっぱり、ここにいたのね。相変わらず、得意のスタイルで男性を誘惑しているなんて。さすがは三位ね」
……訂正。目が笑っていなかった。
「そちらこそ、対して胸もなさらないのにパーカーを着ているなんて。顔だけ女」
うん。間違いない。両手に花じゃなくて両手に火花。
頼むからさ、俺の間でにらみ合うの……やめてくれないかな?
「何をしに来たのか分からないけれど、仕事は? こうしてうろうろしている暇があれば、私から順位を奪還できるかもしれないのにやけに余裕があるのね」
「あなたこそ、こんなところで遊んでいる暇があるんでしたら、私に追い抜かれないように少しでもお胸を大きくする努力をしたらどうなんですの?」
罵詈雑言が飛び交う低レベルな口げんか……
ほっといてどこ行きたいよ。
目の前の光景から目をそらすべく、ビーチバレーのコートに視線を向けるとすでに先輩たちの試合は終わっていた。見た感じ、圧勝だろう。
そろそろ俺たちの試合も始まるころだな。
「燿平さん。もしやビーチバレーの試合に出場なさるのですか?」
「神崎がどうしてもっていうから、出場するしかなくてな」
「あら、奇遇ですわね。私たちも出場なさるんですよ」
「あなた、運動音痴だったじゃなかったの?」
「現在、バレー部に所属しているので全然大丈夫ですわよ」
スパイクを打つ素振りを見せるが、パーカーで覆われている胸が盛大に揺れている。パーカーの役割、果たせてないぞ。
「それで、あなたの組む人はどこにいるのよ」
そういえば、雨宮と組む人がさっきから見当たらない。まさか、はぐれたとか言うんじゃねえか?
「それなら……」
「おーい、華蓮ちゃーん」
どこかで声がした。
しかも、聞き慣れた声。
まさか、まさかだけれど。
「もう、待っていてって言ったのに勝手にどこか行っちゃうし。試合、そろそろ始まるわよ。……あれ? 燿くんに燐じゃない。どうしたの?」
「耀里さんこそ、撮影の方はどうしたんですか?」
「それがね、カメラが故障しちゃって撮影は先延ばしになったのよ」
だから、雨宮はこんなところにいたのか。
それにしても……
神崎といい、雨宮といい、更に姉ちゃん。この三人のプロポーションは半端じゃない。
道行く人、気づかないのか。これが女性芸能事務所『ティーンズ』の三大巨頭だっていうことが。
うーん。これまた目のやり場が少なくなったな。
「あれ? 燿くんたちもビーチバレー大会に出るの?」
「“も”っていうことは、姉ちゃんも出るのか?」
「そう!! 今回は華蓮ちゃんがパートナーよ」
ものすごい黄金コンビが出来上がったな。
現役バレー部員の雨宮に、スポーツ全般できる姉ちゃん。絶対対戦したくない相手だな。
『番号札15番と16番のチームはコートへ来てください』
「先輩、呼ばれましたわ」
「そうね、じゃあ二人とも、決勝で会おうね!」
「アディオス☆」と気前のいい挨拶を最後に、二人はコートへ小走りへ行った。
さて、俺も試合前に腹ごしらえでなんか買いに行くかな。
「生野君」
「ん?」
振り向くと、表情は笑っているけど目が笑っていない神崎と目があった。
……ですよねぇ。
「ジュース、おごりでいいわよ」
背筋が凍りついたのは、言うまでもなかった。
次回投稿予定日は、2/23です
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