少年は少女と出会う
ようやく一人目の極振りが登場です!
昨日は、ハマンさんとこで蹴りの訓練で一日使ってしまった。今日は新しいクロスボウの試射と、ハマン流蹴術の試用だ。対人用と言ってたので、モンスター相手にどう使えばいいか考えなくてはいけない。
とりあえず、羊相手に試してみることにする。北の門から出て、適当な羊に近づく。えっと、最初から使っておくんだったな。
アーツ名である魔力脚甲を念じると、ハマンさんのように膝から下が光る膜に包まれる。それにしても魔力脚甲って、ずいぶんと大仰な名前だよな。装甲っていうほど厚くないし...。まあ、今後に期待ってことなのかな。
羊にももちろん急所があり、目もまたそうである。さっきチラッと見た狼もそうだったので、基本的な生物は皆目が弱点なのかも。目の他に腹や首にも急所があったが、人間よりだいぶ少ない。腐ってもモンスターってとこか。とりあえず、蹴りだけで倒してみよう。
羊の目に向けて、鋭い蹴りを見舞う。ブーツのつま先が、羊の眼球にヒットする。
「メエェェェ!?」
とのたうち回る羊に、容赦なく蹴りを叩き込んで行く俺。動物愛護団体の人が見たら、すっ飛んできそうな絵面だな...。
羊は反撃しようと立ち上がるが、そんなことを俺が許すはずもなく、数分で羊を倒す事が出来た。
「Dex極振りの俺が、数分かかったとはいえ蹴りでモンスターを倒せるとは...。攻撃に使えるってのは、嘘じゃなかったんだな」
執拗に目を狙ったのもあるんだろうけど。羊の目を蹴り続ける男・・・怖っ!想像しただけで怖っ!
羊では相手にならなかったので、狼を狙う事にする。2〜3体で出てくるから、最初は2体の奴らだけを狙って行く。1体はクロスボウで倒せるからな。慣れてきたら、2体同時に相手取ればいいだろう。
2体の狼はすぐに見つかった。初心者用のエリアだから、モンスターのリポップ(再発生)も早い。
天火さんが作ってくれたクロスボウを構える。前のより大きいのに、こっちのほうが圧倒的に構えやすく体にフィットしている。生産者には、人の体のサイズを測定できるスキルが自然に備わってるのか?今度聞いてみようかな。
いつも通りクロスボウを構え、片方の狼を撃つ。狙い通り目に命中し、一撃でHPを削り切った。
「おお、一撃か。10倍なんだから、当然ちゃあ当然だな」
もう一体を倒せるだけの時間はあったのだが、それじゃあ意味が無いので接近するのを待つ。ゆっくりとしか移動出来ないから、カウンターを狙う。
「グルアァ!!」
飛びかかってくる狼を、右足を一歩下がって躱しそのまま後ろ回し蹴りを叩き込む。回し蹴りなんて初めてやったんだけど、上手く出来るもんだ。
怯む狼の胴を蹴り、反撃する機会を与えないよう蹴り続ける。こんなことが出来るのは、レベルの差が激しいからなんだろう。狼も5分くらいで倒すことが出来た。
「これじゃあ、試しにならないな。エントの森に行こう」
エントの森に入り、敵を倒していく。ソフトとハード、蜘蛛はなんとか倒せた。時間がかかったけどな。
次は蛇と戦ってみることにする。体力が多いし力も強いから、厳しい戦いになりそうだ。でも、こいつを一人で倒せないと、ソロはやっていけそうにない。頑張ろう。
魔力感知で探し出し、正面から対峙する。蛇は、俺を見ながら舌をチロチロ出して様子を伺っている。
「シャアア!!!」
「うを!?」
突然襲いかかってきたので、慌ててステップで後ろに下がる。くそ、一発喰らったら死ぬからって舐めやがって!蹴り殺してやる!
さすが、この森の中で単体なら最強のモンスター。十分蹴っても倒せない。
「はあはあ、もう少し...。もう少しで倒せる...」
「シャァァァ...」
対してこっちは、かすったら負ける防御力だ。相手の攻撃は常に必殺。避けるのに集中しすぎて、頭痛くなってきた。
蹴りなのも、時間がかかる原因だ。柔軟な蛇の皮が、蹴りの威力を弱めてちまう。だが、蹴りまくったのも無駄ではなかったようで、相対する蛇もどこか疲れているような感じだ。
「シャアアアア!」
蛇もこの戦いに早くけりをつけたいのか、防御を考えない特攻を仕掛けてきた。捨て身だけあってかなり速い。しかし、矢に比べたら全然遅い!
鋭い牙を光らせる頭を、前回り踵落としで迎撃する。全力を込めて放った一撃は、俺に噛み付かんとしていた蛇の頭を蹴り落とし、HPを削り切った。
「あてっ!ふう...。なんとか倒せたな。目がチカチカする...」
強敵に打ち勝ち気が緩んでいたのだろう。周囲の警戒を疎かにし、疲れた目を抑えてしまった。目をつぶった瞬間、
ビシャ!
と、俺に何やら液体がかけられる。HPバーのそばにドクロマークが出現し、何事かと後ろを振り返った俺の視界を、大きな蜘蛛が埋め尽くしたところで、意識が途切れた。
目を覚ますと、クレセントの中央広場にある噴水の側に立っていた。最後の状況から察するに、俺は死んだんだろうな。
「はあ...。油断したなぁ...。まさか蜘蛛がいるなんて...」
とりあえず噴水に座り、さっきの反省をしようか。何でやられたのかは、言うまでもないが気を抜いたことだ。ずっと張っているわけにはいかないけど、せめて周囲の安全を確認してからでも遅くなかったな。今度から気をつけよう。
というか、魔力感知は目をつぶったら見ないんだな。視界に写ってるわけじゃないのか。視界を塞がれてても、目を開けてれば見えるのか?検証でもしてみようかな...。
魔力感知を発動して、目をつぶる。感知の円は見えない。目を開けたら見えるようになる。今後は手で顔を覆ってみる。視線を感じるが気にしない。周りの景色は見えなくなったが、円はちゃんと見える。やっぱり、目を開けてれば見えるのか。これなら、誰かに目を塞がれても大丈夫だな。
反省はここまででいいだろう。とりあえず、デスペナルティーがなくなるまで暇をつぶすか。デスペナは何だったかな...。確か、取得経験値の全損と一時間の経験値取得制限。経験値がたまらなくなるらしい。あと、アイテムボックス内のアイテムの一部ロストだな。ボックスを見ると、ドロップアイテムと回復薬がいくつか無くなっている。貴重な物を入れておかなくて良かった。
薬を買い足したり露店を覗いたりしてたら、あっという間に一時間は過ぎていった。天火さんもいたけれど、今日も多くの勧誘に囲まれていたので、行くのは止しておいた。天火さんには悪いけど、面倒に巻き込まれたくない。
そのまま再び、北の森に向かう。今度は蹴りにこだわらないで、クロスボウも使っていく。出来るだけ奥に進んでみよう。
森をずんずん奥に進んでいく。敵を見つけたらクロスボウで先制、一発では倒せないので近づいてきたところを蹴りで倒す。森の中じゃなければ、クロスボウだけで倒せんだけどな。まあ、クロスボウで結構HPを削れるから問題ない。蛇とも遭遇したけれど、今度は余裕を持って倒せた。天火さんのクロスボウは本当に便利で、腕だけで弦を張り直せるようにしてくれてたんだ。そのおかげで、蛇を蹴りながらでも矢の装填を出来た。天火さん様々だな。改めてお礼を言っておこう。
しばらくすると、大きな広場に出た。敵が入ってこない、セーフティーエリアのようだ。ちょっと休憩するか。
街の露店で買ったベーグルを、アイテムボックスから取り出す。半分に切られた間に、イチゴのジャムと果実が挟まっている。一口食べると、イチゴの自然な甘酸っぱさが口の中に広がり、戦闘の疲れが吹き飛んでいく。うんまー!
あっという間にベーグルを食べ切り、少しの間食休み。他のプレイヤーが数人いるので、彼らの装備を眺めてる。こっちに来る人はみんなレベルが高めなので、装備も良いのが多い。あういう武器とか防具って、見てるだけでも楽しいんだよなー。
しばらくそのパーティーを見ていると、急に全員が立ち上がって歩き始めた。向かう方には、一人で来ているらしいプレイヤーが休憩している。パッと見たところ女性だ。ナンパでもすんのかな。
案の定、女性プレイヤーに話しかける男たち。パーティーに誘っているみたいだ。やっぱりナンパだったな。リアルじゃ出来ないことも、ここなら気兼ねなく出来るんだろう。でも断られたみたいだ。女の人は男たちを無視して立ち上がる。無視されたのが気に食わないらしく、男の中の一人が怒って女の人の手を掴もうとする。ああ、いるんだよなー、こういうとこでだけ強気になる奴。あんなことやったら、GMに通報され...。
バゴン!
急に打撃音がしたかと思ったら、女性の手を掴もうとした男が吹き飛ばされる。どうやら女の人が、腰に下げていた片手剣で斬り飛ばしたようだ。いや、それはいいんだ、問題なのは、吹き飛ばされた男のほうだ。
飛んでいった男は後ろの木に衝突して、その木をへし折ってさらに奥へと飛んでいったのだ。あんなパワー、どうやったら出るんだ?・・・もしかして。
ある可能性にたどり着いた俺は、セーフティーエリアから出ようとしている、さっきの女の人のとこへステップしていく。あの男のパーティーは、慌てて飛ばされた男を追っていった。
「ちょ、ちょっと待って!聞きたいことがあるんだけど!」
「・・・何?」
うわ、ものすごい不機嫌だ!初対面の俺でも分かるくらい、話しかけんなオーラを出してる!怖い!でも、ここで話しかけないわけにはいかない!
「またナンパ?懲りない奴...」
「ち、違うって!俺はあんたが、極振りしてるのかどうか聞きたくて...」
女の人が怪訝な目で俺を見る。しかしこうしてよく見ると、かなり綺麗な人だな...。すらっとした美人さんだ。年は・・・俺と同じくらいかな。大人っぽいけど。ナンパされたのもうなずける容姿だ。
漆黒の髪を左上で結っている。サイドテールっていうのかな。髪型はよく分からない。目も真っ黒なので、ほとんど変えてないのかも。黒いワイシャツとぴっちりしたズボンをはいていて、首に巻かれた白黒マフラーが特徴的だ。そのせいで口元が隠れ、鋭い目つきが強調されてる。なんというか、野良猫を彷彿とさせる人だ。警戒心マックスなところとか。
「・・・なんでそんなことを聞くの。関係ないでしょ」
「そう言われたら、返しようがないんだけど...。なくもないんだな。俺も極振ってるんだ」
「・・・で?」
「いや、だから...。何に振ってるのかとか、極振り同士パーティーでも組まないかなーって...」
「・・・」
・・・あ、今気づいたんだけど、これ実質ナンパじゃん。極振りをネタにしたナンパじゃん。吹き飛ばされる!
「・・・話くらいなら、しないでもない。パーティーとかは話してから」
「え、いいの?」
「私も他の極振りしてる人に・・・興味あったし...」
「そうか。じゃあ、とりあえず街に戻ろう。落ち着いたところで話したいしな」
「ん・・・分かった」
この前、天火さんと話したカフェに行く。他の店の場所は分からないからな。
「えっと、俺の名前はテルだ。よろしく」
「・・・ダート」
「ダートな、よろしく。そんで、ダートは何に極振ってんだ?」
「Str」
「だろうな。じゃなきゃ、説明がつかない」
スキルを使ってる素振りはなかったし、スキルであんなにパワーが上がるなんておかしい。バランスが崩れる。
「何で極振りなんかしたんだ?俺が言うのもなんだが、バランスが悪すぎるぞ?」
「何でって・・・やってみたかったから。そんなに悪いものじゃない」
「だよな、ちゃんと戦えるよな」
「・・・そういえば、あなたは?」
「ん、俺か?Dex極振りだぞ」
「馬鹿?」
「いや、ちゃんと戦えるって。そう、クロスボウならね!」
「クロスボウ?・・・ああ、威力にステータスが関係ない」
「そうそう。武器の元々の威力が高いから、十分戦えんだよ」
「ふーん・・見せて」
「クロスボウか?いいぞ」
エイムシューターのデータをウィンドウに出して、ダートのほうへ向ける。ウィンドウを見たダートはしばらく固まり、
「何これ・・・チート?」
「違うっつの、ちゃんとした人に作ってもらったんだよ」
「・・・紹介してほしい」
「そうだなー...。俺とパーティーを組んでくれたら、紹介してもいいぞ」
「むう...」
俺をジトっと睨むダート。元々乗り気じゃなかったし、ちょっと厳しいかな。
「悪いことばかりじゃないぞ。情報を共有できるし、俺は遠距離、お前は近距離、何より同じ極振り同士だ。うまくサポート出来るんじゃないか?」
「・・・はあ、分かった。パーティーを組む。・・・その代わり、絶対その製作者を紹介して」
「了解。んじゃ、さっそく組んじゃうか」
こうして俺は、ソロからコンビへとなったのだった。極振ってる人が見つかって良かった...。