少年は森深部のボスと戦う
耳を澄ませながら、森の中を歩いていく。体の調子はいつも通りなはずなのに、耳に蜂の羽音がこびりついていて、ブブブブブと鳴り続けている。集中出来ないこの上ない、これも蜂の攻撃の一種なのか?耳鳴りの人の気持ちが、少し分かるような気がするよ...。
「・・・さん、テルさん!」
「うえ!?ど、どうかした!?」
「索敵に敵が引っかかったから、カマキリか蜂か教えてもらいたいんだけど...」
「了解、ちょっと待っててな」
雑音に気を取られ、敵の音を拾うのを忘れてしまうこともある。くっそ、本当にどうしてんだ、俺...。
今のように、誰かに声をかけられたりしたら、雑音はピタっと止む。気になるのは、一人で集中している時だけだ。
「・・・羽音はするけど小さめだから、二種類混ざってるんだと思う。索敵には、どういう風に映っているんだ?」
「えっと、二団体に別れてるね。速い方が蜂かな?」
「多分な。一応、罠を仕掛けておいてくれ」
「了解!」
フォレグが罠を設置していくのを見ながら、クロスボウを構え直す。はあ、何が原因で集中が乱れてるんだろうね...。
スタミナが切れてしまったため、一旦セーフティーエリアまで戻る。露店で売っていたハンバーガーみたいなやつを、アイテムボックスから出して皆に渡す。後で金をもらっとかなきゃな。
「いつも思うんですけど、テルさんってどこでこういう食べ物を買ってるんですか?プレイヤーが作っているもののようですし...」
「クレセントとかエルフィ、大体どこの街でも店があるぞ」
「けど、全然見ないぞ。どこらへんにあるんだ?」
そんなことも知らなかったのか...。今度からは、自分で買わせるようにしようかな。
「クレセントだったら、南門に向かう通りに店が沢山出てるぞ。行ったことあるか?」
「最近はないですねー。前はたまに行ってたんですけど、最近はずっと北にしか行ってませんからね」
「武器を売っている露店も、東に集中しているからな」
「まあそうだよな。ドワールに行くにしても、もうゲートを使えるし」
あまり行かないよな、南の方は。俺もハマンさんの店が無かったら、多分行っていないだろうし。
もぐもぐとハンバーガーを食べる。リアルの食事ではないのに、何故か食欲が出ない。スタミナを回復させなきゃいけないのに...。
飲み込んでからため息を吐く。仁美には関係ないとか言われるし、何か調子も悪いし、いいことなしだな。戦闘でも、狙いをつけるのが遅れて迷惑をかけちゃったし...。
「テル、隣いいか?」
もう食べ終わったのか、シルバが俺の隣に腰掛ける。何か用事かな?
「どうした、シルバ」
「いや、別に大した用事じゃないんだが...。今日は調子悪そうだなー、って思ったわけだ」
「少しな。蜂の羽音が気になっちゃて」
「そうか...。まあ、聞いてて気持ちいい音ではないよな」
シルバもそう思うのか...。意外だな、てっきり喜んでいるものだとばかり思ってたけど。
「気持ちよくないのか?」
「何と言うか・・・あれだ、生理的に無理ってやつだ。昔刺されちゃって、それ以来どうも苦手でなー」
ダートと同じか。そんな素振りを見せないのは、さすが大人といったところか。
「というか、調子が悪いなら言ってくれよ。フォローしようがないだろ」
「余計な心配はかけたくなかったからな。すぐに良くなるって考えてたし」
「そうか。まあ、今度からはちゃんと言えよ。気合い入れて敵を止めてやるから。たまには年上を頼れよ」
「・・・年上って感じはしないけどな」
「ははは、それもそうか」
無理してやっても、楽しくなければ意味ないしな...。カマキリはルージュたちに任せて、蜂は俺が倒すってことにしてもらおうか。
そんなこんなで何とか探索を続けること、およそ1〜2時間ほど。ようやく森深部のボス部屋を発見した。マップでいうと左上の隅っこ、本当に最奥だな...。
俺たちが来た時には、人はいなかった。まだ誰も来ていないのか、すでに部屋に入ってしまったのか、後で掲示板で確認しとこうかな。
「MPが回復してないやつはいるか?」
「あと十分くらいで全快するんだけど...。ポーションで回復しちまうか?」
「いや、そんくらいなら待った方がいいだろうな。んじゃ、ルージュのMPが全快し次第、ボス部屋に突入するぞ。それまで休憩!」
そこら中にある倒木に座り、スキルの成長具合をチェックする。どれも昨日より、1レベルほど成長していた。これなら、クロスボウのレベルが30になるのに、そこまで時間はかからないと思う。
「そうだ、フォレグ!ちょっと来て!」
「はいはーい。何ですかー、テルさーん?」
「罠のレベルは上がったか?10までは、かなり上がりやすいと思うんだけど...」
基本的にボスはデカい、普通の罠じゃ全然ダメージは入らないし、動きを止めることも出来ないだろう。アーツが使えれば、多少は攻撃にも参加出来ると思うんだけど...。
「えっと、ちょうどさっきレベル10になって、アーツが使えるようになったよ!『大型モンスター用罠』ってやつで、使う罠のサイズが大きくなるみたい。MP消費は少なめで、再使用時間も短いよ!」
ってことは、一個あたりのダメージには期待しないほうが良さそうだ。妨害に徹してもらうかな。
「そんなら、フォレグは罠でボスを邪魔してくれ。・・・使い捨ての罠も、アーツで大きく出来るのか?」
「ちょっと待ってて・・・出来ますよ。でも、どのくらい大きくなるかは、相手の大きさに比例するみたい。だから、相手がすっぽり収まっちゃうくらいにはならないと思う」
「いや、落とし穴じゃない。埋め火だ」
「・・・あー、どうなんだろ。大きくなったら、火薬の量も増えるのかな?」
そうだとしたら、中々使い辛い代物になりそうだな。ダメージは入らないけれど、爆風で吹っ飛ばされちゃうし。ダメージは大きそうなんだけどなー。
「まあ、気を見て使ってくれ。タイミングはフォレグに任せる」
「了解、任せといて!」
「テル、MP全快したぞ!」
「皆、準備は出来てるか!?」
「はい!」
「おう、何時でもいいぜ!」
「もちろん!」
「ん」
「よし、それなら行くぞ!」
扉を開けて中に入ると、眩しい光が俺たちを照らす。光が止んだと思うと、大きくブブブブという音が幾重にも重なって聞こえてくる。目を開けた俺たちの前に広がっていたのは、
「「「「「カチカチカチ...」」」」」
「・・・Oh」
多くの蜂たちが待ち構えていて、顎を鳴らして威嚇している。一番奥にいる、頭に王冠っぽい部位を持っている特別大きい個体、が本命のボスのようだ。HPバーは二本、ゴブリンキングみたいに一体じゃそんなに強くないけど、仲間と連携してきたら強い、って感じのタイプだな。しかも蜂、攻撃が当たれば倒せるものの、細かく動き回られて中々当たらない。女王蜂がいるってことは、配下の働き蜂の能力を上げる能力くらい、持っているだろう。中々厄介な組み合わせだな...。しかも、
「・・・」ぷるぷるぷる
今まで散々嫌いな蜂と戦ってきて、そろそろ限界なのだろうか。いつものクールな雰囲気とは打って変わって、怯えたチワワみたいになっている。ちょっと涙ぐんでいる。
「ダートさん、大丈夫ですか?」
「ん・・・さっさと倒して終らせる」
ダートが可哀想だ、早く終らせちまおう。カマキリを任せたからか、今なら集中できそうだからな。
シルバが前に出ると、四方八方から蜂たちが襲いかかってくる。取り巻きの蜂には、強者の風格の効果が適用されているらしく、妙に数が多い。これなら全く問題は無いのだけれど...。
「ガチガチガチ!」
女王蜂が大きく顎を鳴らすと、取り巻きたちの体が赤い光に覆われる。黄と黒の縞模様とあわせると、何とも凶悪な外見だ。何か目も赤くなってるし。
どうやら、それが取り巻きのステータスを上げるものだったようで、その後の蜂の動きが目に見えて良くなった。まあ、こんくらいならまだまだ射抜ける。
「おおおあああ!?」
急に辺りが強くなり、シルバのHPの減りが早くなっていく。ステータス全般を上げるのか...。面倒だな。
シルバが蜂玉に包まれたようになっている、スズメバチっぽいのに。あぶれた蜂たちは、しばらく蜂玉の周りをうろうろしていたと思ったら、突然俺たちに向かって飛んできた。ちょ、何で!?
慌てて矢で射落とすものの、他の蜂たちも続々とやってくる。やばいぞ、早くあの蜂たちを引っ剝がして、シルバに挑発を使わせないと!
「フォレグ、予定変更だ。シルバの近くに埋め火を仕掛けられるか?」
「出来るけど、兄ちゃんも巻き込まれちゃうよ」
「それでいいんだ、ダメージはあまり入らないからな。爆風で一気に蜂を吹き飛ばすぞ、このままじゃこっちがやられちまう」
「分かった!」
飛来する蜂を打ち払い、出来た隙間をフォレグが突っ走っていく。あっという間にフォレグの側に走り寄り、埋め火を設置する。
「シルバ、地雷で蜂をお前ごと吹っ飛ばす、歯ぁ食いしばれ!ダートは離れて!」
「え!?ちょ、ま」
「テルさん、いけるよ!」
「おっけ!」
フィレグが罠を仕掛けた辺りに矢を撃ち込むと、大爆発が巻き起こり蜂玉が炎に包まれ吹っ飛ぶ。地面をゴロゴロと転がっていくシルバ入り蜂玉。5mくらい進んだとところでようやく止まり、よろよろシルバが立ち上がる。蜂はダメージが大きいようで、ボロボロと地面に落ちている。
「あー...。いくらダメージが少ないっつっても、今のは酷すぎるだろ...」
「「「「「いいからさっさと挑発を使って!」」」」」
埋め火を設置している間にも、残った蜂たちは後衛を襲っている。ダートが戻ってきて少しは楽になったけど、早くしてくれないとやられそうだ。
「え?って、何かすごい集まってんな!?」
「だから、早くしてくれ!」
「わ、分かった。てめぇら、お前たちの相手は俺だー!!!」
ぎらっとシルバを睨みつけ、一斉に飛んでいく蜂たち。ふう、何とかやり過ごせたか。こりゃ、さっさとボスを倒さないとキツそうだな。
「ルージュ、お前はボスだけ狙え!取り巻きは俺たちに任せろ!」
「分かった!速攻だな!」
「そういうこと!」
長期戦だと、数が多いボスに軍配が上がる。短期決戦で仕留めたい。
ルージュが女王蜂に向けて魔法を放つ。が、魔法の軌道に取り巻きたちが集まって壁となり、代わりに魔法を受け止める。挑発より、女王蜂に対する攻撃のほうが、優先度が上なのか!そんなら、
「ルージュ、一旦攻撃を止めて。ダート、試しに攻撃してみてくれ」
「ん...」
ダートがボスに斬り掛かるが、デカい図体の割に動きは素早い、腐っても蜂だということか。ダートの攻撃は遅くはないのだけれど、大剣なので取り回しがあまり良くない。命中させるのは、少し難しいだろう。
「ダートはシルバのほうの取り巻きを攻撃、ボス相手は厳しいしな。ルージュはまた魔法で攻撃してくれ、防がれても構うな」
「ん・・・あの大きさは、やだ...」
「MPがきっついなー...」
それなんだよなー...。MPポーションがあるけれど、中々値段が張る上に回復量もあまり多くない。出来るだけ使いたくない。
「フルンは大丈夫か?」
「・・・厳しいですね。長期戦になったら、確実にMPが切れます。MPポーションを入れてもです」
「そうか...。毒は回復してるか?」
「いえ、一々回復してたらMPが足りませんから。継続ダメージがありますけど、一気に回復させちゃってます」
「毒で死なないように、気をつけてくれよ」
「分かってますよ。テルさんも、しっかりボスを攻撃してくださいね。姉さんの攻撃は、ほとんど蜂に防がれちゃってますから」
ダートの攻撃もほとんど当たってないから、確実にダメージを与えられるのは俺のボウガンだけみたいだ。取り巻きを全滅させられたら、すぐに倒せるんだろうけど...。
とりあえず、女王蜂の目に轟砲を叩き込む。1割ほどHPが削れ、悲鳴を上げて頭を振り回す女王蜂。
それにしても、たった一割しかダメージを与えられないのか...。普通の攻撃だったら、さらに低いぞ。・・・地道に頑張っていきましょうか。