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魔族

「魔族――――!?」


 その姿を見上げながら、俺は冷静に観察する。

 赤黒く、不気味で威圧的。

 胸を張り、俺達を見下ろす視線に傲慢さを隠す気配は微塵もない。

 腰には長い獲物らしきものが布に包まれている。

 それはどこか、悪魔に似ていた。


『当たらずも遠からずといった所じゃな』


 内心でエルが答える。


「心当たりでも?」


『いや……じゃが似た匂いがする』


「匂いねぇ……」


 いまいち信用できないが、俺自身の感覚的にもエルの回答は的外れではないと主張している。

 それが俺の第六感によるものか、悪魔になった事による副産物かは不明だが、自分を信じることに否はない。


 大事なのはただ一つ――――この魔族とやらにエルやメフィストフェレス程の圧力を感じないという事。


「おい、セドリックさんよぉ? 今何時か知ってるか? 十二時半だぜ? 三十分の遅刻だ。手紙には十二時までってしっかり書いていたはずなんだがなぁー?」


 魔族は眉間にしわを寄せ、威圧的な態度でセドリックを責める。

 だが――――


「いやーそれはすまないね。でもこちらにも言い分があるんだ。例の手紙には時間は指定されていたが場所は指定されていなかった。まさか、魔族様である君が書き忘れる訳もないし……そこのところをどうかご教授願えないかな?」


 笑みさえ浮かべ、セドリックは皮肉を並べ立てる。

 魔族の怒気を柳に風といった様子で受け流していく。


「はぁ!? 書いてあっただろうがっ!!」


「すまないね……愚かな僕の目には映らない筆で書かれていたようだ」


「んだと、でめぇ!?」


 皮肉を皮肉と理解する程度に知性はあったのか、魔族は額に青筋を浮かべる。

 ずいぶん単純な魔族だ。

 これまでエミリアやその周囲に聞いた話では魔族の行動理念や魔王に従順な事から高い知性を有していると予想していたのだが、どうもすべてがすべてそうではないらしい。


「君は魔王じゃないよね?」


「はっ? 魔王に決まってんだろ! 手紙にもそう書いてあっただろうが!」


 確認するようなセドリックの言葉に魔族は唾を飛ばして激昂する。


「うーん……嘘はよくないと思うけどな」


「う、嘘じゃねーしっ!!」


 確信しているかのようなセドリックの態度に、魔族は慌てて否定する。

 見ているだけでは、どちらが魔族か分かったものじゃない。

 だが、俺としてもこいつが魔王を騙る者だというのには同意だ。

 話の印象とあまりにもかけ離れている。

 とてもではないが、こいつが崩壊間近の人間を前に軍を引き上げるとは思えなかった。


「はぁ……」


 俺は拳を握りしめて、魔族を睨み付ける。


「な、なんだ!?」


 視線に乗せた殺気を感じ取ったのか、自称魔王は背筋をブルリと震わせ、セドリックから俺へ目線を映す。


「だ、誰だ……てめぇ」


「はっ」


 なんだ。

 ずいぶんと――――


『可愛らしい所もあるのう……』


 俺と目を合わせた瞬間に自称魔王の目を過ったのは怯えだった。

 なまじ俺と近い存在だから、力の差をより明確に感じ取ってしまう。


「お前如きが魔王を騙るとはな……」


 この世界にやってきてから、俺は何かと『魔王』を思い浮かべてきた。

 人物像、性格、行動理念。

 そのどれもが、俺にとって興味深いものだったからだ。

 そして、それはエミリアからの人間に対策の時間を与えるような手紙を送ってくることを聞いてから、より深まった。

 どうして、何故、どうやって。

 ユーシェリオの次に魔王の事を考えていたと言ってもいい。

 その結果、ある一つの結論が出た。


 ――――魔王は俺をこの世に呼び寄せるきっかけとなった憎い存在ではあるが、同時に強い輝きを放つ存在であること。


 俺がこの世界で見た誰よりも人間らしさを魔王に感じていたのだ。

 会ってみたい。

 言葉を交わしてみたい。

 そして――――壊してみたい。

 

 ユーシェリオへのものとは別に、どうしようもなく俺は魔王に惹かれていた。

 魔王こそが俺をもう一段階押し上げる鍵になるのだという根拠のない確信があった。

 だから俺は――――


「お前は許さん」


 魔王を騙り、穢したこいつを絶対に許さない。


「な、なんだっ、この女っ!」


 俺が一歩踏み出すと、自称魔王は気圧されたように後ずさる。

 

「――――っ!?」


 自称魔王はそんな自分自身に見るからに苛立っていた。

 見た目通りプライドが高いのだろう。 

 自分自身の強さに対する自負が伺える。


 ――――ゆえに、その一撃を予測するのは実に容易だった。


 ガキィーンッッ!!


 金属音が響く。

 自称魔王は自らの尊厳を守るために、恐怖に屈せず特攻を仕掛けてきた。

 しかし、自称魔王が腰にぶら下げていた日本刀・・・が横から割って入った剣に見事に防がれている。


「ユーシェ……」


 それだけは、いかに俺といえど想定の埒外。


「っっぐぅ!」


 ギリギリと苦しげな嗚咽を吐き出しながら、自称魔王の刀を受け止めていたのはユーシェリオだった。


「ゆ、勇者様はっ……僕がっ!」


 少なくとも、力比べにおいてユーシェリオの劣性は明らかだった。

 その証に、受け止められた瞬間こそ自称魔王は驚いていたものの、冷静さを取り戻したその表情には余裕さえ浮かんでいる。

 今ではユーシェリオの存在などないかのように、後ろに佇む俺を警戒していた。


「守りますっ!」


 カキィイイイイイイィンッッ!!


 ユーシェリオが渾身の力を振り絞って自称魔王から距離をとる。

 自称魔王にとってもそれは好都合だったのか、特に抵抗はしない。

 相変わらず見ているのは俺だけ。

 俺はその事実に、少しだけ苛立った。


「ユーシェ様っ!!」


「…………」


 ユーシェを庇える位置に動こうとするヒューイを俺は手で制す。


「勇者様!? どうしてっ!」


 疑問と焦りを浮かべるヒューイを無視して、俺はユーシェリオに問いかけた。


「ユーシェ……やれる?」


「はいっ!」


 気持ちのいい返事だった。

 俺は自然と笑みを浮かべる。

 

 ――――たまにはこういうのも悪くない。


「じゃあユーシェ……私の事守って?」


「はいっ! 必ず!!」


 心の底から嬉しそうな声色。

 聞いているだけで力が無限に湧いてくる。

 これが輝きだ。

 自称魔王などには一生かかってもユーシェリオのような輝きを放つことは叶わない。


「勇者様! 今のユーシェ様では無理です! 死なせるおつもりですか!?」


「うるさい!!」


「――――っ!?」


 俺は喚くヒューイを一喝する。

 その声に宿った衝撃にヒューイは二、三歩たたらを踏んだ。


「男の勝負に手を出すな。それは無粋というもんだ」


「し、しかしっ!?」


 それでもなお抵抗しようとするヒューイ。


「ヒューイ……勇者様にも考えがあるはず、ここはお任せしましょう」


「そ、そんな……」


 予想外の場所からの援護射撃にヒューイは言葉をなくす。

 

「信じましょう……」


 ぎゅっとエミリアは両手を握りしめる。

 その手は、震えているように見えた。









「なんだぁ……この茶番はよぉ?」


 対峙する華奢な身体を眺めながら、自称魔王――――レンは全身の脱力感を拭えない。


「こんな雑魚を俺にあてがって……舐めやがってっ!!」


 この少年――――ユーシェリオからおよそ脅威になるような力は感じない。

 さっきの女からすれば、ほんの小石のような存在だ。

 だというのに、話を聞いていればまるで自分に勝てるかのような言い草。

 レンにしてみれば、ふざけているとしか思えなかった。


「…………もういい。さっさとシね……」


 刀を握り、ユーシェリオの懐に入り込む。


「はい、終わりいぃぃ!!」


 神速の突きがユーシェリオの心臓を寸分たがわず狙い打った。

 ユーシェリオは何もできず、無力にその命を散らす――――はずだった。


 キィイイイイイィッィィィィンッッ!!


「――――はっ?」 


 突きを剣で横薙ぎに払われた。

 必殺をイメージしていたレンに一瞬の隙が生まれる。


「――――っっ!?」


 レンの隙を狙い打つように振るわれる剣を先読みして捌く。

 剣筋があまりに素直だから先読みできたが、これが熟練者だと想像するだけでレンはゾッとした。


「てめぇ……」


 レンは刀を正眼に構える。

 そこには今までの隙も余裕も見当たらない。


「何もんだ……?」


 対するユーシェリオもレンの構えに合わせて剣を構えなおす。

 半身になり、攻撃範囲を限定する。

 力で劣ることは分かり切っているから、受け流すための構え。


「……僕は勇者様をお慕いする者です」


 僅かに乱れた呼気を落ち着かせながら、守護者は油断なくレンを見据える。

 その黄金色の瞳がキラリと輝く。

 その瞳に、レンはある人物を思い出し――――反射的に脚を踏み出してしまう。

 胸中を侵すのは怒りではなく、溢れんばかりの恐怖。

 本来ならば逃げに回るべきその感情は、レンにとっては攻撃性を呼び起こす引き金となる。

 無為、無策、無駄な防御を考慮しない特攻。

 だが、本来ならば難なく防がれて大きな隙を晒す特攻も、力が下の者相手ならばそれ程恐ろしいものはない。

 力あるものの蛮行、捨身。

 理屈はなく、ただ力。


「――――っっぅ!?」


 その迫力にユーシェリオは気圧される。

 まともにぶつかれば跡形もなく消え去りかねないその威容。

 威力だけでなく速さも人の域を遥かに超えていた。


「だけどっ!!」


 ユーシェリオは目を見開く。

 閉じることなく、迫りくるレンを一時も見逃さないと大地を踏みしめる。

 瞳の黄金が輝きを増した。


「やああああああああっ!」


 紙一重でレンの身体を刀をユーシェリオは交わす。

 交わし際、ユーシェリオはレンの脇腹を剣で捕えた。


「はあああああああああっ!」


 裂帛の気合で剣を振りぬく。

 人型を斬る気持ちの悪さ、その手応えを嫌悪しながら、愛する者のために。

 レンとユーシェリオが交錯する。


「…………」


「…………」


 背中合わせで、時が止まったような錯覚を抱く。


「――――くぅ……はぁ……はぁ……」


 先に動いたのはユーシェリオ。

 膝をつき、疲労と緊張で息を荒げている。


「ガハッ!」


 レンは口から鮮血を吐き出す。

 真っ赤に染まった脇腹を抑え、苦悶の声を吐き出す。


「ぐぅ……ふっ……ぐぃっ!」


 だが、その見た目に反して、先に立ち上がったのはレンだった。

 足元をフラつかせながら、その痩身から死の気配を漂わせながらも剣を構える。


「…………嘘」


 遅れてユーシェリオが立ち上がるも、信じられないといった様子だ。

 フラついているはずのレンを目の前にしているというのに、一撃を与える前より勝機を感じなかった。

 むしろ、その死の気配が捉えるのはユーシェリオだとばかりに全身を震えが走る。


「ガ、ハハッ、ガハハハッ!」


 一度聞けば耳にこびりついて離れない不気味な声。

 幽鬼の如く立ち上がるその姿は、まるで死神だ。


「サンキュー……落ち着いたぜぇ……」


 今にも死にそうだというのに、その口元には笑みすら浮かんでいる。


「くっ!」


 ユーシェリオは身体の震えを必死に堪える。

 少しでも油断すれば、歯がかみ合わなくなり、カチカチと音を立てそうだった。

 レンはというと、先の落ち着いたという言葉通り、静かな気配を湛えていた。


「はぁ……」


 レンが息を吐き、刀を上段に構える。

 ――――明鏡止水。

 息を吐き終わると、目を瞑ったレンから気配が消える。


「え?」


 ユーシェリオはレンを目の前にいるのに、そこにいないかのように感じた。


「――――幻刀ユメのタチまばたき


 濃密な死の気配。

 心地よささえ感じる空気の中、ソレがユーシェリオの背後から襲い掛かる。

 

「ぐぅぅっ!!」


 ユーシェリオがそれを防げたのは、偏に奇跡だった。

 何の根拠もなく、第六感だけで背後に基本もすべてかなぐり捨てて振るった剣が甲高い音を立てて、背後から迫りくる刀を防いだ。

 しかし、そこにレンの姿はなく、刀も形もない。

 当然のようにユーシェリオは、またしても背後に気配を感じる。

 レンは最初からそこにいた。

 きっとユーシェリオ以外には、突然相手に背中を向けて、何もない空間に剣を振るったようにしか見えなかったに違いない。


「――――見事」


 レンはユーシェリオを称賛する。

 彼が必殺とする最初・・の一撃を防がれたことなど、数える程しかなかった。

 熟練者であればあるほど、レンの術中に嵌まってしまう。

 何故なら、最初の一撃などはどこにも存在しないから。

 それは、正しく幻だった。

 身体を切り裂く幻だ。


「あ……」


 ユーシェリオは呆然と声を漏らす。

 それは悟った声だ。


 ――――死ぬ。

 

 その未来が容易に想像できた。


 ――――シヌ。


 鮮血を撒き散らし、白い肌を斬りさかれる。


 ――――死んじゃう……僕の……。


 死んだ勇者様の姿。


「――――死なせない」


 刹那、ユーシェリオの痩身を黄金の覇道が包み込んだ。

 


 

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