少年は調子が悪い
森深部の中程から出てくるモンスターは、エント・カマキリ、そして蜂の三種類だった。飛んでいるのでダートとルージュは攻撃しにくそうにしていたが、俺は別だ。バンバン矢を撃って、ガンガン撃ち落としていった。針による攻撃には毒が付与されているようで、フルンが一々回復させているのが、大変そうだったな。後、また弱点狙って嵐砲を使ったので頭が痛い。
19時まで森を探索したのだが、結局セーフティーエリアは見つからなかった。探索は明日に持ち越しだ。シルバが、明日は講義がないから一日中出来るらしいので、明日は一日中森の探索に当てるつもりだ。ボス部屋を見つけるのが目標になりそうだな。
夕食をとるためにログアウトする。何か部屋の外が騒がしいけど、どうしたんだろう...。
廊下に出ると、兄貴と仁美が何やら言い争っている。見た感じ、仁美が相当怒っているみたいだけど。珍しいな。
「だから、何でそういうことを勝手にやるの!?自分でどうにかするって言ってたじゃん!」
「確かにそうは言ってたけど、全然やってないじゃんか。俺は手伝おうと思ってだな...」
「余計なお世話よ!ホント、兄さんは昔からそう!過保護すぎるの!」
「しょうがないだろ、心配なんだから」
「それが余計なお世話なの!私は、私のペースでやりたいの!兄さんは関わんないでよ!」
何が原因で喧嘩しているかは分からないけど、ものすごく関わりづらいぞ...。けど、このままじゃ何時までも続きそうだし、そろそろ夕食だ。リビングに連れて行かないと。
変にキョドっちゃいけない、自然に声をかけてそのまま下に降りよう。
「えっと、二人とも。そろそろ晩ご飯だし、続きは後にしたら?」
「あ、孝昭」
「え、嘘!?いつから聞いてたんですか!?」
ずいぶんと慌てた様子の仁美。俺に聞かれたくない話だったのかな。
「ついさっきだよ。かなり熱くなっていたけど、どうして喧嘩してたの?」
「あー・・・大したことじゃないぞ」
「そ、そうそう!孝昭さんには関係ないことだし!」
「・・・」
俺には関係ない、か...。まあ、人に聞かれたくない話くらい、誰でも一つや二つはあるだろう。男子や兄弟相手ならなおさらだ。学校でも、そういう話は聞いたことがあるし。だから、こういうのも普通なことなんだろう。うん、普通なんだよな。
「そうか。夕食には遅れないようにしとけよ」
「分かってるよ」
はあ、さっさとリビングに行くかね。
「おい、仁美」
「何?言い訳は聞かないよ」
孝昭が一階に下りるのを見てから、俺は仁美に話しかける。勝手に本棚にマンガとラノベを置いたことをまだ怒っているみたいだ。まあ、自分でも少しやり過ぎたなー、とは思っているけど。
「百歩譲ってマンガはいいとしても、ラノベはまだだめだよ。いっつも勝手にやるんだから...」
「悪かったって。心配だったんだよ」
「もう子どもじゃないんだから、一人で出来るよ...」
ちっちゃい頃は、仁美は気が弱かったからなー。ずっと三人で暮らしてきたから、ちゃんと出来てるか心配なんだよ...。
「母子家庭だったんだから、多少はしょうがないけどさ。もう高校生なんだし、兄さんもそろそろ妹離れを...」
「分かった、分かったから。今言いたいのは、そのことじゃないんだって」
気づいてないのか?まあ、孝昭に聞かれてたかもって、かなり焦ってたから気づいてなくても無理ないか。
「他になにかあるの?」
「さっき、孝昭に何で喧嘩してるのかって聞かれた時。あの返しはちょっとダメだと思うぞ」
「え?返しって・・・孝昭さんには関係ないですから?」
「それだそれ。もう少し、マシな言い方は出来なかったのか?それじゃ、『あなたには関係ないことなので、関わらないでくれます?』って感じに聞こえるぞ」
「でも、兄さんにそういう風に言うよ?友達とかならともかく、家族なら普通に言ったりするでしょ」
「普通の家族ならな。でも、俺たちはそうじゃないだろ」
普通の家族と子持ちで再婚した家族の兄弟じゃ、訳が違う。元々は赤の他人だったんだからな。どのくらいの距離を保って接していけばいいのか、それを最初から計っていかなきゃいけない。苦労は絶えないだろう。
「考え過ぎだって。孝昭さん、そんな素振りなんて見せてないし」
「そんなの見せるわけないだろ。親に気を使わせちまうし」
「まあ、そうだね。それでも、やっぱり考え過ぎだよ。孝昭さん、人付き合い良さそうだし」
仁美にはそう見えるのか。まあ、家にいる孝昭だけ見てたらそうかな。結構気を使っているみたいだし...。・・・まあ、俺の方でもフォローしておくか。
「信也、仁美ー。もうご飯出来てるわよ。早く降りてきなさい」
「あ、はーい。兄さん、次やったら本気で怒るからね」
「分かってるよ。もうしない」
ったく...。しばらくは様子見だな...。
翌日、俺は9時過ぎにログインして使い捨て型罠を幾つか作った後、クレセントの噴水に向かう。今日でセーフティーエリアを見つけたいな...。
「ダート、おはよう」
「あ、テル・・・何かあった?」
すでに来ていたダートが、何故か心配してくる。何かあったかな...。
「いや、特になにもないけど...。どうした?」
「何となく沈んでたから・・・何かあったのかと思って」
そんな分かりやすく沈んでなんかないと思うんだけど...。・・・まだ、昨日のことを引きずってるのか。あれは普通のことなんだって、自分で折り合いをつけたのに。
「まあ、何もないから気にすんなよ。たまにあるだろ、五月病的な」
「うん、あるある」
おお、ダートにしてははっきりとした答えだな。いつも眠そうな顔してるしなー。
「お、テルにダート。相変わらず早いなー」
「今日は寝坊しなかったんだな、ルージュ」
「はい、私が叩き起こしましたから、文字通り」
「文字通り!?」
次にルージュとフルンがやってくる。文字通り叩き起こしたって・・・こう、ボッコボコに?
「流石にそこまではしませんよ。シーツを引っ剝がして、床に転がすだけです」
「いや、十分アグレッシブだと思うけど...」
「そうでもしないと起きないんですよ...」
「夏休みだからな!」
「なるほど」
夏休みだけ、寝まくるって感じか。それだと、休み明けがキツいんだよなー。
「それはそうと、テル。何か嫌なことでもあったのか?」
「え?」
「そうですね。いつもより元気がないですし...」
何でみんなして、俺が落ち込んでるって思うんだろう...。リアルのことは、ヴァーチャルに持ち込んじゃいけないのに...。
「そんなに落ち込んでるように見えるか?」
「ああ、いつもよりテンションが低いしな」
「いつもより猫背気味ですしね。ぱっと見でも、何となく気分が悪そうですよ」
あー、それは礼二と義子にも言われたことがあるわ。「タカって、気分が体に出るな」って。いつも胸を張るように意識してるんだけどな。
「そんな感じか、ダート?」
「ん、そんな感じ・・・背筋を伸ばせば、少しはマシになると思う」
「誰かが落ち込んでると、周りもそれに引っ張られるしな。気をつけるよ」
一回大きく伸びをして、背筋を伸ばし気合いを入れ直す。よし、これでもう大丈夫!
「テルさん、おはよー!今日も頑張ろうね!」
「テル、さっさと森に行くぞー!カマキリが俺を待っている!」
シルバは、攻撃の威力が高いカマキリを気に入ったみたいだ。蜂の攻撃も中々えぐいけど、状態異常はフルンが回復しちゃうからな。
「ほら、行くぞー!」
「分かったから落ち着けって。皆置いていってるぞー」
森深部に入ってから1時間半、マップを六割くらい埋めたところで、ようやくセーフティーエリアを見つけることが出来た。中々いいペースなんじゃないかと思う。
「よし、とりあえず昨日の目標は達成出来たわけだ。次の目標は、ボス部屋を見つけることだ」
「レベル的にも大丈夫ですしね。いい頃合いでしょう」
「と、言うわけでボス部屋を見つけたら、MP回復を待って突撃する。馬鹿みたいに使いすぎないように、特にルージュ」
「私から魔法を取ったら、何が残るってんだよー!」
「使うなとは言ってない、ちゃんとペースを守って使えって言っての」
「前からそうしてるっつの。戦闘中にMPを切らすわけにはいかないからな」
そりゃそうか。ルージュも馬鹿じゃないし、心配しなくても大丈夫だよな。
「よし、さっさとボス部屋を見つけんぞー!」
「「「「「おー!」」」」」
森の中を歩いている途中、俺の耳にブブブブブという、聞くだけで背筋がぞっとするような音が聞こえてくる。聴音使ってるからハッキリ聞こえちまうよ...。
「モンスターが来てるよ!群れになってる!」
「蜂だぞー...。あー、気持ち悪い...」
「テルさん、顔色めっちゃ悪いですよ。大丈夫ですか?」
「うん、まあ、なんとか...。ほら、もうそこまで来てる」
木々の間から、巨大な蜂たちが現れる。胴体がバスケットボールくらいあって、これまた大きな顎をカチカチと鳴らして威嚇している。それが奥からゾロゾロと、多分96体続々と出てくる。はっきり言って、生理的に怖い。針で刺されたら、アナフィラキシーショック(アレルギーみたいなもん)で死んじゃいそう。
「・・・」ガクガクガク
普段は冷静なダートも、こいつらの相手はどうにもダメみたいだ。顔を真っ青にして、マフラーに埋めている。
「・・・なあ、ダート。どうしてそんなに怖がってるんだ?」
「・・・昔、一回蜂に刺された。二回刺されたら死んじゃうって、爺ちゃんが...」
「え、あれって迷信じゃないの?」
「そうなの?・・・それなら安心」
ああ、ぬか喜びはさせちゃダメだって...。
「あー、喜んでいるところ悪いんだが...。刺されたのがスズメバチだったら、ちょっとマズいかもなー。良くは知らないけど、少なくとも迷信ではない。気をつけるにこしたことはないだろうな」
「・・・」ガクガクガクガクガク
「ああ、ダートの震えがさらに酷く!」
事実だからしょうがない。蜂で殺される人は、熊に殺される人より多いらしいからな。俺も気をつけよう。
「お、そろそろシルバが接敵するぞ。俺たちもやるか」
「蜂に使える罠がまだないから、あまり好きな相手じゃないなー」
「いくら役目っていっても、さすがにずっと毒を回復しつづけるのは大変ですよ...」
「魔法を当てるのが難しいから嫌だな!」
「・・・」ガクガクブルブル
「カマキリのほうがいいなー」
・・・蜂との戦闘が楽しいと思ってるのは、俺だけか...。一方的にやれるからな。
シルバが大量のスズメバチに囲まれて、引っ付かれて噛み付かれたり毒液をぶっかけられている。集団で戦うのはミツバチとかだろ!スズメバチが集団戦なんて覚えたら、九州以北の虫が駆逐されるぞ!秋に!
真っ青なまま、必死な表情でシルバに引っ付いている蜂を斬り飛ばす。そしてすぐに離脱、いつもより離れるのが早いのは仕方ない。
ルージュが石の弾丸みたいな魔法を放つ。土魔法か、久しぶりに見たな。あまり連発は出来ないらしく、一発ずつ撃っている。一カ所に集まっているから、適当に撃っても当たるんだな。
フォレグは罠を短剣に変えて、前と同じように高速で動きつつ、すれ違い様に斬りつけている。突撃は危ないから出来ないしな。
俺も攻撃しようか。一匹ずつ撃っていたら埒が明かないので、嵐砲でまとめて落としてしまおう。
クロスボウを構える。しかし、上手く狙いがつかない。まるで耳元にハエが飛んでいるように、ブンブン音が止まないからか?だんだんイライラしてきた、本当に迷惑な敵だよ...。
狙いを付けようと集中するが、まったく持続せずイライラだけがつのっていく。・・・落ち着け、イライラしても無駄なだけ。余計に狙いは外れるぞ...。
深呼吸して、頭の中からノイズを消し去る。さあやるぞ、と再び蜂に目を向けると、またもや頭にあの羽音が鳴り渡る。くそ、今日に限ってどうしてこんなに羽音が気になるんだよ!
何とか狙いを合わせて、嵐砲をぶっ放す。空中でばらけた矢は、蜂の羽や腹に命中してどんどん落下していく。そいつらをダートとルージュが殲滅して、戦闘は終った。
「テル・・・やっぱり調子悪い?」
すぐにダートが話しかけてくる。いつもより撃つのが何秒も遅れたんだから当然か...。ずっと俺の様子を気にしてたしな。
「蜂の羽音で、ちょっと集中が乱れただけだよ。心配するほどのことじゃない」
「ならいいけど・・・無理はしないで」
「分かってるって」
皆に心配をかけちゃいけないな。一応リーダーみたいなもんなんだし、しっかりしないと!