第六話 「お久しぶりです。燿平さん」
最初のは直前まで書いていたやつ。眠いし何書いてあるかさっぱり。
新キャラも出てきます。
数日後、俺は神崎と近場のショッピングモールへと来ていた。
先日約束をした通り、神崎の水着選びに嫌々付き合っているのだ。異性に頼んで水着を選んでもらえるなんて、端から見れば下心アリアリだと思われるだろう人になる。今日は周囲の視線に警戒しながら行動しよう。
朝の10時。同じアパートの同じ階の隣同士に住んでいる俺たちは、まるで見計らっていたかのように、同時に家を出た。別に打ち合わせもなく、ただ単に約束の時間に行こうとしただけ。
彼女の服装は、おしゃれ感を出しているけれど目立たないように工夫もされている。テレビに出ているから、下手に派手な格好はできないもんな。
白を基調としたワンピース。なるほど、黒髪とのコントラストか……水着もこれくらい協調性のあるものでいいのか?
こうして一緒に歩いていると、彼女の姿がどれだけ周囲の視線を寄せ付けているのかわかる。俺も子供のころ、これくらいの視線を向けられていたと想像したら、悪寒が走ってしょうがなかった。
変装……まではいかないが、これだけ普通の格好をしていても行き交う人の視線を奪う神崎はすごいと思う。何となく、俺のほうにも違う視線が飛び交っているが……
「街中でもこれくらい注目されるのか?」
「そうね、私が『神崎燐』という事に気づいている人がいたとしても、まさかこんなところに……と思っている人のほうが多いわ。実際、私が買い物をするなんて、めったにないわよ?」
「そうなのか?」
意外だな。うちに来るときは高そうなブラウス着ていたり、どこか高級ブランド品の匂いを漂わせるアクセサリーも身に着けているから、おしゃれには手を込んでいるのかと思っていた。
「でもここで、私を見かけた人が『わぁー』や『きゃぁー』なんて叫ぶ人は、ファンじゃないわね。たとえその人がファンだったとしても、私は『くそ俄か』と呼ぶことにするわ」
「お前ファンのことなんだと思っているんだよ……」
俄か……恐ろしい言葉だ。嫌でもこいつの自尊心。というべきか、変なプライドを持っていることに驚かされる。
そしてモール街をあること数分。今日お目当てのお店へと到着した。
「結構でかいんだな」
「割とお客さんはいるのよ。新調したい水着はここでいつも買っているし、仕事用のもここで購入しているわ」
「ちなみにいつもいくら位しているんだ?」
興味本位で聞いてみた。一着5桁行っていたら笑うぞ。
「そうね……高いので10万はいくんじゃないかしら?」
「……」
笑えねえ。
一着10万の水着……聞いたことねえぞ。どこの金ぴかだよ。
「流石に今日のはそこまでしないわよ。さあ、行きましょう」
うちの家計からは到底出せない金額を、あっさり布きれ一枚に出してしまう彼女は……やっぱり本物のアイドルだった。……違う意味で。
神崎に連れられて入った店は、『マーメイドシーサイド』という名だった。いかにも、海らしい内装をしていて泳ぎたい気持ちになる。
中へ入って、最初へ訪れたのはやはりビキニコーナー。
男性者もあるが、比較的女性ものが多いように見える。
これだけ派手なものがそろえば、男性は目のやり場に困る。実際、今俺の状態がそうだ。
周りには水着。水着。水着。水着。
縦横左右見渡しても水着。しかも女性ものだ。
「生野君。これどうかしら?」
神崎が最初から引っ張り出してきたのは、水色を基調として、ハイビスカスがプリントされたビキニ。
「まあ、夏らしい感じでいいんじゃないか?」
「そうね……まあ柄が柄だからボツね」
「……ふぅ」
試着の段階まで行けば、俺の身が持たない。人を避けて避けられた俺が(主に女性)女子高生の水着姿を見るとなれば……
はあ、嫌な予感しかならない。
心配しているのはそれだけはない。
ここは夏休み中のショッピングモール。もしかすれば、同じ学校の奴らと鉢合わせするかもしれない。まあ、俺の顔を知らない人もいれば顔を知らない人だっている。それは関係のないことだろう。
一緒に買い物に行っている相手が神崎じゃなければの話だが。
「これはどう?」
「どうって……おい」
「おいっていう反応なら、結構気に入ったようね」
「そういう解釈するな。紐ビキニって、今流行のものなのか?」
「流行かどうかは分からないけれど、撮影の時やほかの子たちも同じようなの着ているわよ?」
だからと言って、その解釈はおかしいと思う……黒に紐ビキニって反則じゃねえのか? 海水浴場で戦争起こしても俺は知らないからな?
「じゃあこっちは?」
「……まあ、いいんじゃないのか。白か黒。どっちかは似合いそうだし」
両方とも柄のない白と黒のビキニ。シンプルでいいだけれど、破壊力のほうは保証してくれるのだろうか……ちょっと気になる。
「じゃあ、私は試着してくるわ。少し待っててもらえる?」
「別にいいぞ」
その両方を手に、神崎は奥の試着室へと消えていった。
「さて、どうしたものか」
ここで学校の生徒、あるいは関係者に遭遇したら説明するのが面倒臭い。
店から一旦出るのも手だけれど、神崎を置いて店を出るわけにはいかない。
かといって男性コーナーのほうを徘徊? いやいや、それじゃあ怪しまれる。ならどうすれば……
すると。
視界が急に暗くなった。
目はあいているし、柔らかい感触が肌に伝わる。そして同時に聞こえてきたのは、
「さて、私は誰でしょうか?」
とても丁寧な口調に、癒されそうなボイス。
え? 誰かって? わかる分けねえだろ。
無理やり引きはがし、声の主を視認した。
「お久しぶりです。燿平さん」
「……えっと」
水色のワンピース。紫色の髪の毛を短くまとめている。
姿見は神崎と変わらないかもしれない。
……で、誰?
俺の名前を知っているようですが……
「あら、そんな表情をされたという事はわたくしのことをお忘れになられたのですか?」
「え……あ、いや。そのー」
まずい。誰だっけ。全然思い出せない。
こんな口調でしゃべる人、知り合いにいない!!
「名前を聞かれれば、わかると思いますわ」
そういって、ワンピースの裾をちょこんと手でつまんで、
「雨宮華蓮。と、お聞きすれば思い出すでしょうか?」
「雨宮……華蓮」
確か、神崎と同じように売れっ子アイドルで人気沸騰中の。雨宮華蓮。
雨宮……あまみや……華蓮……
あ。
あー。
「もしかして、うーちゃん?」
「思い出してくれたんですか!!」
「あ、ああ」
ああ、そうか。うーちゃん――――雨宮華蓮ってことか。
「久しぶりだな。子供のころ以来だから……10年ぶりか?」
「そうですわね。あの時以来……わたくしのことを忘れて至られたかと思うと、自分の首を刎ねたくなる気持ちでしたわ」
「そ、そんなわけないだろ……」
あっぶねえ。忘れてなくてよかった―。
「そういえば、燿平さんはこんなところで何をしてるんですか?」
「ああ、まあ友達に頼まれて水着選びに着ているんだよ」
「お友達と……ですか。ずいぶん変わった趣味をされていられるんですね」
「へ?」
「なるほど……燿平さんもお友達も、このような趣味に走っていらしたなんて。不覚にも私、燿平さんのことを昔のように甘えてくるのかと勘違いしていましたわ」
「お前……そんなに他人を遠回しにディするような奴だったっけ?」
昔のことは覚えていないから、どうだったのかはわからない。ただ、ディするのが天然。
「それで、そのお友達は一体どちらへ?」
「今試着室にいるよ」
これは神崎といるっていう事を話したほうがいいかもしれないな。下手に誤解されたままでもいけない。あ、でも二人は事務所一緒なんだっけ?
「そちらへ行きましょう」
考える暇もなく、俺は雨宮に手を取られ試着室へと直進した。
大丈夫なのか? そのまま突っ込ん行けば……
嫌な予感がした。だからそうならないように心の中でお願いをしていたとき。
「……えっ?」
「あら?」
試着室のカーテンが開き、神崎と雨宮は対面した。
どうやら、二人は知り合いのようで。
「これはこれは、神崎さん。奇遇ですね。あなたのような方がこのような場所へ来るなんて」
「あなたこそ、よくもまあこんなところに一人でノコノコ来れるじゃない。……それで、なんであなたが生野君と手をつないでいるの? ってか、二人は知り合い?」
「実は私たち、子供時の仕事仲間でして。久しぶりに再会しましたので。……さて、燿平さん。あなたの連れは一体どちらへ?」
ここで俺はようやく察した。
たぶん、二人は同じ事務所だ。
そして、二人は仲が良くない。悪いとは限らないけれど、いいともいえない。どうにもさっきの言葉は、相手を威嚇していたように聞こえた。
「俺の連れは……今目の前に」
「……あら」
あら。若干棒読み入っていたけれど大丈夫かよ。
「まさか、燿平さんとお友達のようだったなんて。驚きですわ」
「私のほうこそ、神崎さんと燿平さんが知り合いとは初耳ですわね。いったいどういった経緯でしょうか?」
またまた話せばややこしいことを聞いてくるもんだ。
俺は適当にクラスメイトと答えようをしたが、
「家が隣同士」
「……あらまぁ」
「おい」
しれっと答えてしれっと真に受けるなよ。真面目に反論に持っていこうとした俺が恥ずかしいだろ。
「お隣同士……理解できましたわ」
何をだよ。
「それで、あなたがいったい何をしにここに来たの?」
「私は今度、ビーチで行われる撮影があるのです。それ用に、水着を買おうと思っていましたので」
「そしたら生野君に出会ったのね」
「左様でございます」
「……まあ、いいじゃないかしら。せっかく旧知の友と出会えたことなんだから」
あれ? 神崎さん怒っている?
「生野君を、煮るなり焼くなり好きにしてもいいわよ? その代り、後片付けは私がやっておくから」
待て待て待て!!
後片付けってなんだ!? 俺は煮るなり焼くなりされてそのまま廃棄物扱い!?
「さあ、それはどうでしょうかね」
雨宮の不敵な笑みが、俺の目の前で零れ落ちる。
同時に、神崎の顔から笑顔が消えたのは、地獄の始まりでもあった……
□ □ □
「いいなー海。しかも海の公園だろ? 可愛い子めちゃくちゃいるしね?」
「いてもいなくても、俺にはあまり関係ないけどな」
「ったく、相変わらず下品な考えするのね。そういえば、その日ってちょうど私たち合宿なんだよね。燿平たちがいく海水浴場から近いのよ」
ある昼下がり。夏休み最初のOFFをもらった光と由見を誘って、近場のファミレスにいた。神崎は仕事が入っているため来ていない。
二人はすっかり肌を焦がし、スポーツマンらしい姿になっていた。
俺はというと、相変わらず色白モヤシ野郎です。
「プールもいいけれど、海も外せないよな。でもさ、あそこって結構混んでいるんじゃないか?」
「そうなんだよ、でも姉ちゃんが出演する番組のお偉いさんが人気のない場所を確保したらしいんだけれど……」
「人気のない場所って」
「なんか怪しいわね」
心中お察しのようで。
「プールがいけない代わりに海にご招待って、なんか出来すぎだと思うんだよ。いくら俺が弟の立場だからって、その待遇は少しまずいよな?」
「燐ちゃんがいるからあんたはついでなんじゃないの?」
そうだったら泣きたいよ。
「誘われるだけでもありがたいと思えよ。こっちなんて練習多し、休み少量の部活三昧なんだから」
「なんだ、その胡椒少々みたいな言いぐさは」
「光の言うことも一理あるわよ。部活もしてないのに喧嘩は強いし、お隣がアイドル。こんな破格な人生に加えて海へご招待。これで人生クソだったら恨んでやるわよ」
「それはひどくない? 俺好きで喧嘩強くなったわけじゃないし、好きでアイドルが隣に引っ越してきたわけじゃないよ? ってか、なんか俺の人生クソ決定みたいに指を鳴らすのやめろよな!?」
海に誘われたのは俺です。完全に被害者だよな。むなしすぎる。
「本当は機会があれば誘いたかったんだけれど、お前ら部活あるし大会も近いだろ? 海なんていくらでも行けるんだから我慢しろよな?」
「本当にそう思っているの?」
鬼のような形相で、ポテトにかじりつく由見。髪の毛を縛っている分、目つきが鋭く見えるぞ。
「これで裏切ったら、燿平が燐ちゃんと海行ったことクラスの全員にばらそうかな」
「それいいね!!」
「それだけは勘弁してくれよ……」
グッと、親指を突き出す由見。
そんなことされたら俺の人生クソになる。
頼むからマジでやめて。冗談抜きで。
「じゃあ、このジャンボパフェおごって」
「は……? えっ、これってこの前喫茶店で食べたのと同じ大きさじゃねえかよ!!」
「うん」
うん。じゃねえよ……
「あー、いいのかな? ここで暴露しちゃうけれどいいのかなー」
「あー!! わかった!! 分かったからやめてくれ!!」
「それでよろしい」
ったく、こいつの脅しはお金を消費するから恐ろしい。今までこいつの脅しでいくら費やしたことか……
うわ、考えるだけで胃が痛くなる。
「燿平、燐ちゃんとあってから少し変わった?」
「なんだよ急に」
「いや、なんとなく。燐ちゃんが転校してきてからの燿平、以前と比べて明るくなったかなって」
「それ、前の方が暗すぎたからじゃないの?」
「お前なぁ!? ……すいません。大人しくしています」
店内がずいぶん混んできた。昼休み中のサラリーマンから、主婦から。さまざまな年齢層が店内に集結してくる。エアコンをつけているのに、人の熱気で汗が止まらない。
「確かに前の方が暗いっていうこともあったけれど、なんか……そうだな。近寄りがたくなったのか? そんな感じがする」
「お前は元元近寄りがたいっていうことはなかっただろ?」
「そうだけれど、クラスの奴も言うんだよ。『生野って、あんなに笑うやつだったか?』とか、それ聞いてびっくりしちまったよ」
「うわ、イメージガタ崩れだね」
「しれっと言わないでくれるかな? 地味に傷ついた」
「でも、それは燐ちゃんの存在感があってこそじゃないかな?」
「それもあると思うんだよな。あの人を避けて避けられる燿平だぜ? 自分の力で何とかするとは微塵も考えられなかったな」
「だよね!? 燿平にそんなことできるわけないのよ。燐ちゃんと話しているから、ほかの人たちも『ああ、生野って案外普通に話せているんだな』って思うのよ」
こいつら……
どこまで俺の現状を否定するんだよ!?
下手すれば、俺の存在自体まで否定されそうな勢いだな。
「で、燿平はどう思うの?」
「あ?」
「『あ?』 じゃないわよ。あんたはどう感じているのよ。燐ちゃんと話して、自分は何か変われたと思っているの?」
「何か変われた……」
そんなこと、わかっているはずがない。
確かに神崎と話すようになってから、家が隣同士になってから、俺の時間の過ごし方や人との接し方が違うようになった……はず。確信は持てないけれど。
ただそれは、神崎限定かもしれない。
この腐れ縁二人はともかく、神崎以外の人と真面に接していないし、俺が彼女の目の前で見せている表情や態度は、彼女の前でしか見せないはず。
それはまだ、自信がないから。
「まあ、何が理由で人を避けて避けられる事を脱却したのかは、聞きたくもないけれどね」
「いや、別にまだ脱却したとは決まってないぞ?」
「じゃあいつかはするの?」
「……正直、彼女が昔の自分のように見えるんだ。なんか、そのまま星野輝夜が高校生になった感じ。容貌は大分外れているけれど、テレビで見たり実際に話しているとそういう風に思えてくるんだ」
「ヘタレだね」
「ヘタレだ」
「お前ら……そこまで言うか?」
確かに……まるで昔の自分と照らしあうから、神崎を避けているような言い方をしているだけだ。
「じゃ、海水浴は私たちの分まで楽しんできなさいよ」
「俺たちの本当はいきたいところなんだけれど、合宿と被っているからな。機会があったら誘ってくれよ?」
「分かっているよ」
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