第四話 「ナダルやフェデラーのように、華麗に圧倒してくるよ」
未だにヒロインのキャラ像がわからない作者。
翌朝。
目が覚めた俺は、枕元に置いてある時計で時間を確認した。
朝の六時半。いつもと起きる時間は変わらない。
神崎もさすがに朝飯だけは食べていくよな。なら、今から準備しないと。
左手でまだ眠い目を擦る。カーテンからわずかに朝の光を浴び、大きく伸びをした。
ようやく頭が働きかけるころになると、右手が妙に不自由だと認識する。
いや、起きた時点で分かってはいた。ただ何となく、夢であってほしいと願っていたんだけれど……
「……まさかっ!?」
アニメで出てくるラッキースケベ!?
……俺は何を期待しているのやら。
「そんなわけないよな」
タオルケットをどけると、俺は神崎と手を繋いでいる状態だった。
たぶん、寝ている間に起きた自然現象だろう。
そうじゃなければ、誰がこんなこと望んでやるもんか。
とりあえず、この手を離さなければ俺は朝の支度ができない。
なのに……意外とこいつの握力が強い。
握力どれくらいあるの? 俺でも自信ある方だよ? それでもこいつ、俺の手を放そうとしないんだけれど……
「仕方ねえよな」
強硬手段は使いたくない。
穏便に、手早く。安全に。
指を一本ずつ開いていく。そうすれば、安全に俺の手から離れることができる。
……ふう。
これだけで汗かくって、汗腺弱すぎだろ。
「さて、飯でも作るかな」
昨日はつかれたであろう、神崎はあえて起こさず、そのまま眠りへとつかせてやった。
□ □ □
朝食の準備をしようとしたら、牛乳がないことに気づいた。朝に牛乳無いと結構きつい。
さらに、歯磨き粉を切らしていた事にも気づき最寄りのコンビニへと寄った時だった。
「あ」
「お」
声は同時だった。朝からこんなところで会うとは思っていなかったからかもしれない。声が少し裏返った。
「こんな朝早くから珍しいですね。久坂先輩」
コンビニを入って鉢合わせたのは、学校の先輩である久坂伊織。
警視総監の娘として、先日起きた神崎が誘拐されたときに携わってくれた恩人である。
そしてこの早朝。なぜかテニスウェアを着こなし、背中にはラケットケース。手には『テ○スの王○様』
「で、その恰好はなんですか?」
正直、突っ込むは億劫だった。しかし、朝からそんな目立つ姿を見せられては、居ても立っても居られない。
「今日助っ人でテニスの試合行くんだ。ちょっと試合前にシミレーションしてるところ」
「シミレーションするんでしたら、練習場行ってくればいいじゃないですか?」
「でもな、体に覚えさせるのもいいけれど、こうして漫画などを読むことによって、自分のしたい試合が思い浮かぶんだ」
……この人、いつからこういう分析する人になったんだっけ?
俺の知っている久坂先輩は、完全無敵の脳筋野郎のイメージなんだけれど……
「それで、テ○スの王○様ですか?」
「そうだ。一回読んだら止まらないんだよな」
この光景、前にも見たことある。
確か、バスケ部の助っ人に行ったときにスラ○ダンクにはまって、その後どっぷりバスケにのめりこんだ気がする……
スポーツ選手としては優秀かもしれないけれど、三日坊主という悪い癖があるのが難点だな。
「ああ、一流のテニスプレーヤになるにはまず恰好からつかないとな」
「いや、そのニュアンスは大分ずれていると思いますよ」
「ラケットにウェアにテニ○リ。この三つがあれば、十分戦えるだろ?」
「いや……最後はなくても」
今日は一段とさわやかな感じだな。
いつもみたいに男勝りな性格もそうだが、いろいろな物事の影響で性格もアンバランスに変化する人だ。どうにも関わりづらいし何よりも。
背負っているラケットを入れる専用のバッグ。
どこからどう見ても、ゴルフをしに行く人にしか見えない。一体、何本のラケットが入っているのか気になる。
「そんなでかいラケットケース必要あるんですか?
「あるな。これだけスケールのあるものを持っていけば、相手は少しでもちびるだろ? そこがねらい目なんだ」
「違う意味で相手はちびると思います」
「それより燿平。お父さんがそろそろ道場に顔を出してくれないと、部下のアドレナリンを回収する私の身にもなってくれ。とか言っていたぞ」
話題は転じて、テニスプレイヤーからいつも通りの日下先輩に戻る。
道場に顔を出せか。
相変わらず、一たび行動を起こせばかっこいい人が、どうも言動だとしょぼく感じる。ギャップの差なんだろうか。
そういえば、前にも同じこと言われていたっけ。
今日あたり暇だから、顔くらいは出しに行こうかな。
「時間があったら顔出しに行きます」
「そうしてくれ。……っと、わたしはそろそろ時間だから、これでおいたまするぞ」
「試合頑張ってください」
「ナダルやフェデラーのように、華麗に圧倒してくるよ」
この人、世界にでも挑戦するつもりか。
コンビニを出る久坂先輩を見送りつつ、俺は目当ての品を探しにいった。
□ □ □
「今日は何をするつもりなの?」
朝食のベーコンエッグを頬張りながら、神崎は本日の予定を尋ねてきた。
「そうだな。とりあえず、午前中は道場に行く」
「同情? 彼女に捨てられた人を慰めにいくの? 俺もお前のように捨てられたんだ……って」
「ちょっと待て、変換ミスしてねえか? 誰も振られた人を同情しに行かねえよ。ってか、俺が彼女いたって言う前提で話すな」
アイドルのくせにボケかますなよ。
「道場だよ。ほら、剣道とか柔道やる道場だよ」
「そこへ何しに行くの?」
話題を立て直し神崎に説明をすると、案の定想定していた反応だった。
「久坂先輩の親父さんが師範やっているところ。警察官になりたての人たちが、色々な武術を学ぶところだよ」
「生野君はそこに行ってどうするの?」
「どうするって……そりゃ、お世話になった道場なんだから挨拶ぐらい、偶にしないとダメだろ?」
「それは、人として礼儀を持って挨拶はしなければいけないわね」
「だろ?」
「……なるほど。じゃあ、柔道六段とか、この前言っていたことは本当なのね」
「嘘も何も、実際見ていただろ?」
「何かのハッタリだと思ったのよ。古臭い刑事ドラマの戦闘シーンを真似てみたら、たまたまうまく行っちゃいましたーなんて」
「俺は子供かよ……」
古臭い刑事ものって、昔はそういう戦闘シーンあったってお前は知っていたのかよ。
「なら、私もついていくわ。久坂先輩のお父さんにはお世話になっているし」
無理だ。
止めようとしたけれど、挨拶に行くような雰囲気を持っているから言えなかった。
まあいいだろう。
あの件以来、玄さんとも顔を合わせていないからな。ちょうどいい機会だし、見学だけでもさせてやればいいか。
「そういえばさ」
「ん?」
ミルクの入ったコップを持ったまま、なんだか物惜しそうな表情で神崎は俺に問うてきた。
「なんで、その道場とかに通っているの? 確かに、燿平君のおかげで私は助かったけれど、そこまで強くなる理由はあるの?」
突っ込みたい部分がさっきと似ているのだけれど、あえて無視しよう。
それにしても。
強くなりたい理由……か。
「何となく。ある日突然、目が覚めたら強くなりたい!! って思って駆け回っていたらその道場へ入門することになりました……ダメか?」
「理由になっている……とは思えないわね。なんか中二病みたい」
なんか今一番言われたくもないことを言われた……
受け狙いで言ったつもりなのに。軽く見透かされたよ……
「特別に何かあるのなら、深く詮索しないわ。さ、早く着替えていきましょ?」
「そうだな」
もし、この場で俺がその理由を言っていたら彼女は一体、どんな反応を見せただろうか?
おそらく、彼女が彼女自身を軽蔑するかもしれない。俺は何となく、それを避けたかったから理由を明白に言わなかった。
「私、一回家に戻って着替えてくるわね」
「ああ。そしたらまた、俺んち来てくれ」
「わかったわ」と言って、神崎はここから数秒で着く自室へと一度戻った。
次回は明日の午後十二時に投稿します。




