~第十一話~
「今思えば、あの頃の私は正気ではなかったのかもしれません。でも、その私の哀しみを、苦しみを、マイカ・アナテースだけは分かってくれた。だから彼女は私の罪の共犯者になってくれたのです」
「…………」
オニキスは黙って彼女の話を聞いていた。
そうするのが精一杯だった。
口を開けば多分、彼女を非難する言葉しか出てこない。
何という事だ!
どうしてここまで過酷な運命を一人の人間が背負わなければならないんだろう?
シェルを見てそう思っていた。
自分が傍にいる事で、少しでも彼の心の支えになれればいいと。
彼を護りたい……と思っていた。
シェルは自分はそういう星の下に産まれたのだと
自分は呪われた存在なのだと
全て自分の所為なのだと――自身を責めていた。
けれど、それが人為的に仕組まれたものだったとは!
彼の運命を狂わせた張本人が、育ての母であるラピス女王だったとはっ!
彼女さえ、そんな事をしなければ、シェルは実の父と母と双子の兄と、平和に幸福に暮らせた筈だったのだ!
「そのマイカ・アナテースも三年前に逝きました。この事を知っているのは、もはや私だけです。本当は誰にも話すつもりはありませんでした。私が死ねばこの真実を闇に葬り去る事が出来る。けれど、私は苦しかった。自分の罪を誰かに知ってほしかった。誰かに、私の罪を責めて欲しかったのです。いや違う! 私は本当はシェルタイトに詫びたかった! 貴方の苦しみは、哀しみは全て……この愚かで身勝手な母の所為なのだとっ!!」
「…………」
この方も、ずっと苦しんでいたのだ。
最初は王位継承問題を沈める為の“道具”だったのかもしれない。
けれど、この方もシェルを心の底から愛するようになって、自分の罪の深さを思い知らされたのだろう。
それは分かる。……分かるが、これではあまりにも!
「この事は他言無用! 生涯誰にも話さないと誓って頂けますね、オニキス殿? 私の、ムーカイト王家の名誉を護る為に言っている訳ではありません。シェルタイトにだけはこの真実を生涯隠し通したいのです。あの子にこれ以上の重荷を背負わせない為に。こんな私が……あの子の母だと名乗る資格さえない私ですが、それでもこの最期の時に願うのはあの子の幸福、ただそれだけなのです。そして、この私の懺悔の為に、貴方にこんな重荷を背負わせた事、本当に申し訳なく思っています。どうか、シェルタイトの事を宜しくお願い致します」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……それが“真実”なのか? それが手紙に書かれていた事だというのかっ!?」
「ああ。それぞれに視点が違うだろうから若干の違いはあるとしても、客観的な事実は変わらない。多分、シェルは知ってしまったんだと思う」
「何という事だ!」
ずっとシェルタイト様を見てきた。
予言の事は私も知っていた。だからシェルタイト様のお気持ちも分かっていた。
だが、アクアオーラ一族を見守っていたシェルタイト様に、ただ一度だけ尋ねた事がある。
『(セレスタイト様に)会われないのですか?』と。
シェルタイト様は
『ああ。俺さえ居なければ、アクアオーラは存続出来るから』
……そう答えられた。
アクアオーラ王家はもう一つのムーカイト王家でもある。
双子の兄であるセレスタイト様がアクアオーラを継ぎ、シェルタイト様がノンマルタスの王となる。
その運命は何があっても変わらなかったのかもしれない。
けれど、ラピス女王がシェルタイト様を手に入れる為にとった手段は……
もう未来のない、滅び逝く一族の王となる運命を受け入れるしかなかったシェルタイト様が、自らを捨てた血族に愛と憎しみの末に見出した希望。




