~第五話~
オニキスは地上から戻ると一旦王城に帰還した。
透明ドームから見える漆黒に近い碧い海底。
其処に白い雪が降り積もる光景を見上げながら、シェルは何を想っていたのか?
……ふと、そんな事を考えた。
都は既に夜を迎えていた。
主不在の王城はしん……と静まり返っている。
(シェルに何かあったのなら、こんなに静かな訳はない。俺の取り越し苦労だったか?)
そう思ったが、シェルの様子を確認しようと四天王たちが使っている談話室に向かった。
(今回の視察に同行してるのはセラフィナイト殿だけの筈だから、誰か居るだろう)
オニキスはそう思った。
「オニキス殿っ! これはお早いお帰りですね。陛下に合わせて明日、帰還されるご予定だったのでは?」
「ええ、そうなんですが……」
ジェムシリカの問いに言葉を濁すオニキスに
「陛下の事が気になられるんでしょう? 心配性なんですね、オニキス殿は。でも、それは杞憂ですよ。この都に陛下に仇なす不逞の輩は存在しません。それに、陛下には、セラフィナイト殿がついておられるから大丈夫ですよ」
とオニキスの心配を見透かしたようにクリソコラが答えた。
談話室には不在のセラフィナイトを除いた全員が集合していた。
「そう、ですね」
と答えながらオニキスは
(それはそれで、別の意味で心配なんだが……)
と思ったが、口には出さなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
シェルのセラフィナイトに対する信頼感は絶対的なものだった。
彼に余計な心配をかけたくなかったオニキスは、セラフィナイトの己への憎しみを、向けられた明確な殺意を!
彼に話した事は一度もなかった。
しかし、ある時シェルはポツリとオニキスにこう言った。
「俺は、あんたとセラフィナイトは何時か手を取り合える日が来る……と思ってる」
話に脈絡があった訳ではない。
一瞬、オニキスは驚いた。
セラフィナイトはシェルの前ではオニキスにも普通に接していたから、オニキスはシェルの言葉の真意を掴み兼ねた。
「…………」
何と答えていいか戸惑っていると
「そんな変な顔するなよ。俺が気づいてないとでも思ってたのか? でも大丈夫だから。セラフィナイトにもあんたの良さが分かる時が必ず来る! その逆も、な!」
そう言ってシェルは微笑んだ。
(本当に分かってるのか? あいつは俺を殺したいほど憎んでるんだぞ! それほど君が好きなんだ!)
……と口に出して言いたいが言えないオニキスに
(分かって……いるんだ、な)
シェルは昔から、人の感情を読み取るのに長けていた。
しかしそれとは裏腹に、自分に向けられる情には鈍感だった。
いや正確に言うと“気づかないように努めていた”という方が当たっている。
それは気づいてはいけない感情だった。
シェルにとって愛すべきは“一族の全て”であって“誰か特定の個人”を作る事は許されない事だと思い込んでいたからだ。
オニキスは、シェルとセラフィナイトの間に流れる“絆”を意識せずにはいられなかった。
シェルがそこまで信頼している人間なら信じたいとは思う。
だが、無条件に信じられるほど、オニキスは“セラフィナイト”という人物を知っている訳ではない。
一度信じた相手には何処までも無防備になるシェルの、セラフィナイトへの想いは、オニキスにとっては寧ろ危惧を抱く要素以外の何者でもなかった。
けれど、今のオニキスの心に巣食っている不安は、そんな事ではない。
何か得体の知れない影のようなものが、心の中で渦巻いている。
それは、地上に戻ってからも徐々に増大していった。
不安の正体が何だか分からないだけに余計に焦燥感が増す。
オニキスは父(オルソセラス候)の誕生日の祝賀の宴が終わるのを待ちかねて地上を後にした。
バタンっ!!
突然、談話室の扉が開いた。
「陛下はっ! シェルタイト様はお戻りになりませんでしたかっ!?」
部屋に飛び込んで来たのはセラフィナイトだった。
「どうして貴方が此処にっ? 陛下がどうなされたと言うんですか!? 陛下の御帰還は明日の予定では……!?」
「いらっしゃらないんです、陛下が! シェルタイト様が何処にもっ!!」




