~第十三話~
「ムーカイトはシェルが沈めた、あの時のままなのか?」
「ああ、ムーカイトの中枢である神殿の周囲にだけ防御壁が張られている状態だ。ムーカイトの機能は維持されているから、シールドの中……つまり神殿の中は生命維持装置が働いている」
オニキスとセラフィナイトはオーバルでムーカイトへ向かっていた。
「神殿の中にはどうやって入るんだ? 首飾りはあの時のまま、なんだろう?」
「大丈夫だ。このオーバルの周囲に張られているシールドは神殿のものと同じだからな。このままシールドに突っ込んで、シールド同士を中和させる。多分、シェルタイト様も同じ方法を採られた筈だ」
ムーカイトはオニキスにとっても忘れられない場所だった。
己の人生を変える出会いをした場所。
此処でセレスとシェルに会った。
僅か三ヶ月という短い期間ではあったが、其処はオニキスにとっても“第二の故郷”と呼べる場所になっていた。
オニキスにとってムーカイトは“アクアオーラ一族が住んでいた島”。
だが彼は、ムーカイトに近づくにつれて、それが儚い幻である事を実感せざるを得なかった。
ムーカイトは元々“島”ではない。
これは“移動要塞”なのだ。
かつて西の海で栄えた幻の大陸からノンマルタスが受け継いだ最大の遺産“地殻変動兵器ムーカイト”。
海の底に沈んだムーカイトには、かつて其処で人々の生活の営みが行なわれていた……という痕跡すらも残されてはいない。
それは巨大な岩石の塊。
暗い海底に、黒い巨大な“要塞”が聳え立っていた。
「見ろ、オニキス・オルソセラス! シェルタイト様の“オーバル”だ。やはりシェルタイト様は此処にいらっしゃるんだ!!」
オニキスの感傷はセラフィナイトの言葉で中断された。
神殿の傍に白い“オーバル”が見える。
側面に“双頭の龍”が描かれた王家の、シェル専用のオーバルだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
神殿の内部は薄暗く、しん……と静まり返っていた。
オニキスとセラフィナイトは神殿の一番奥の祭壇のある部屋への通路を急いでいた。
かつて、オニキスがセレスの亡骸を抱いたシェルと共に歩いた通路だった。
神殿の深奥にある部屋、それはこのムーカイトの心臓部。
要塞の全てを管理、制御する場所。
オニキスの記憶に残るそのままの状態で、その部屋は其処に存在した。
床には点々と血の跡が残っている。
それはセレスとシェル――二人が流した血。
その中で最も大きい血溜まりの痕跡、其処にシェルはセレスの亡骸を下ろした。
……正にその場所にシェルは倒れていた。
「う、うぅ……ん。……セラフィ、ナイト?」
「大丈夫ですか、シェルタイト様?」
「あ、ああ……」
立ち上がろうとしたが身体が自由に動かない。
バランスを崩して倒れそうになったのをセラフィナイトが抱きとめた。
「ご無理はなさらないで下さい。お熱があるようなので……」
「熱? そう言えば、寒気がする。膝がガクガクして力が入らないし。それにしても、俺は何でこんな処に居るんだ? 此処は“神殿”だよな?」
「は、はい」
(記憶が? ……混乱されているの、か?)
「大丈夫か、シェル?」
「オニキス……さん? 何であんたが此処に居るんだ!?」
オニキスの姿を見たシェルの驚きように、セラフィナイトとオニキスの方が戸惑った。
「セラフィナイト! 何で部外者を此処に入れた? それともセレスがこの男の同行を許したのか!?」
「シェルタイト様?」
「此処はムーカイトの中枢なんだぞ! いくら信頼してるからって、地上の人間を此処に入れるなんて言語道断だ! セラフィナイト、セレスは何処に居る!?」
「シェルタイト様、一体……何を?」
(まさか、記憶がっ!?)
オニキスとセラフィナイトは全身の血が凍りつくような気がした。
「覚えて……いらっしゃらないのですか?」
「何をだ? それより俺の質問に答えろ! セレスは何処に居るんだ!? 何故、島が起動してる? 全ての決定権は俺にある筈だ!!」
「セレスタイト様の事も、この男の事も! 本当に覚えていらっしゃらないのですか!?」
シェルの記憶が失われていた。
セレスが死んだ事も
ムーカイトを沈めた事も
そして、オニキスを愛した記憶さえも――




