~第十五話~
オニキスは静かにシェルに歩み寄った。
「シェル、君が辛い記憶を封印してしまったのは仕方がない事だと思う。でも、君が忘れても“真実”は変わらない。セレスが死んだ事も、ムーカイトを沈めた事も。そして、ラピス女王の犯した罪もだ!」
「オニキス? 貴様、何をっ!? そんな事を言ったらシェルタイト様がっ!!」
「……セレスが、死んだ?」
「ああ、セレスはもう居ない。彼は君を庇って死んだんだ」
「やめろ! オニキスっ!!」
止めようとしたセラフィナイトを右手で制しながら、尚もオニキスは言葉を続けた。
「シェル、哀しい時は泣いていいんだ。我慢する必要なんてない!」
「何を言ってるんだ? セレスは死んでなんていない! 俺は哀しくなんか、ないっ!!」
「ラピス女王さえ、あんな事をしなければ……君は本当の父上と母上と、セレスと、幸福に暮らせた筈だった」
「でも、君はそんな風には思っちゃいない筈だ」
「……っ!?」
「君は確かにずっとセレスたちを見守ってた。自分の存在を彼らに知らせる事が出来たらどんなにいいだろうと。共に“家族”として暮らせたらどんなに幸せだろうと。そう思っていた事も紛れもない君の“真実”だと思う。けれど、君が心の底で本当に願っていた事は、真に欲していた事は“ラピス女王の実子として産まれたかった”って事じゃないのか? だから君は、ラピス女王に罪を犯させた自分の存在が許せなかったんだろう? 『俺さえ産まれて来なければ母上は罪を犯さずに済んだ。俺の所為でずっと母上は苦しんでたんだ!』……そう思ってるんだろう? 君は何時だって他人を責めたりしない。自分を責めて、追い詰めていく。自分さえ居なければ……と」
「…………」
「でも、それは違うんだ。シェル、ラピス女王は確かにずっと苦しんでた。君の哀しみや苦しみは全て自分の所為だと……そう、ご自身を責めておられた。けれど、それと同じくらいに。いや、それ以上に女王は幸せだったんだ! 君という存在を得られた事を、君を我が子と呼べた事を!」
「そんな……嘘だ!」
(シェルタイト様! 記憶がっ!?)
「嘘なんかじゃない! ラピス女王は俺に『自分の罪を誰かに責めてほしかった! 懺悔がしたかったから話したんだ!』と仰った。でも俺は多分、ラピス女王はこうなる事を予測されてたんだと思う。君が“真実”を知ってしまう日が来るのを! だから俺に託されたんだ。君にラピス女王の本当の心を伝える為に! 女王は君を心の底から愛してた。ラピス女王の願いは君の“幸福”……ただそれだけなんだ!」
「母上が、俺を……?」
「ああ! シェル、もう一度言う。哀しい時は泣いていいんだ。泣いて、全てを洗い流してしまうといい」
その時、シェルの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。
「あの手紙を読んで……俺は、俺の存在は! たった一人の最愛の母さえ不幸にしてしまったんだと思った。譬え“予言”そのものは母上の“作り事”だったとしても、確かに“予言”は的中した。俺は結局、アクアオーラ一族を滅ぼしたんだ。沢山の罪もない人々の命を奪った。俺さえ産まれて来なければ誰も不幸にならなかったって。マイカ・アナテースだって犠牲者なんだ! やっぱり俺は呪われた存在なんだって! 俺は何時か、オニキスさん! あんたも不幸にするんじゃないかって!! 俺は辛かった。いや、怖かったんだ! 俺は、あの時セレスと共に死んだ方が良かったのかもしれない。けど、俺は“王”だから! 一族を護らなきゃならないから。今、死ぬ訳にはいかない。だから、みんな忘れてしまえたら、どんなに楽だろう……って思った!」
「シェル……」
「でも、少なくても母上は幸せだったって、俺は思ってもいいのか? 産まれて来て良かったって思っても?」
「ああ! ラピス女王だけじゃない。一族の人たちも、此処に居るセラフィナイトも! そして勿論、俺も!! 君が産まれて来てくれて良かったって心から思ってる。君に会えて良かったって!」
「オニキスさん。あんたは俺があんたを好きになった事、迷惑じゃないのか?」
「そんな事、一度だって思った事はない! シェル、俺は君の傍に居られるだけで……それだけで幸せなんだ! 誰よりも君を愛してる!!」
シェルの瞳から大粒の涙が後から後から、零れ落ちてくる。
オニキスはそっとシェルを抱きしめた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
宝石のように美しい、緑がかった碧い瞳から流れ落ちる銀色の涙。
セラフィナイトは、そのシェルの涙を……ただ見つめていた。
私がシェルタイト様に初めて御目通りを許されたのは、私が八歳、シェルタイト様が三歳の時だった。
幼い頃から我慢強い方だったが、その頃はよく私に負けて悔し涙を流しておられた。
剣の試合でもそうだ。
(五つも歳が離れてるんだから仕方がないと思うのに、負けず嫌いな方だなあ~)
……と子供心に何時も思っていた。
けれど、シェルタイト様が五歳になられた……あの日。
ご自身の出生の秘密を知られたあの日以来、シェルタイト様は人前で涙を御見せになる事は決してなかった。
セレスタイト様が亡くなられた時も
ラピス女王が崩御された時さえも
シェルタイト様は毅然としておられた。




