~第四話~
「人は、望みのままには生きられない。会いたくたって、会えない時もある。会わない方がいい事だってあるんだ!」
シェルは相変わらず視線を逸らしたまま、そう叫んだ。
「確かにそうかもしれない。望み通りに生きてる人間なんて正直居ないだろう。会いたくても、会えないって言うのも分かる。だけど何故、俺と会わない方がいい……なんて事になるんだ!?」
「あんたに今更会って、どうなるって言うんだ? 俺はもう二度と地上には来ない。あんたには二度と会えない。あんたにだって婚約者が居るだろ? 昨日の舞踏会はその為に開かれたものなんだろう? 俺はあんたの邪魔はしたくなかったんだ!」
「君は、そんな事を気にしてたのか? あの舞踏会は、俺が家に戻る度に父が勝手に開いてる舞踏会だ。その度毎に紹介される花嫁候補も替わる。毎回、父の顔を立てて出席はするが、ああいう席は苦手だし、直ぐに抜け出して居なくなるから、父には何時も大目玉だ」
「…………」
「君が俺の許を去ってから、俺は君を忘れようとした。それが君の望みなら、そうしようと思った。でも、出来なかった。俺が愛してるのは君だけだ!」
「……何で? 何でそんな事を言うんだよ!?」
シェルは初めて逸らしていた視線をオニキスの方に向けた。
「俺はあんたの気持ちには応えられない。どんなにあんたが好きでも、俺はあんたの傍には居られないんだ!」
「シェル……」
「俺はあんたが幸せならそれでいいって、そう思ってた。そう心の底から願ってるって! でも、クリソコラから花嫁候補の話を聞かされた時、俺は“嫌だ!”って思ったんだ。あんたはもう俺の事を忘れて他の誰かと結ばれるんだなあ~って、そう思ったら辛くて。それを望んだのは自分の筈なのに……。俺は自分がこんな嫌な奴だとは思わなかった。だから、あんたには会いたくなかったんだ!!」
「…………」
「会えば言ってしまうから! 結婚なんてしないでくれ! 俺の事を忘れないでくれって!! そんな事を言う資格なんて俺にはないのに! 俺の願いはあんたの幸せなのに! 俺にそれが出来ないなら誰かに託すしかないのに! ……なのに、何でこんな……っ!?」
シェルは堰を切ったように自分の本当の気持ちを吐き出した。
それと同時に彼の碧い瞳から涙が溢れ出す。
その涙は月の光を受けて銀色に輝いていた。
オニキスは思わずシェルを抱きしめた。
愛しさが込み上げてくる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
シェルが去って一ヶ月半……
それはオニキスにとって遥かに長い時間に感じられた。
どうしてそんなに長い間離れていられたんだろうと思う。
会いたいと。……せめてもう一度!
そう思っていた。
でも会ってしまえば、もう離れる事は出来ない。
二度と失いたくはない。
「抱いてもいいか?」
オニキスの問いにシェルは黙ったまま首を横に振った。
「何故?」
「もう時間がない。俺は行かないと、戴冠式に間に合わなくなるから」
「シェルっ!!」
「オニキスさん、俺はほんとは嬉しかった。最後にあんたに会えて嬉しかった……」
そう言うと、シェルはオニキスから離れようとした。
だが、オニキスはシェルを更に強く抱きしめた。
(でも、そんな事よりも、このままではシェルの心は何時か壊れてしまう!!)
それは確信に近い強烈な予感だった。