~最終話~
「放せっ! 俺は行かなきゃならないんだっ!!」
シェルは一層激しくオニキスから逃れようとした。
「駄目だ! 行かせない!! このままでは、君の心は何時か壊れてしまう!!」
あまりにも意外なオニキスの言葉に、一瞬シェルの動きが止まった。
「俺の心が壊れる? ……どういう意味だ?」
「君は自分の本当の気持ちを決して表には出さない。本当に望むものは、“望む事さえ許されない”と諦めてしまう。それでは君の心が持たない!」
「何を言ってるんだ? 俺はそんな弱い人間じゃない!」
「確かに、王子としての君はそうだろう。俺が言ってるのは君のもう片方の心だ! ずっと心の傷に苦しんで、情を求め続けたもう一つの心。その心が生きる為にアクアオーラ一族を! セレスを求めてたんだろう?」
「……っ!!」
「だから君はセレスを失った時に“死”を選んだ。心が半分死んでしまっては生きていけないから。でも、それを思い留まらせたのは俺だ! 俺の言葉が、君に生きるという……君にとっては死ぬより辛い決断をさせた。俺は君に生きてほしかったから! 君に傍に居てほしかったから!! どんな言葉ででも君を繋ぎとめておきたかったんだ!! だから、俺にはセレスの代わりに君の心を護る責任がある!!」
「そ、そんな事っ! 確かに、あんたの言葉で死ぬつもりだった俺の心が変わったのは事実だ。それは否定しない。でも決断したのは俺自身だ。あんたには関係ない! 責任を取ってほしいなんて、思ってない!!」
「違うっ! 君には俺が必要なんだ。これは思い上がりなんかじゃない!! 君は王座に就けばますます孤高の存在になってしまう。君には、君の本当の気持ちを引き出させる人間が必要不可欠だ。……でないと、君の心は破綻する。でも、それは一族には不可能なんだ! 彼らにとって君は何処までも“王”だから!!」
「…………」
「俺にとってそうであるように、君が! 君の一族にとっても唯一無二の存在である事は分かってる! だから俺がノンマルタスの都へ行くって言ったんだ!」
「……何でだよ? どうしてそんな事が出来るんだ? 俺なんかの為にっ!」
「シェル……?」
「あんたは最初から当たり前のように持ってるから! それがどれだけ大切なものか分かってないんだ! あんたは俺が欲しくて堪らなかったものを、何の苦労もなしに持ってるんだぞ! 血の繋がった家族を! 一族を!! 俺には望む事さえ許されなかった。……なのに、何で俺なんかの為に、それを捨てる事が出来るんだ? 俺にはそんな価値はないっ!!」
「だから、何度も言ってるだろう? それを決めるのは君じゃない! 君の側近たちが、君を迎えに来た時にも言った筈だ。君に王の資格があるかないかは君が決める事じゃない! 一族が決める事だって! それと同じで、君が俺の家族や一族と引き換えにする価値があるかどうかは俺が決める! 俺は一族だけじゃなく、世界と引き換えたって構わないんだ。君の傍に居られるのなら!!」
「それはダメだ! あんたは……っ!」
「でも、俺は一族を捨てる気はないから」
「えっ?」
「君は王になれば地上には来られないかもしれないが、ノンマルタスが地上の人々を見守っているように、俺なら地上に来る事も可能だろう? 会いに来るさ、父上や兄上に。生涯会えなくなる訳じゃないだろう?」
「一族を、捨てる訳じゃ……ない?」
「ああ!」
「…………」
「俺は元々、旅ばっかりして家には寄り付かない放蕩息子だからな。父には立派な息子が三人も居るし、可愛い孫も沢山居る。だから、君がそんな心配をする必要はないんだ」
「…………俺は、我がまま言ってもいいのか?」
「ああ!」
「今まで、一度も言った事がなかったんだ。本当に欲しいものは、望んではいけないものばかりだったから……」
「ああ! 君は少し、我がままなくらいでいいんだ!」
「俺は、あんたが欲しい。ずっと俺の傍に居てほしいって。……そう望んでもいいのか?」
シェルの瞳から再び涙が零れ落ちた。
ずっと一族の為に生きてきた。
それが血族に捨てられた自分を拾って育ててくれた一族への、最大の恩返しだと思っていた。
誰からも愛されなかった。
実の両親にさえ捨てられた自分が生きる為には“王”として生きるしかないのだと……
愛されないからこそ愛そうと……
一族を護る為だけに全身全霊を注ごうと思っていた。
自分が真に欲するものを望めば周りが傷つくと……
だから心の奥底に全てを閉じ込めた。
それはシェルが初めて自分の望みを口にした瞬間だった。
東の空は微かに明るくなりはじめていた。
それは二人が迎える新しい夜明け。
決して交わる事のない天空の星が交わった奇蹟の瞬間でもあった。
そして、新たなる運命の歯車が回り始める――
ここまでお付き合い下さった皆さん、本当にありがとうございました。
引き続き、第三部も宜しくお願い致します。