~第二話~
オニキスは亡き母が愛したバラ庭園が好きだった。
その庭園の中央にエメラルド・グリーンの円錐形の屋根と八本の大理石の柱で出来た美しいガゼボがある。
彼女が生きていた頃、バラの季節にはよく其処で“お茶会”が催された。
舞踏会も終わり、屋敷はしんと静まり返っていた。
もう夜も遅い。オニキスもいったん床に就いた。
だが、疲れているにも関わらず何故か眠れなかった。
そんな時は彼は何時もこのガゼボに来てバラを眺めていた。
月明かりに照らされたバラの花は、明るい陽射しの中で見るのとは、また違う美しさがある。
バラの季節ではない時は星空を眺めて心を落ち着かせた。
しかし、今日はそうしていても落ち着かない。
久しぶりに彼の事を思い出した所為だろうか?
否、違う!
忘れようとしても忘れられない。
一日たりとも彼を忘れた事などなかった。
その上、今日はルチル姫に聞かれて彼の事を話してしまった。
思い出が尚一層、鮮明に甦る。
彼は明日で17歳になるのだと、ふと思った。
否、もう今日か。
17歳になれば王位を継ぐのだと彼は言っていた。
ノンマルタス一族の王……そうなれば彼は二度と地上に来る事はない。
もう二度と会えない。
彼が唯一、オニキスの許に残した手紙と首飾りは今も大切に持っている。
彼はオニキスに『自分の人生を歩んでほしい』と言った。
それが彼の望みなら、そうしようと思った。
だが、それが出来るくらいなら苦労はしない。
(不思議なものだな)
とオニキスは思った。
ずっと旅をしていたオニキスは人との別れには淡白だった。
旅に出会いと別れは付き物だ。
勿論、別れ難い出会いが一度もなかったという訳ではない。
しかし、それは仕方のない事だと何時も割り切っていた。
ここまで一人の人間に執着した事などなかった。
彼はオニキスにとって“唯一無二”の存在になっていた。
けれど、彼が唯一の存在であるのはオニキスだけではない。
彼の一族にとってもそうなのだ。
彼が碧い髪を持つ限り、二人は共に居られない。
『誰よりもあんたを愛してる。それは永遠に変わらないから……』
その言葉を残して、彼はオニキスの許を去った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
月は南の空から西へと動き始めていた。
春とはいえ、夜風が冷たい。
もうそろそろ部屋に戻った方がいいと、そうオニキスが思った時だった。
誰かがガゼボに向かって歩いて来るのに気がついた。
(こんな夜更けに、一体誰が?)
と一瞬、怪訝に思ったが、父か兄が自分のように寝つかれなくて此処に来たのだろうと思い直した。
相手は未だオニキスがガゼボに居る事には気づいていないようだった。
最初はシルエットでしか見えなかったその人物が、近づいて来るにつれて月明かりではっきりと姿が見えるようになった。
それが誰かを認識した時、オニキスは我が目を疑った。
(シェルっ!? ……そんな筈はないっ! 彼が此処にいる筈がっ!?)
だが、見間違える訳がない!
月の光を浴びて彼の碧い髪はキラキラと輝いている。
「シェルっ!!」
思わずオニキスはそう叫んで彼の方に駆け寄ろうとした。
「オニキス、さん? 何であんたが、此処にっ!?」
シェルは驚いて一瞬後ずさった。
そのまま踵を返そうとする。
オニキスの母親は故人だって事がやっと書けました。
実は設定にはあったんですが、本編の流れには関係ないので出さなかったんですよね。
本編でオニキスは“父と兄たち“としか言わないので。