~第三話~
「一度、貴方とじっくり話がしたいと思っていた」
オニキスは都を訪れて初めて、セラフィナイトと二人になる機会を得た。
それは偶然だったのだが、未だ一度も剣の手合わせをした事のないクリソコラから練習試合を申し込まれて、四天王たち専用の剣の稽古場に向かう途中の事だった。
「私は貴様と話す事など、何もないっ!」
セラフィナイトは素っ気無くそう答えると、その場を去ろうとした。
「貴方になくても、私にはある!」
オニキスはセラフィナイトの肩に手を掛けて彼を呼び止めようとした。
セラフィナイトがオニキスを避けている限り、次の機会はなかなか巡っては来ないだろう。
オニキスはこの千載一遇の好機を逃したくはなかった。
だが、その刹那、セラフィナイトはオニキスの手を振り払うと、自らの短剣を抜いてオニキスの喉元に突きつけた。
「セラフィ……ナイト」
「貴様はよほど人の心を掴むのが上手いようだな。都の者たちは勿論、四天王までが貴様が都に来てくれて良かった……等と言う始末だ。まあ、シェルタイト様の御心を掴んだくらいだから、それくらいの事は造作もない事なのかもしれないが。……私は貴様の存在など認めない! 私からシェルタイト様を奪った、貴様を絶対に許さないっ!!」
「……っ!!」
「出来る事なら、今直ぐにでもこの手で貴様を八つ裂きにしてやりたいが、シェルタイト様の御為に生かしているのだ。これからは貴様が私を避けるようにする事だ。命が惜しいのならな!」
そう言い残してセラフィナイトはその場を去った。
オニキスは暫くその場を動く事が出来なかった。
自分に向けられたな明確な殺意。
(彼には、俺に対する憎悪しかないっ!)
少なくとも、この時のオニキスにはそうとしか思えなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
シェルは即位してから積極的に都のあちこちを視察して回っていた。
勿論、オニキスも同行していたが
「明後日はあんたの父上の誕生日だな」
「ああ。明日から暫くオルソセラスに帰って来る。俺が居なくて、大丈夫か?」
「何だよ。俺はそんなに頼りないのか? 別にあんたが居なくたって、どうって事はない!」
シェルは心外そうに、そう答えた。
「いや、そういう意味じゃないんだが……。君は惚れ惚れするくらい立派な国王様だと思ってる」
……という、オニキスの弁明の言葉に
(何だよ! そんな恥ずかしい台詞を真顔で言うな!)
と言わんばかりの照れくさそうな顔をしてシェルはそっぽを向いた。
そんな時のシェルは普通の17歳の少年と変わらない。
でも、彼がそんな顔を見せるのは自分だけなのだ……と思うとオニキスは嬉しくてたまらなかった。
実際、シェルは一族の前では何処までも“国王陛下”だった。
『あの子は……シェルタイトは、私の実子ではありません。けれど、あの子がムーカイト王家の直系である事は間違いない事実。そして、あの子はもう一つの王家、アクアオーラの直系でもあります。海と陸と……二つの王家の血を継ぐシェルタイトは理想的な混血であり、あの子自身の持つ能力は、歴代の碧い髪の王のそれを上回る。一族の者たちは皆、歓喜しました。シェルタイトが次代の王たる事に“否や”を唱える者は誰一人いませんでした。そして、あの子の持つ心の傷故の王としての致命的な弱点さえも、我がノンマルタス一族には寧ろ好ましいものだったのです。他に外敵もなく、滅びる時は“諸共”という運命共同体的な要素の強い我が一族にとって、王は一族の誰一人として見捨てない……という強烈な確信は、シェルタイトへの絶対的な信頼感となっているのです』
というラピス女王の言葉を、オニキスはノンマルタス一族と接してつくづくと実感した。
一族全てがシェルを敬愛している。
オルソセラス候の誕生日に合わせてオニキスが地上に帰る事はシェルが勧めた事だった。
「こんな時くらい帰って、親孝行しろ!」
この時、オニキスはそのシェルの言葉を素直に喜ぶ事は出来なかった。
漠然とした不安がオニキスの中には確かにあった。
けれど、たった一人の育ての母を亡くしたばかりのシェルの言葉にオニキスは逆らう事は出来なかった。
シェルはオニキスの居ない間“イリス・アゲート”という町を視察する事になっていた。
当然、オニキスはその町の事は何も知らない。
其処に何があるのかも。其処に誰が居たのかも。
それは仕方のない事だったかもしれない。
だがオニキスは、この時何故オルソセラスに帰ったのか?
何故シェルの傍を離れたのか?
……と、激しく後悔する事になる。