~第十話~
「そのノンマルタス一族の占い師だと名乗った人物が、私の臣下であり、腹心の友でもあったマイカ・アナテースでした。マイカ・アナテースはその後数年間、田舎に引きこもり私と会う事はありませんでした」
「えっ!? それはどういう……?」
その時のラピス女王の一瞬の躊躇いを、俺はカーテン越しからでも感じ取る事が出来た。
「オニキス殿、私はあの子を……シェルタイトを可愛いと思えば思うほど、あの子を愛すれば愛するほど、己の犯した罪の重さに恐れ戦いたのです」
「……???」
長い沈黙の後、ラピス女王は意を決したようにオニキスにこう告げた。
「オニキス殿、私には世継ぎがありませんでした。17年前、王位継承問題で王室は揺れ動いていました。そんな時です。私の耳にアクアオーラに碧い髪の双子が産まれた……という知らせが入ったのは。カイ以来、一度もノンマルタスの血を発現させた者はなく、地上人の血に凌駕されたものだとばかり思っていたアクアオーラに何故碧い髪が? しかも、双子の兄弟! 何故、その片方だけでも私の子ではないのか……と。アクアオーラに碧い髪の御子は必要ない! このムーカイト王家にこそ碧い髪の御子は産まれるべきなのだ……と! 私は運命を呪いました。私はどうしても碧い髪の御子が欲しかった。私にはシェルタイトが必要だったのです!!」
「ラピス女王、まさか……貴女はっ!?」
「そう……。そのまさか、です。シェルタイトを手に入れる為に、私は手段を選びませんでした。予言は私の“捏造”です。カルセドニーにシェルタイトを手放させる為の……」
「捏造っ!? “双子の片われは一族に滅びと再生を齎す”というあの予言がっ!?」
「そう、全て“嘘”――“絵空事”です!」
「ちょっ、ちょっと待って下さい! 何故、そんな事を? 何故、そんな嘘をつく必要があるんです!? ムーカイト王家に世継ぎが必要ならば、きちんとカルセドニーに事情を説明して、正式にシェルを養子に迎えれば済む事ではありませんか!?」
「それではシェルタイトは完全に私のものにはならぬ!!」
「えっ!?」
突然、声を荒げたラピス女王にオニキスは驚きを隠せなかった。
「貴方にはっ! 男には、私の気持ちは分からぬ!! ずっと責められ続けた者の気持ちは! あの気も狂わんばかりの日々はっ!! 御子の誕生を! 碧い髪の男児を……と!! けれど、誰よりも、私自身が一番それを望んでいた……」
「ラピス女王……」
「シェルタイトを養子に迎えたのでは、シェルタイトには帰る場所が出来てしまう。アクアオーラから完全に切り離さなければ……と。だから、カルセドニーにシェルタイトを捨てさせたのです。いえ、捨てさせるように仕向けたのです! 出来る事なら、シェルタイト自身には私の実子だと思っていてほしかった。しかし、次代の王となる者にムーカイトとアクアオーラ一族の事を伝えない訳にはいかない。けれど、そうなれば……必ず自身の出生の秘密に気がつきます。シェルタイトとセレスタイトは双子の兄弟なのですから! それ故に、シェルタイトにも『貴方は一族から捨てられたのだ』と教える必要があった。『一族を滅ぼす忌むべき存在だからアクアオーラには帰れないのだ!』と。『貴方の居る場所は此処しかないのだ!』と」
「そんな……」
シェルはずっと哀しい瞳をしていた。
この世の全てを憎んでいるような、怒りと深い悲しみに満ちた瞳。
その瞳の訳を知りたいと思っていた。
ムーカイトが沈む直前に絞り出すように告白したシェルの言葉がオニキスの脳裏に蘇る。
『俺は怖かったんだ、セレスたちに会うのが! 俺は彼らにとって忌むべき存在の筈だから』
『このまま刻が止まってくれればいい……とそう思ってた。でもクンツァイトの事を分かっていながら決断出来なかった俺の弱さが、最悪の結果を齎した』




