~第二話~
「剣の腕も確かなようですが、街で貴方の“噂”を耳にしました。貴方のお陰で地上の人間に対する印象が変わったと。我らノンマルタスと地上の人々との架け橋になってほしいと、皆がそう申しておりましたよ」
そう言いながら部屋に入って来たのはクリソコラだった。
セラフィナイトも一緒だったが、彼はオニキスに目もくれなかった。
其処は、シェルの側近の為に用意されている建物で、四天王一人ひとりの個室も設えられている。
オニキスはジェムシリカ、クロサイトと剣の手合わせをした後、この建物に案内されて談話室で寛いでいたところだった。
「そう仰って頂けると嬉しいですが、それは買い被りですよ。それに、シェルとも一度だけ(剣で)戦った事がありますが、勝敗は一瞬で……私は、何が起こったのかさえ分かりませんでした」
「それは……」
クリソコラが答えようとした刹那!
「当然だ! シェルタイト様には我ら四天王が束になっても敵わない! あの方は特別なのだ!! 碧い髪を持つ歴代の王の中でも、シェルタイト様は群を抜いておられる! 貴様などに相手が務まる訳がないだろう!!」
怒りを露わにセラフィナイトが叫んだ。
「セラフィナイト殿っ!?」
オニキスを罵倒する突然のセラフィナイトの言葉に、クリソコラは彼を制そうとしたが、セラフィナイトは意にも介さず
「大体、無礼だろう! 地上で居た頃なら兎も角、このノンマルタスの都で! しかも即位され、王位に就かれたシェルタイト様を呼び捨てにするなどっ!!」
そう言い放った。
「セラフィナイト殿、オニキス殿は我らとは違います。シェルタイト様の“臣下”ではないのですよ。我らの王が“友”として迎え入れられた方です。礼を欠いているのは貴方の方でしょう?」
嗜めるように言ったジェムシリカの言葉に
「友っ? 違う! 友などではない! この男は……」
そこまで言うとセラフィナイトは、唇を噛んで次の言葉を飲み込むと、そのまま部屋を飛び出して行った。
クリソコラが後を追う。
「申し訳ありません、オニキス殿。セラフィナイト殿は普段は沈着冷静で思慮深い方なのですが、シェルタイト様の事となると……」
「子供の頃からシェルタイト様の御側でお仕えし、シェルタイト様の為に強くなった方です。側近筆頭にまで上り詰めたのも、その為ですし。大人気ない……と言われてしまえばそれまでなのですが、貴方に対する“嫉妬”のような想いがあるのも事実です。どうか大目に見てやって下さい」
ジェムシリカの言葉を遮るように、クロサイトがセラフィナイトの想いを弁明した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「セラフィナイト殿! 貴方のお気持ちは痛いほど分かります。けれど、オニキス殿は身分でも我らより上なのですよ。彼は侯爵家の子息。しかもハウライトの王妹を祖母に持っておられる。王家の血も継いでいる方なのです。あれはあまりにも……」
セラフィナイトに追いついたクリソコラがそう言うと
「それが何だと言うんです? 地上での身分など、この都では関係ない筈です! あんな男など必要ない! シェルタイト様には我ら四天王が居れば充分ではありませんか!?」
「セラフィナイト殿……」
クリソコラはそれ以上何も言えなかった。
四天王はその剣の腕を買われてシェルの側近となった者たちだった。
ジェムシリカとクリソコラは貴族とは名ばかりだったし、セラフィナイトとクロサイトは平民の出身だった。
だからこそセラフィナイトは、シェルの傍に居る為に最強でなければならなかったのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
確かに、初めて会った時からセラフィナイトの態度は冷たかった。
シェルの前ではそうでもないが、彼が居なければ態度は豹変する。
あからさまな憎しみの目。
ただ、オニキスが都を訪れてから一度もセラフィナイトと二人きりになった事はなかった。
そうなる事をセラフィナイトの方が避けているようにオニキスには思えた。
『あいつは、セラフィナイトは……王子としての俺じゃなくて、俺自身をずっと愛してたって。そんな事を今更言われたってどうしていいか分からない!』
……そうシェルが言っていた事を思い出す。
彼のシェルに対する想いは、きっと自分と同じなのだろう。
シェルを愛して、そして恋している。
ずっと、他の四天王たちにさえ気づかせずに胸に秘めていた想い。
その想いを抑えられなくしてしまったのは多分、俺の所為なのだ。
一度、彼とじっくり話がしたいとオニキスは思っていた。
だが、セラフィナイトと相対した時、オニキスは自分に対するセラフィナイトの憎しみの深さに愕然とする事になる。
それは同時に、彼のシェルに対する想いの深さでもあった。