~第十七話~
「窓を閉めた方が宜しいでしょうか? 少し風が冷たくなってきたような気が致しますが……」
「あっ! いや、このままでいい。あれから、今日でちょうど一ヶ月。ブロンザイトの謹慎処分も今日までだな。あいつにも申し訳ない事をした……」
己の行動が周囲に及ぼす影響力の大きさをシェルはひしひしと噛み締めていた。
自分はもう“王子”ではない。
軽率な行動をとる事は出来ない。
“王”たる者の責任の重さを実感せざるを得なかった。
窓から入ってくる風は少し冷たかったが、シェルにはそれが心地良かった。
彼は窓際に立って外の景色を眺めていた。
緑がかった美しい碧い髪が窓からの風を受けて緩やかに靡いていた。
病み上がりという事もあるのだろう。
白い肌が余計に白く透き通って見える。
少し痩せたのか? ……より儚げに見えた。
風と共に窓から差し込む陽の光の中に、このまま溶けて消えてしまうのではないか?
そんな焦燥感がセラフィナイトの胸を過ぎる。
堪らなくなってセラフィナイトは「ご無礼をお許し下さい」そう言いながら背後からシェルを抱き締めた。
(そう、分かっていたのです。本当は最初から、何もかも)
そんな二人の様子を扉の隙間から垣間見たオニキスは
そのまま黙って踵を返した。
『オニキス殿、私はシェルタイトが貴方という存在を得られた事を、本当に良かったと思っています』
オニキスはラピス女王の言葉を思い出していた。
『このノンマルタスの都で、一族の中で。あの子を一人の人間として対等に見る事の出来る者は一人も居ませんでした。誰にとってもあの子は特別な存在だったのです。いえ本当は、ただ一人……たった一人だけ、貴方と同じ立場に立てる者が居たのです。けれど、それをこの私が許さなかった。“シェルタイトと其方では住む世界が違う。己の立場を弁えよ!”と。私はその者が自身の想いを自覚する以前から、その者の想いに気づいていた。だから、殊更にその者にそう教え込んだ。けれど、その者の想いとその能力は利用出来る。この者ならば、己が命に代えてもシェルタイトを護るだろうと。私はその者を常にシェルタイトの傍に置きました』
『それは、ひょっとして……セラフィナイト殿の事ですか?』
『そうです。本当はセラフィナイトがどうこうではなく、その頃の私のシェルタイトへの執着は並々ならぬものがあったのです。シェルタイトはこの私のもの! 誰にも渡しはしないと』
『…………』
『セラフィナイトにも申し訳ない事をしました。私はあの者にも詫びねばなりません。シェルタイトがムーカイトを沈め、セレスタイトと共に逝く事を選んだと聞かされた時、私はそれがこの私に下された罰だと分かっていながら、シェルタイトを失った悲しみと怒りを全てセラフィナイトにぶつけてしまった。セラフィナイトの苦しみを知りながら口汚くあの者を罵った。“何故、其方だけおめおめと戻った? 其方は命に代えてもシェルタイトを護ると私に誓ったのではなかったのか!? 其方が代わりに死ねばよかったのだ! 私のシェルタイトを返せ!!”と……』
二度目の謁見の時、ラピス女王はセラフィナイト殿の名を出された。
ラピス女王……貴女は、俺が貴女との約束を違え、セラフィナイト殿だけには“真実”を伝えるであろう事も想定されていた。
貴女の罪をセラフィナイト殿にも知らせる事。
それが貴女の、貴女なりのセラフィナイト殿への“詫び”だったのですね。
『そしてオニキス殿、最後にもう一つだけ……貴方に伝えておかなくてはならない事があります』




