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少年は蹴り続ける


再び南の通りに向かい、ハマン裁縫屋を見つけて中に入る。カウンターに座っていたハマンさんは俺を見ると、


「ああ、戻って来たね。ええっと、名前は?」

「あ、テルです。用事が終ったんで戻ってきました」

「テル君だね。改めて聞くけど、僕の道場に入りたいってことでいいのかな?」

「はい、そうですけど。でも、何であんなとこにつくったんですか?誰も来ませんよ」

「いやー、ひっそりと佇む小さな道場ってかっこいいなーって思ってたから...」


まあ、その気持ちは分かるけど。


「本当は新しく道場を建てるお金がなかったから、裏の余ってたスペースを改造しただけなんだ」

「そうなんすか...。それで蹴術とありましたけど、どんなもんなんですか?蹴りだとは分かるんですけど...」

「んと、僕が君に教えようとしてるのは、生産者のための武術なんだ」


生産者のための?俺は戦闘者だけど、大丈夫なのか?


「生産者ってのは、戦闘手段を持たない人が大多数だ。そんな人たちが使えるような、力を必要としない武術を編み出すことに成功したんだ」

「生産者のための武術なら、なんで蹴りなんですか。生産は腕を使うでしょう」

「だからだよ。僕たちにとって、腕は商売道具。怪我をする訳にはいかないよ」


海のコックさんみたいだな...。


「そういう訳なんだけど、蹴りを使える人なんてそうはいなくてね...。全く入門者も現れないし店を大きくしたいしで、もう潰そうかなって思ってた時に君が来たんだ」

「そうだったんですか...。タイミング、悪かったかもですね...」

「いや、そんなことはないよ!君が僕の考えた武術を使えるようになれば、それは君に伝わるんだ。忘れられて廃れるより、何倍もいいよ」


まあ、君が最初で最後の弟子だろうけどね、とハマンさんは笑った。その顔はとても嬉しそうだがどこか悲しそうで、俺は何にも言えなくなってしまった。

そんな俺の目の前に、突然一つのウィンドウが現れる。そこには、


『クエスト発生!ハマンから教わる蹴術を習得せよ』


と書かれていた。え?クエストって、強制なの?


「ん、どうかした?トイレ?」

「え、あ、はいそうです。ちょっと席を外しますね」

「じゃあ、その間に僕も用意をしてようかな。あ、トイレはそこの廊下をまっすぐ進んだ角だから」

「はい」


廊下を歩きながら、ウィンドウの詳細というところをタップする。もう一つのウィンドウが開き、このクエストについて書かれている。


『内容 ハマンから武術を教わり、免許皆伝を受けろ。

 成功条件 上記

 失敗条件 本人が諦めたら

 報酬 装備品                 』


初クエストは強制か。ま、元からやろうとしてたことだから、問題はないか。


ウィンドウを消して、ハマンさんのところに戻る。俺たちが話してた部屋、訓練場らしきところには、さっきまでなかった藁に包まれた木の棒が立っていた。居合い切りとかで使われるようなやつだ。


「戻って来たね。それじゃあ、説明に移るよ」

「よろしくお願いします」

「うん、よろしくね。えーまず、僕の考えた武術には力は必要ありません。むしろ邪魔です。必要なのは、蹴りをピンポイントでヒットさせられるくらいの器用さです」


Strではなく、Dexを必要とするのか。いいぞ、ぴったりだ。


「そこんとこは大丈夫かな?見た感じじゃ、生産者じゃないっぽいけど...」

「大丈夫です。器用さには自信があるんで」

「なら続けるよ。この武術は対人用で、基本的に相手の膝を蹴ります。膝を壊してしまえば、大体の人は行動出来なくなります」

「膝いか蹴らないんですか?」

「基本的にはね。ちょっと見てて」


木と藁で出来た的の前に立つハマンさん。そのまま軽く構えると、膝から下がぼんやりと光る膜のようなものに包まれる。


「はぁ!」


思った以上に速く、的に蹴りを入れるハマンさん。そのまま数回、連続で蹴り続ける。ってあの人、ほとんど身体がブレてないし、ほとんど同じところを蹴ってんじゃん!Dexが高いとあんなことが出来るのか...。


「とまあ、こんな感じだよ。コツは、簡単なことだけど腰で蹴ること。腰の動き+脚の筋力+敵の脆い場所が合わさって、相手にダメージを与えることができるんだ」

「あんまりダメージは大きくなさそうですね」


俺の場合は、システムアシストもつくからまだマシかな。


「レベルが上がれば、強くなっていく・・・はず。さっき蹴ってた時、僕の脚は光る膜に包まれてたよね?」

「はい。あれってアーツなんですか?」

「そうだよ。ちょっと特殊なんだけど...。まあ、習得できたときに説明するね。今はひたすら、反復練習だね。まずはここを蹴って」


さっきまで自分が蹴っていたところを指差す。蹴ればレベルが上がるのかも。


「早ければ今日中にも、脚が光り出すと思う。まずはそれを目指して頑張って!」

「分かりました、頑張ってみます!」


試射は明日になっちゃいそうだけど、まあいいか。あれがアーツなら、蹴りのレベルを10まで上げりゃあいいんだろう。やるだけやってみよう。






ひたすら棒を蹴り続けること数時間。蹴り方のコツが分かってきて、ほとんど身体がブレないで蹴れるようになってきた。あれだ、身体の中心に軸があるように考えるんだ。軸を曲げないように、軸自体を傾けてコントロールする感じだな。


あ、あともう一個発見。物にも急所があるみたいだ。棒の真ん中に、ちっちゃな赤い点があった。ハマンさんの頭と首、胸にも同じものがあったし、多分あれが急所なんだろう。つーか、やっぱ人間って弱点が多いんだな。


そうしてついに、蹴りのレベルが10になった。勝手に膝から下が光り出す。よっし、これでクエストは成功だな。


「どおー、出来たー?って、もう出来てる!?」

「いや、ハマンさんが出来てるか聞いたんでしょう...」

「まさか出来るなんて思ってなかったんだよ...。いや、一心不乱にやれば出来なくもなさそうだけど...」

「一心不乱にやりましたよ。じゃあ、アーツについての説明をお願いします」

「あ、ああ...。いや、でも本当に出来るなんて...」


まあ、Dex極振りですし。効率よく頑張りましたから。


「特殊っていっても、そんな大したことじゃないよ。必殺技みたいなものじゃなくて、強化技みたいな感じっていえばいいのかな」

「強化技、ですか?」

「うん。あの技は膝から下を魔力で包むものなんだ。魔力は脚の防御とか攻撃にも使える。触ると怪我するからね。火のついた棒みたいなものだよ」

「へぇー、すごいですね。他にもあるんですか?」

「ううん、それだけしかないよ。レベルが上がれば、だんだんそのアーツが強くなっていく・・・はず」

「そうなんですか...。ハマンさんはどんくらい出来るんですか?」

「ははは...。恥ずかしながら、あまり鍛えてなくてね...。これが精一杯だよ」


あ、そうなんだ...。じゃあ、教えてもらえるのはここまでだな。毎日仕事もあるだろうし、色々大変なんだろうな...。


「だから、君には本当に期待しているんだ。僕の考えた武術が、どんなふうに成長するのか。想像しただけでワクワクするよ!」

「そうっすか。期待に沿えるよう、出来るだけ頑張ってみますよ」

「頼んだよ!そのお礼ってわけじゃないんだけど、とりあえず最後まで修めた記念として、服を作ってきたよ!」


そう言って、腰のポーチから畳まれた服一式を取り出す。俺たちがアイテムをしまっている、イベントリみたいな物だな。


「サイズは合ってると思うけど微調整がしたいから、着てきてくれるかな?」

「いいですよ。けど、こんな立派な服をもらっちゃっていいんですか?けっこう高そうですけど」

「心配しなくても平気だよ。そこんところもちゃんと考えてあるし、初めての入門者なんだから。ちょっとくらい、師範代らしいことをさせてよ」

「・・・じゃあ、お言葉に甘えて頂きますね。着替えてきます」


『クエスト完了! ハマン流蹴術を習得した! 蹴りのアーツが、ハマン流蹴術に変更されます!』






着替え方が分からなかったり、メニューを開いてからステータスのところで装備を変更している途中に、クエスト完了のウィンドウが別に開いてビクゥ!となったりしたけれど、ちゃんと着替えることが出来た。着替え一つでここまで苦労するとは思わなかったよ...。


「おー、似合ってる似合ってる。カッコいいよ!」


ハマンさんがくれた服は、インナーの黒いTシャツとアウターのジャケット、ジーンズのようなパンツとゴツイブーツをくれた。パッと見だと、どこぞのレンジャーだな。戦隊モノじゃないほうの。

ジャケットは迷彩柄で、カモフラージュ効果があるみたいだ。全て体にピッタリだったのでビックリした。


「俺の体のサイズ、知ってたんですか?」

「いや、見ただけだよ。男性なら、それだけでもけっこう分かるんだ」


さすがプロは違うな...。胸のサイズを見ただけでわかるってキャラみたいだ。


「じゃあ最後に、服のステータスを決めちゃおうか。何にする?」

「え、どういうことですか?防御値が上がるんじゃないんですか?」

「鎧とかはそうだけど、服は違うんだ。服は防御値がないかわりに、ステータスを強化できるんだよ。StrとかIntとか」

「そうなんですか...。じゃあ、全部Dexにしてください」

「え、全部?本当にいいのかい?」

「構いません。やっちゃってください」

「わかった、Dexに全部だね」


ハマンさんはウィンドウを開いて、しばらくポチポチやり、


「はい、出来たよ。確認するかい?」

「後で見ておきますよ。本当にありがとうございます」

「いいってのに...。・・・なら、一つ頼みごとをしてもいいかな?」

「はい、何ですか?」

「アーツが強くなったら、見せに来てほしいんだ。いいかい?」

「もちろんです!一番に見せに行きますよ!」

「それで十分さ。その装備を存分に活用してくれ」

「はい!」


こうして俺は、新しい防具とアーツを覚えたのだった。明日はクロスボウの試射と、アーツの確認にでもいこうかね。






「孝昭さん、調子はどうですか?」


ログアウトして夕食を終えた後、仁美が様子を尋ねにきた。初日以来、一緒にやってなかったから、別れた後のことが聞きたいのだろう。俺も聞きたかったから、ちょうど良かった。


「まあまあかな。武器と防具両方一新できたから、もっと森の深いとこまで行ってみたいな」

「森ってエントの森ってことですか?もうすぐボスが見つかるみたいですよ」

「へえ、ボス。どんなモンスターなんだ?」

「たしかエルダーエントっていう、エントのでっかい版みたいな奴です。動かないそうですから、孝昭さんにとってはやりやすい相手ですね」

「まあ、動かれるよりはいいな。そっちは南の平原に行ってるのか?」

「そうですね、今は南に行ってます。そのうち、北にも行ってみたいですね」


南は平原なのか。見晴らしが良いと隠れる場所がないから大変だ。


「こっちもそろそろボスが見つかるらしいんです。早く倒しに行きたいなぁ...」

「それにしても、開始三日でボスが見つかりそうなんて、随分早いんだね」

「βテストと地形があまり変わってなかったので、探索も簡単だったらしいですよ。パーティーの子が言ってました」

「あ、パーティー組んだんだ。兄貴と?」

「違いますよー。学校の友達と、CNWで募集したんです。街にある掲示板に色々のってるんです。ボスは一人ではまだ無理でしょうし、募集でもしてみたらどうですか?」

「そうだな。・・・まあ、極振ってる奴とパーティーを組む奴がいるとは思えないけどな」

「ははは...。でも、そんな人もいるかもしれませんよ?見るだけ見てみたらどうですか?」

「うーん、やっぱボスは一人じゃ辛いし...。考えとくよ」


しばらく二人でテレビを見ながら話していると、兄貴も話に混ざってきた。


「お、二人で何話してんだ?」

「平原について聞いてる。行ったことがないんだ」

「そういえば、クロスボウの素材集めに北の森に行ってんだったな。良い武器は出来たか?」

「うん、今度見せるよ。それで全部なの?」

「モンスターはあれで全部です。他には・・・あ、採掘できる場所がありますよ」

「今は必要ないかな。防具も手に入れたし」

「へえ、武器を買ったばかりなのにか?クエストでもクリアしたのか?」

「ちょっとね。明日あたりにボスが見つかるなら、早めにアーツに慣れないとな」


まだクロスボウのアーツすら、使ったことがないんだよな。礼二と義子が張り切って、俺は援護と索敵しかしてなかったし...。


「ボスかぁ...。一緒に倒すか?まだパーティーに空きはあるし」

「兄さんもパーティー組んだんだ。中で募集したの?」

「ああ、まだ俺を入れて四人しかいないがな。どうだ、やってみないか?」

「自分で探してみて、どこにも入れなかったら入れてもらうよ」

「そうか。ま、自分で探すのが一番だ。頑張れよ」

「兄貴と仁美もね」

「ありがと、孝昭さん」


二人との距離も、順調に縮まってるな。やっぱりゲームはいいコミュニケーションツールだ。






「良かった、ちゃんと孝昭さんとCNWにことを話せた...」


部屋に戻った仁美は、一人胸をなでおろす。今一番の悩み、自分がオタクだってことをいつ孝昭に話すか、に解決の目処がたってきたからだ。


親が再婚し相手と同居を始めてからまだ日は浅いが、少しは仁美もアプローチをかけていた。孝昭と一緒にノートPCを見たとき、最小化した2ちゃんまとめサイトをおいといたり、着メロを流行のアニメのOPにしたりと。さりげなく孝昭の反応を確認してたのだ。


「オタクに対する偏見もないみたいだし...。これなら、言っても平気かも」


孝昭もオタクなのだから当たり前だ。仁美も孝昭も、お互いがそうだとは知らないのだが。


「でも、いきなり豹変したら、さすがに引くよね...。ちょっとずつ出していこっか」


別に保管していた漫画を、本棚に置いていく仁美。いつか義理の兄に、好きな漫画やアニメを見せることを想像しながら。


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