少年は本戦で戦う その3
「ふう、やっと上がれたわ...」
「重かったよー、ハイリアさん...。お姉ちゃんと同じくらい」
「装備は、断然ハイリアのほうが軽いのにね。どこにそんな重さがあるんだが...」
「絶対胸ね」
「お姉ちゃんの装備分、胸の重さがあるってことなんだねー。お姉ちゃん、ぺったんこだからなー」
「ぺ、ぺったんこ言うな!胸なんて脂肪の塊だ、贅肉だ!」
「ホントそうですよ!そんなにデカくて、何になるっていうんですか!」
「何って・・・浮き袋?」
「浮くのか!?浮くんだな!」
「そんな、気にするほどのことじゃないと思うけどねー。ねえ、フレア」
「私はこれからですから!」
「そんなことより、テルたちの方はどうなってるの?壁が邪魔で見えないわよ」
「何なんでしょうか、これ」
「多分、土魔法で作られた奴よ。ほら、個人戦で勇者が斬り飛ばしてたやつ」
「それじゃあ、壊してしまいましょう。ビスカ、セイレン、頼みます」
「了解」
「任された」
それぞれの武器で、ドカドカ壁を殴っていく。段々と削れていき、ついに穴が開いた。そこに武器を突っ込んで、一気に壁が崩れた。
壁の先には、一方的な戦闘の光景が広がっていた。後衛は既に全員倒され、前衛2人が残っているのみだ。片方は大剣で相手を寄せ付けないように、もう片方は攻撃を槍で受け流しながら、時間を稼ぐように戦っている。HPポーションで回復しているが、もう残り少ないようで、残り3割を切っている。
「兄さん、大丈夫!?」
「大丈夫じゃない!早く援護に回ってくれ!」
「もうポーションは残ってない!早くしないと負けちまう!」
「アルン、いくわよ!まずは後衛の回復役を叩く!」
「フルンさんですね!ビスカ、後衛のガードは任せたよ!」
「ああ!」
アルンたちが飛び出したその時、上から鋭い矢が飛んできてハイリアの首に突き刺さった。HPが一瞬で砕け散り、ハイリアが倒れる。
「ハイリア!?」
「そんな、どこから!?」
「・・・バリスタにテルがいない。あいつね!」
「私もいるぞ!」
今度は火の玉が降り注ぎ、アルンたちを焼き焦がす。直撃はしなかったものの、爆発の熱風でHPバーが大きく削れる。
「その家って、登ることが出来るんですか!?」
「おう、出来るぞ。登るのは大変だったけど」
「Str0なのに、どうやって?」
「中の階段から上がれた。屋上には、窓から出てよじ登ったよ」
「落ちたら落下ダメージで死ぬからな、気を使った」
「フェルト、魔法を!」
「今詠唱してる!ビスカ、盾になって!」
「分かった!」
ビスカがフェルトの前に立ちはだかる。これで、屋上からテルは攻撃できないだろう。
「アルン、あっちに攻撃を!フルンは私が」
「させないよ」
空から幾本もの矢が降り注ぎ、全員の体に突き刺さる。
「ふう、MPがきっついな...。自然回復には期待できないし」
「でも、今ので相手の後衛は全員倒したぞ。後は、ダートが戻ってくるのを待つだけだな」
「その前に、テルさんたちは倒すよ!」
地上から、アルンが刀を振りぬくと、斬撃が飛んでいきテルたちを襲う。ルージュの手を取り、ステップで後退するテル。
「うお!?危ね!フォレグ!」
「呼ばれて飛び出て、僕だよー!」
クライドたちで戦っていたフォレグが、一瞬でアルンたちのほうへ突っ込んでくる。アルンを蹴っ飛ばし、その勢いで体勢を整える。
「テルさん、大丈夫!?」
「何とかな!そっちはどんな感じだ!?」
「もうすぐで終わるよ!ちょっと時間を稼がなきゃね!」
「そうだな!ルージュ、詠唱は後どんくらいだ!?」
「もう終わる・・・うし、いけるぞ!」
「んじゃ、俺も!」
ルージュが再び火の玉で爆撃し、それを受け止めたビスカをフォレグが吹き飛ばす。避けたフレアは、テルが撃った矢で足を縫い付けられる。ビスカを攻撃してたはずのフォレグが、即座に方向を転換しフレアを襲う。
「ちょ、速すぎですよぉ!」
「それくらいしか、取り柄がないからね!」
アルンたちがフォレグを攻撃しようとするが、スピードについていけていない。いいように翻弄され、たまに吹き飛ばされている。
「もう、全然攻撃が当たらないよ!」
「どうするんだ、アルン!?クライドさんたちも全滅してるみたいだし、引いた方がいいんじゃないか!?」
「ハイリアとフェルトがやられちゃったんだから、引いたところで勝てないよ!出来るだけダメージを与えよう!」
「いや、降参してくれよ!頑張って優勝してね!って言ってくれよ!」
「そこまであきらめは悪くないんだよ!」
「性格も良くないんだよ!」
「嫌がらせるぞ!」
「まったく・・・フォレグ、向こうは?」
「ちょうど倒したみたいだね」
「よし、ダート!」
「ん!」
空からダートが落ちてきて、そのまま地面に剣を叩きつける。ドゴォォォォン!と地面が放射状にひび割れ、衝撃波と爆風が発生。アルンたち全員が吹き飛ばされる。
「が、頑張ってくださいねー!」
「私の仇をとってくださーい!」
吹き飛ばされ様、そう叫びながらアルンたちはやられていった。
「ナイス、ダート!まさにメテオストライクだったな。タイミングもピッタリだ!」
「ん・・・期待に沿えてよかった」
「しかし、こんな所から攻撃するなんてよく思いついたなー」
「登れそうだったから試してみたんだけど・・・上手くいってよかったよ。俺たちがいなくても、兄貴たちを倒せるみたいだったし」
「まあ、2人くらいなら私たちが出る幕はないしな。・・・それより、早く降りようぜ」
「そうだな」
屋上から降りて、シルバたちの方へと向かう。兄貴たち2人とセイレンを丸投げにしてしまったのだが・・・大丈夫だったな。
「セイレンはどうだった?」
「中々の攻撃だったぞ!狂化系のスキルを使ってたから、威力も段違いだったしな!フルンの妨害なければ、もう少し時間がかかってたかもしれん」
「へー、フルンが妨害をねー」
「一応、風の妨害魔法を取っていたので。上手く麻痺ってくれてよかったです」
「ん・・・ナイスアシスト」
これで、残っているパーティーは2つだけだろう。俺たちと、どこか1つだ。・・・まあ、恐らく勇者たちだろうけどな。
「さて、これからどうしましょうかね」
「どうするもこうするも・・・倒しにいくしかないんじゃ?」
「それはそうんだが、どこで戦うかも重要だろ?ダート、勇者とサシで戦ったら、勝てるか?」
「・・・難しい。アーツはかわさないと死ぬ・・・避けるのも大変」
「武器で受けても、威力は殺しきれないか?」
「ん・・・受け流せばいいけど、やっぱり難しい」
「そうか・・・ダートでも無理か。シルバはどうだ?どのくらい持たせられる?」
「そうだなー・・・回復なしと仮定したら、まあ十数分が限界かな」
「マジか!?」
「ああ、大マジだ。正直、あのアーツは受け流してもダメージが入ると思う。多分、瞬間火力はダートより上だぞ」
「うわー、勇者半端じゃないな」
「ですねー。伊達に勇者と呼ばれてませんね」
まだ手合わせもしてないのにな...。それに、他のメンバーも知らない。優勝は難しいか?
「・・・でもプレイヤーズスキルでなら勝ってる。あいつも何かしらやってるみたいだけど・・・その技術でなら私の方が」
「実際に戦ってみるまでは、何とも言えないってことか?」
「ん・・・難しいとは思うけど」
まだ諦めるには早いってことだな。
「俺も、回復があればもっと保たせられるぞ。そう簡単に負ける気はない」
「んじゃ、いっちょ気張っていきましょうか。MPは大丈夫か?」
「1本もらうぞ」
「私も1本」
「俺ももらおうかな。1本は残しときたいから、2本もらおうかな」
「HPポーション、使っちゃうぞ。MPは温存するんだろ?」
「ああ。戦闘になったら、全力でやってもらうけどな」
「当ったり前よ!全力で魔法を放ってやるぜ!」
全員のHP・MPを回復してから、相手の位置を確認する。兄貴とアルンパーティーを戦っている間に、残った2つのパーティーも戦っていたみたいだ。草原に1つだけ、パーティーが残っている。
「やっぱり、ここで迎え撃つの?罠を仕掛けたほうがいい?」
「んー、どうしようかな...。看破スキルで見破られちゃうんだろ」
「そうらしいよ。アルンさんたちは分かんなかったみたいだけど・・・次はどうかな...」
「多分通用しないだろうな。仕掛けるだけ無駄だろう」
「とりあえず、こっちから行くか迎え撃つか、決めなきゃな。どうする?バリスタは回収しちゃばいいし、気にしなくていい」
迎え撃つならば、対応は今までと変わらない。兄貴たちにやったようにするだけだ。もしこちらから仕掛けるとしたら、出来るだけ早くに決めないと。バリスタを回収するのもあるけど、戦いやすい場所を選ばないといけないからな。
「そうだな・・・私は、迎え撃ったほうがいいと思う。何だかんだでこれが1番安定してるし、慣れてるほうで戦ったほうが勝てる可能性が高いだろ」
「俺もここの方がいいな。あんまり広すぎると、防御しきれないだろうからな」
「僕は仕掛けたほうがいいと思うよ!やっぱり、ここじゃちょっと狭いからね」
「迎え撃ったほうがいい・・・やっぱり、剣が振り辛い」
「私はどちらでもいいです。やることに影響は出ませんし」
「2対2か...。攻撃面から見たら迎え撃ったほうが良くて、防御面から見たら待ち受けたほうが良いって感じだな」
どちらにするべきか...。攻撃は大切だけど、後衛がやられたら支援出来なくなっちゃうし...。うーん、悩ましい。
「テルはどっちがいいんだ?」
「そうだな・・・広い場所なら多角的に攻撃できるけど、その分相手にも狙われやすい。狭所ならその逆だ。攻撃を取るか防御をとるか・・・二択だな」
「早くしないと、相手が来るぞ。仕掛けるなら早くしないと」
「分かってる・・・よし、俺はここで迎え撃つのに1票だ!」
「・・・根拠は?」
「攻撃も大切だけど、防御が成り立ってこその攻撃だからな。まずは防御をしっかりと固めて、その上で攻撃する。ダートとフォレグは戦い辛いと思うけど...」
「まあ、しょうがないよ。それは相手も同じだからね」
「むしろ、慣れてる私たちの方が有利・・・謝る必要はない」
「ありがと。そんじゃ、さっさと準備するぞ!恐らく、今までで最強の相手だ。気合入れていくぞ!」
「「「「「おー!」」」」」
諸々の準備を終えて、勇者パーティーがやって来るのを待つ。気分はさながら、魔王の側近だな。中ボスあたりの。
準備といっても、バリスタを回収してクロスボウを装備し陣形の確認を行い、ちょっと仕込みをしてから相手の情報を教えてもらっただけだ。勇者パーティーは、やはり前衛3後衛3のオーソドックスなパーティーであり、前衛は勇者・女騎士みたいな奴・刺尖剣を使う軽装のプレイヤーで、後衛も弓と攻撃・回復魔法使いらしい。まあ、こいつらに限っていえばピッタリだよな。いかにも『勇者パーティー』って感じがする。勇者が特別扱いされているけど、他のメンバーも前線組なので相当強いのだろう。兄貴たちやアルン並だと思っておこう。
そして、幾ら待っても動かない俺たちを見て、ようやく勇者たちが廃村へとやってきた。
「待たせたみたいだね」
「ああ、待ったな。いつまでも来ないから、こっちから行こうかと思ってたぞ」
「よく言うわ、最初からずっとここにいたくせに。まあ、かなりのパーティーを倒しているみたいだし?実力はあるみたいね」
「それでも、セイには敵わないがな」
「勝負はやってみるまで分からなもんだ」
「ふーん・・・入り口に罠を仕掛けてるくせに、よく言うよ」
「罠?そんなものがあるんですね...」
「どこにある、私が壊そう」
女騎士っぽい人が、入り口に設置しておいた罠を壊していく。
「このような卑怯なやり口・・・今までも、こんな風に勝ってきたんじゃないのか?」
「しょせん、そんなものですわ。これなら、私たちの敵じゃありませんわね」
「まあまあ、こういう駆け引きも実力の内だよ。卑怯なんじゃなくて、れっきとした戦略だよ」
「まったく、セイは・・・甘すぎるぞ。・・・まあ、そこがいいんだが」
「ん、何か言った?」
「い、いいや!何でもないぞ!?」
勇者らしく、見事な難聴ぶりを発揮している。あそこまでいくと、病院に行ったほうがいいんじゃないか?
「もう罠はありませんよね?」
「うん、ないよ。でも、相手は5人しかいないね」
「どうせ、やられてしまったんですわよ。実力がない証拠ですわ」
「期待しただけ、無駄だったみたいね」
「油断してると、足元を掬われるよ。どんな相手でも、気を引き締めていかないと」
「そ、そうですわね!セイの言う通りですわ!」
「ったく、調子がいいんだから...」
「何か言いまして?」
「別に」
あのパーティーの中でも、いろいろあるみたいだな...。1人の男を巡って、争っているわけだし。
「ははは、さらに待たせちゃったね。そろそろやろうか」
「おう、いつでも来い」
「それじゃ・・・遠慮なく行かせてもらうよ!」
勇者の足元が爆発し、シルバとの距離を一気に詰める。斬りかかろうとしたその時、目の前から飛来した矢が顔に直撃し、入り口近くにまで吹き飛ばされた。
「「「「「セイっ!?」」」」」
さあて、試合開始だ