第二話 「ならよかったわ。もしよければ、私も手伝っていいかしら?」
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荷物……というより、パジャマをとりに一度自宅へと引き返した神崎。
その間、念のためだけれど姉ちゃんにメールで一言入れておく。
『今日、神崎がうちに泊まるっていうからよろしく』
数分後。
軽快な電子音が、バイブレーションと共にメールの着信を教えた。
『ええっ!? 急にどうしちゃったの? お土産は赤飯でいいかしら!?』
ちょい待て。驚かれるのは想定内だけれど、赤飯の発想はどこから来たんだよ。
気になりはしたものの、敢えて突っ込まず話を続ける。
何かあったときは連絡する。画面に打ち込み、送信ボタンを押す。
言われてみれば、普通に考えてアイドルとお泊りする事になれば、驚くのは当然のことだよな。
けどなんでだろう。
心内では驚いていたものの、実際イベントが発生しちゃえばどうってことないよな。
「あっ」
姉ちゃんからの返信が来た。
『ヒニンはしっかりしてね?』
そのメールが届いた瞬間、俺は何事もなかったかのように、画面を暗くした。
無視。ああいう悪戯メールは無視。相手にしないほうが鉄則だ。
すると、再び着信。
今度はなんだよ……
『孕ませちゃったら、マネージャーさんにしっかり謝罪するんだよ?』
やかましい!! 事が起きた前提で話進めるな!!
あれ? うちの姉ちゃんてこんなにアダルトな性格していたっけ? 彼氏とか高校時代めっちゃできていたのは覚えているけれど、結局長続きしなかったことしか印象深くない。 まさか……もしや。
「お待たせ」
俺の思考が姉ちゃんまっしぐらになっていた頃、神崎が戻ってきた。
手には可愛らしいトートバッグが提げられている。たぶんパジャマが中に入っているのだろう。
服装の少しラフになっていた。猫の絵がプリントされたかわいらしいシャツに、ショートパンツ。
思わずその姿に、目が釘付けになった。
同時に、罪悪感を感じた。姉ちゃんのメールのおかげで、俺はいけない妄想をしそうになるところだった……
「どうしたの? 険しい顔して」
「え? ああ、いや。なんでもないよ。うん。なんでもない」
適当に誤魔化し、その場を凌ぐ。
メールは見られないと思うが、さすがにさっきの姉ちゃんとのやり取りを見せたらやばい。確実に俺の夏休みは血祭りに仕立てられる。それだけはまじで回避。
「ごはん、まだだよね?」
しかし、余計な心配はすることはなかった。
「ああ、これから作ろうと思っているんだけど」
「ならよかったわ。もしよければ、私も手伝っていいかしら?」
「え、いいけれど……」
嫌な予感は……しないよな?
姉ちゃんを手伝わせた経験からすると、こういうパターンはあまり期待しないほうがいい。
個人的な見解だが、普段料理をしない人が突然手伝うよなんて声をかけてきたときは大体、仕事がうまくいって調子に乗っている時だと思っている。なぜか? 姉ちゃんがそうだったらだ。
料理教室に通っていたとき、先生に卵の割り方をほめられただけでその日の夕食の準備で片っ端から卵を割っていきやがった。おかげで三日三晩卵づくしで胃が持たれそうになった。
同じようなことが何回も起き、俺は無傷で料理を成し遂げたことはいまだにない。そんな俺は、姉ちゃんを『コックキラー』と命名した。
だからと言って、神崎も同じとは限らないからな。
料理は多少していると聞いているし、今夜作るものもそこまで難しくはないから大丈夫だろう。
「まあいいよ。今日はそこまで大変なものは作らないから」
「そう、じゃあ遠慮くなく手伝わせてもらうわね」
俺の了承を得ると神崎はすぐさま、トートバッグからひよこの絵がプリントされたエプロンを身に着けた。
実に可愛い。料理番組のゲストに出れば間違いなく反響は凄まじいはずだ。
たぶん、神崎のエプロン姿を生で見たのは俺が初めてだな。
しかし、はっきり言ってあまり興味ないが。
「今日は何を作るの?」
「本当は素麺にでもしようかと思っていたけれど、お前が来るとなれば話は別だからな。冷やし中華でも作ろうかなって」
「あまり変わらないじゃない?」
「全然。素麺なんて、ただ麺をお湯で溶かして氷水にぶち込むだけだろ。冷やし中華は盛り付けも重ね合わせているから、やりがいがあるんだよ」
「男の子なのに、案外女子力あるのね」
「なんだよその残念そうな顔は……」
人を見かけで判断するなよ。
こう見えても炊事洗濯家事は姉ちゃん以上、人並みにできる。
姉ちゃんは絶対に身の回りのことをやらせてはいけない人。
さっきも言った通り、料理だ。
あれは料理じゃない。魔物、悪魔。一度口にしたら魂が抜けるらしいからな。
確か、食べたのは光じゃなかったかな?
とりあえず、取り掛かるとするか。
包丁とまな板を用意し、冷蔵庫から野菜と麺を引っ張り出してくる。
「せっかくだし、神崎は野菜切ってくれないか? 俺は麺の方を見ているから」
「でも、私包丁とかうまく扱えないわよ?」
「大丈夫だって。猫の手とかうまく使えばできるし、見栄えなんてこの際気にしなくてもいいぞ」
「わかったわ……」
やる気のスイッチが入ったようだ。包丁とまな板を前にして、神崎は大きく深呼吸した。
まさか、包丁握るの初めて……なわけないよな?
気づいた時には遅かった。止めるなんてことはもう出来ず、そっと神崎が野菜を切るところを見守るしかなかった。
俺もそれを横目で見つつ、小さめの鍋に水を入れて火にかける。
まるで爆弾の解除コードを切るかのように、神崎が持つ包丁はゆっくりと野菜を切り刻んでいく。
なんだ、よく見ればちゃんと出来ているじゃん。見栄えなんて気にしなくていいとか言う必要なかったな。
包丁さばきを見れば、自炊しているかも。一人暮らしとは薄ら聞いているし、他人の家で包丁を握るのに緊張しているかもな。
「痛っ」
安心していた直後、鍋が沸騰するのを待っていると指をくわえている神崎が視界に入った。
「どうした?」
「指……切っちゃったみたい」
「見せてみろよ」
口にくわえた指を見る。
確かに、親指の方から血が流れていた。俺もよくこんなことやって、姉ちゃんが大騒ぎしていた時があったな。
ポケットに非常用の絆創膏があったのを思い出す。
一枚取出し、それを怪我した指に巻きつけた。
「これでもう大丈夫。よくあるんだよなぁ。俺もしょっちゅうやっていたよ」
「あ、ありがと」
「あ、うん」
赤らめがら、照れくさく礼を言う神崎。
なぜか、見惚れてしまった。
女子に興味がなく、手を繋いだことがない。
そんな俺が……
自分でも、この気持ちは久しぶりだ。
真面に女の子とふれあい、この距離で話したことなど、由見以外いない。
あいつの場合、女っ気よりも男気の方が強いのもあるが。
「生野君」
「……何?」
「鍋、沸騰しているわよ」
「おあっ!?」
指摘され、慌てて煮え立っている鍋を静まり返らせた。
不覚。こんなことで料理の基本を疎かにしていたら、ダメだ。
……一体どこの料理人だろうか。自分でも興奮していて分からなくなってきた。
「ふふっ」
「何がおかしいんだよ?」
「ごめんなさい。こうして誰かと一緒にご飯作るの初めてなのよ。同じ事務所にいる子でも、家とか遠くてなかなか遅くまで遊べなくてね。まさか、こういう形で料理作るなんて想像していなかったわ」
くすくすと笑う神崎は、テレビで笑っているときと同じ顔に見えた。
テレビで見るたびに、作り笑いじゃないのか。なんて最近まで思っていたが、ここまで魅せられてしまえば、彼女の笑顔は本物かもしれない。
ほんの少し、なんとなく。俺は彼女に惹かれているかもしれない。
そんな自分に少し、疑い気味の気持ちを持っていた。
SSとかどの辺で書こうか迷っている。
あとストックためすぎると伏線を回収できない時があるんだよね。




