第七話 「影に色がないわね」
土曜日部屋探しあるので、週末の更新は少しおかしくなると思われる
「さすが海の公園。風は気持ちいいし、潮の香りもいいわね」
「ドラマの撮影場所から近くて、一度ここに来たことあったんです。もう一度来れるなんて、思ってもいなかったです」
人が多く賑わう海の公園。
電車を駆使して、約一時間かけて俺たちは海水浴場へ来た。
あたりを見渡せば、水着を着た人。人。人。
世間では平日にもかかわらず、家族連れが多い。仕事はどうした。
「ここ最近、部活の助っ人ばかりで砂埃しか浴びていなかったからな。ちょうどいい気分転換だ」
パラソルやクーラーボックス。その他諸々の荷物運びをさせられている俺の前で、美女(仮)集団が歩く。
前を通り過ぎる人、すれ違う人、みんなが彼女たちを一瞥していく。中には彼女にほっぺたを抓られているチャラ男を発見。ざまあみろ。
それにしても……
「あら、伊織ちゃんまだ助っ人やっているの?」
ああ、暑い。
「困った人を助けろ。父親のモットーがいまだに体に刻み込まれているからな。体動かすこと自体、嫌いでもない」
「若いっていいわね。私が高校生のころは……そうね、授業中お弁当食べていたかな? 所謂早弁ね」
「それはいつの時代にも存在しますよね?」
あんなところでカップルがいちゃついてやがる。あ、あっちも。こっちも。ぺっ、夏だって言うのに。いちゃいちゃするなら南極行ってやってこい。
「まず、耀里さんが高校生の時って。何年くらい前なんだ?」
「そこは事務所的にNGね♪」
「ネットで調べれば、生年月日出ているから調べられるだろ?」
「あ、伊織ちゃん。策士ね~」
やばい。肩が限界だ。一体いつになったら休めるんだ?
足がふらつき、頭も少しくらくらしてきた。帽子なんていらないと思って、持ってこなかった自分を殺したい。
海にまで来て熱中症。……話にならん。
「それよりお仕事は大丈夫なんですか? 私もついてくると色々ややこしくなるかと思ったんですけれど」
「大丈夫よ。雑誌の撮影だし、1時間もあればすぐ終わるわよ。それに、変装しているんだから燐がこんなところにいる!! なんていうことはないから」
「撮影って言うと、グラビア?」
「そうよ。この時期にはなんだけれど、モデル会社から頼まれてね」
「神崎の嬢ちゃんはやらないのか?」
「私はまだそういう仕事には就いていないです。ファッション雑誌のモデルは少しやりますけれど……大体、耀里さんみたいにスタイルはよくないので」
腹減った……三人とも、ずっとしゃべっているけれど俺の事忘れていそうだよな。
ほら、おんなの人って話にのめりこむと周囲のことを忘れてしまうって。
この前何とかの部屋でやってた。……えっと、何だっけ?
「そういえば、この海の家のやきそば。結構美味しいらしいのよ」
「雑誌で見たことあります。確か……海鮮焼きそばだったかな? 色々な魚介類が入っているんですよね?」
「海鮮焼きそばなら、家でも作れるぞ?」
「それがね、ここで食べる焼きそばは違うのよ。何て言ったって、新鮮な魚介類を使っているからよ?」
「うーん。どのみち美味しければ何でもいいけれどな」
「まさに肉食系女子ですね……」
やばい。足がふらついてきた。
人が多いから、抱えている荷物がだいぶ邪魔になっている。
体力や力に少し自信があっても、この炎天下の中で重労働はご法度だろ。汗が滝のように出てくるよ……しくしく。
どうやら、俺の事なんて眼中にない女子三人。
こうして距離をとっているが、後ろにつけばただの荷物持ち。
通り過ぎてゆく人々の視線は、その三人に向けられている。
もちろん。三人はおしゃべりに夢中なわけで、視線に気づくことはナッシング。
ああ、もうダメ。俺の体力リミットブレイク。
「そうだ。ねえ燿くん? 帰ったら焼きそばでも作ってくれない? って……えっ!?」
姉ちゃん。気づくの遅すぎ。あとなんで一回空見上げたの? 宇宙人にさらわれたと思ったの!?
とりあえず俺、無念!!
□ □ □
海水浴場に行く前に、今夜泊まるホテルへ荷物を置きに行った。
泊まるという話はしたようで、しなかったような……その辺はVIP待遇としておこう。せっかくだから、事務所の方たちの御厚意に甘えることにした。
白昼堂々、道のど真ん中でぶっ倒れた俺は、とりあえずシャワーを浴びて一休みすることにした。泳ぐにしても、もうすぐお昼時だ。何も食わずに海へ直行するのは自殺行為でもある。
「にしても広いな」
女性3人に対して、男子一人。紅一点ならぬ蒼一点か? ……つまらないな。
とりあえず、健全な男子高校生が女性と同じ部屋で寝泊まりするのは、常識的にも危ないので俺はこうして一人、だだっ広い部屋を使う羽目になった。
光もいれば、トランプでも何でもできた。やっぱり男一人だと何もできない。
女性陣は荷物のまとめやら、昼ごはんの買い出しで俺はこうして孤立無援の状態に立っている。
窓から見える景色は、海の公園のみならずあたり一辺を見渡せる。
今日泊まるホテルは30階建てで一般人はめったに入れない、いわばリッチなお方しか入れない異空間。
さっきもフロントで芸能人が数人いたのを見た。
そういえば、一度だけ母さんの仕事について行ったとき同じようなホテルに泊まったことがあったな。ドラマの撮影だったかな? 九州の方のだったけれど、一番の上の部屋はすごかったのを覚えている。いや、すごいっていうレベルじゃないな。あれこそ異空間だった。
ホテルなのに、泊まる場所なのに屋上にプールがついているんだぞ? しかも上の階に泊まれる人だけだ。ベッドとかどこかの高級……なんとかを使用していますって言っていた。
俺が小さい時だったから、別にベッドがどういう素材を使っていたのか興味なかったけれど、プールが使えるっていうのは格別だった。海があるのにだが。
「生野君?」
「神崎か」
意識が窓の外の景色に集中していたころ、神崎が部屋に入ってきた。
不思議にもこの部屋、隣の部屋とつながっている。
廊下へ出るときのドアはマスターキーがなければ開かないけど。
しかし隣の部屋、即ち神崎たちの部屋へ行くにはバスルームの横のドアを経由していくことができる。
いいホテルだから、ちょっとした仕掛けもあるんだな。
「荷物は整理できたのか?」
「一泊だけだからそこまで時間はかからないわよ。耀里さんは撮影があるからもう出ちゃって、伊織先輩はご飯買いに行ったわ」
「先輩に買いに行かしちゃまずくねえか?」
「なんか、読みたい雑誌があるからついでにって言われたから、代わりに行くのも遮られちゃったわ」
「さいですか」
にしても……
「お前、私服似合っているじゃん」
「……」
「っ!? なんだよ」
「いや、下心丸見えなきがしただけよ」
「おいっ!? せっかく人が褒めてやってんだぞ? ほめてくれた人に対してそれは失礼すぎるだろっ!?」
「あらやだ。心の声が表に出てしまった!?」
「わざとだろ!!」
勝手に誤解を招くような発言はやめてくれ。
俺のプライドがズタズタにされしまう……
「でも、生野君もここまで鈍感だとは思ってもいなかったわ」
「は? 鈍感? 何のことだよ」
「この服、初めてあなたの家に来たときにも着ていた服よ」
「……」
「ほら、気づいていないじゃない」
「まじでごめん」
「ま、褒めてくれたから良しとするわ」
上から目線むかつくな。
神崎の私服姿は、これで何回目だろうか。
プライベートでどこかで出かけたのは、二回目だ。
一緒に水着選びの時もそうだが、やけにコントラストが強調されている服を着ているよな。白と黒とか、赤と青。それでも妙に似合っているのが、彼女の美しさだ。
「あれって……」
「なんかあるのか?」
「あそこ。海水浴場と反対のところ……」
神崎の視線は多くの人でにぎわっている海水浴場ではなく、そこから少し離れた入江に向けていた。
遠くからではっきりと見えないけれど、男が数人と女が数人。数の比率は半々といったところだ。
「あれ、多分耀里さんだよ」
「……どうみてもそうだよな」
水着姿だから、撮影はすでに始まっているのか。それともう一人。姉ちゃんと同じで水着を着ている人が見えた。
どこかで見おぼえるのある人物だが……
「もう一人いるよな?」
「雨宮華蓮……やっぱりあの子も来ていたのね」
「雨宮って……あの雨宮か?」
雨宮華蓮。
つい先日、神崎とショッピングモールへ行ったときに会った。
神崎と同じように、俺の過去を知る人物の一人。
あいつが言っていた撮影場所って、ここのことだったのか。
「そうよ。『ティーンズ』での年間ランキングは3位。主に女優とモデルをこなすお嬢様系アイドル……ああ、自分でライバルのことを紹介すると全身が痒くなるわ」
腕の当たりを掻き毟るところがやけに強調的だな。
同じ事務所の人なんだから、アレルギー扱いするなよ。
でも3位っていうことは、残りの上の二人は姉ちゃんと神崎っていうことになるのか。
あれ? でもおかしいよな?
「1位と3位があそこにいるのに、お前はいいのか? 水着の撮影っていうことは、グラビアなんだろ?」
「私もその辺の事情は知らないわ。ただ、モデルをさせてもらう会社からすれば、私よりも華蓮の方がインパクトはあると思っているのよ。水着だから、特に……胸とか。お尻とか」
顔を赤らめながらそう言うっていうことは、自分でも若干気にしているんだな。
それにしても、雨宮華蓮か。
あの時、神崎と買い物をしに行って以来か。
話しかけられたとき、神崎が鉢合わせして俺はひどい目にあった。
理不尽だが、一日荷物持ちと昼飯おごりの刑は痛い罰だった。
それでも、別にやましい事とかなかったから、必死に言い訳を考える必要もないんだけれどな。
「しかし、若き女優界の三巨頭がビーチに出てきたら、戦場と化すよな」
「その時は、生野君にどうにかしてもらうわ」
は、ははは。よく言うよ。この野郎。
「いや、俺が手を出して収められるほど、軟な騒動にはならないと思うぞ?」
「その時はしっかり骨を埋めてあげるわ。砂のお城のてっぺんに」
「俺の骨の扱いは相当薄いんだな」
「影に色がないわね」
「影が薄いって言いたいんですよね!?」
何だ。このどうしようもない会話。
「さて、私は水着にでも着替えてくるわ。生野君も、すぐ出られる準備はしていてね」
「分かったよ」
いよいよ神崎の水着姿が……あれ、なんか一度見たから考えが冷めている気がする。
試着室であった時のドキドキ感はどこへ行った? なんかパッと、すぐに頭に神崎の水着姿が浮かんでくる。この前海へ行った時の男のする十八番といえば、女子の水着姿を妄想する。なんて光から教えてもらった。
だが、そんなこと教えてもらっても俺の女子に対する水着への評価は水平だ。まあ、アイドルは別で一度限定らしいが。
「あ、そうだわ」
踵を返そうとしたところで、神崎が何か思い出したかのように立ち止まる。
「雨宮と何をしていたのか、詳細に話を聞いていないからゆっくりと。聞かせてもらうわね」
「……いえっさー」
とりあえず、溺死しないように準備だけはしておくとするか……
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