~第九話~
「あれは、ラピス女王が崩御される三日前の事だった。俺は秘密裏にラピス女王に呼ばれ、女王は人払いをされた後……」
「貴様がラピス女王との謁見を許されたのは一度ではないのか?」
「ああ。公式の謁見が許された二日後だ、二度目の謁見は。その時、俺はラピス女王からある衝撃的な真実を聞かされた。話は17年前に遡る……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ラピス女王はその時、既にベッドから起き上がれる状態ではなかった。
それは、薄い絹のカーテン越しの謁見だった。
「オニキス殿……貴方は17年前の、シェルタイトと双子の兄弟であるセレスタイトの運命を変えた予言の事を、どの程度知っていますか?」
「予言、ですか?」
秘密裏に呼ばれ、人払いまでして……ラピス女王は一体に何を自分に伝えようとしているのか?
それがシェルに関する事だという事は容易に想像出来た。
シェルには聞かれたくない話である事も。
しかし、17年前の予言の話が出るとは夢にも思ってはいなかった。
「詳しく聞いている訳ではありません。セレスもあまり話したくないようでしたし。ただ『双子の片われは一族に滅びと再生を齎す宿命の子』だという予言がなされ、族長であったカルセドニーは一族を護る為に、双子の弟であるシェルを海に流したと。連なる一族であるノンマルタス一族がシェルを救ってくれると信じていたと……」
「オニキス殿、貴方はその話を聞いてどう思いましたか?」
オニキスの言葉を遮るようにラピス女王は再びオニキスに質問した。
「どう……と仰られても。カルセドニーの決断は一族の長としては間違ってはいないと思います。ただ、私はカルセドニーという人物を直接知っている訳ではないので何とも言えませんが、セレスの話を聞きながら、少なからず違和感を覚えました」
「……どのような?」
「カルセドニーという人物の為人を知れば知るほど、シェルを海に流したという事実が信じられない……と言うか。予言などという不確かなもので、愛する我が子を海に流すような男なのか、と。もし私の想像通りの人物ならば、そうならないように自らの手で育てるのではないか、と。そして仮に予言通りになってしまったとしたら、自らの命を賭してもその責任を取るのではないか……と」
――クンツァイトの和解の申し出に、罠と知りながら応じた男なのだから――
「そうですね。カルセドニーはそういう人物だと私も思います。オニキス殿、その予言はアクアオーラ一族には縁も所縁もない、旅の占い師の予言でした。一族の者は皆、半信半疑……いえ、誰も信じたくはなかったでしょう。一族が滅ぶという予言をされて気にしない者は居ない。けれど、何処の馬の骨とも分からぬ占い師の予言を信じて、一族の長の御子を海に流すなど言語道断! それは一族の者たちの共通した想いでした。カルセドニーが双子の片われを海に流すという決断をした時、当然一族の者は猛反対しました。けれどカルセドニーはそれを押し切ってシェルタイトを海に流した。何故だと思いますか?」
「分かりません。私の違和感も実はそこにあります。逆なら理解出来るのですが……。一族の者が海に流す事を望み、カルセドニーがそれに反対したと言うのであれば!」
「そう。けれどカルセドニーはそうしなかった。いや、出来なかった。カルセドニーは知っていたのです、ある事実を! その旅の占い師は、カルセドニーにだけこう告げたのです。『私はノンマルタス一族だ』と」
「……っ!!?」
「アクアオーラ一族の始祖であるカイ以降、一度もノンマルタスの血を発現していない彼らにとって、ノンマルタスの存在はもはや夢。“海人の血を継ぐ一族”という誇りを持ってはいても、実在を信じる者は希少になりつつある……というのが現実でした。しかし、代々の族長だけは信じていた。いや、信じざるを得なかった。長の継承と共に彼らは首飾りとムーカイトの正体を受け継ぐからです。当然、カルセドニーも知っていた。ノンマルタスの実在を! その占い師はこう続けました」
『私の予言が外れた事はありません。双子の片われは必ずアクアオーラ一族に災いを齎します。しかし、我らの女王はこの予言を知り、その子を憐れに思われました。“碧い髪を持つ者はノンマルタス一族の王となる資格がある! 私には世継ぎがない。その子を我が子として、次代の王として迎えよう!”と……。カルセドニー様、ノンマルタス一族の女王ラピス・ルース・ムーカイト陛下の勅令でございます』
「それは、ただの旅の占い師の予言ではなく、地上の人間を遥かに超越したノンマルタス一族の占い師の予言。決して違える事はないのだ……と。そして、シェルタイトを海に流す事! それは、この私の勅命であったのですから!」
↑これが、シェルが海に流された経緯です。
二次創作をするという事がなければ裏設定のままで終わっていた筈のエピソードでした。
本編ではカルセドニーがシェルを海に流したという事しか書いてないので、違和感を持っておられた読者様もきっといらっしゃったと思うのです。
今回こうして真相をお披露目出来て良かったなあ~と思います。




