01.出会い
目が覚めたら、ケモノの背中に乗せられていました。
狼に似てますが、通常の狼より、少し大きく感じます。
私を、軽々と運んでいます。
ケモノは、森を歩いていて、そのしなやかな筋肉の動きが、私にも伝わってきます。
ケモノの毛は、少し黒みがかった銀色でした。
私は、ケモノを撫でてみました。
なかなか良い手触りです。
「目が覚めたのか?」
突然の声に、私は驚きました。
辺りに人影は有りません。
居るのは、私と私を背中に乗せているケモノだけ。
「おい…」
イラついたような声が聞こえ、ケモノが突然足を止めました。
肩越しに、ケモノが振り返っています。その瞳は、知性を宿し、私はこのまま食べられるわけでは無さそうな事に、ほっとしました。
ぼんやりケモノを見つめていると、ケモノに背中から下ろされました。
ケモノは、私に向かい話しかけます。
「お前、大丈夫か?」
驚きました。
私の常識では、人間以外の動物は言葉を話さないものです。
ケモノは、少し首を傾げており、サイズを考え無ければ、その仕草はとても可愛らしいものでした。
「聞いてるのか?」
私は、そこで、驚きのあまり、再び意識を失ってしまいました。
再びの意識喪失から目覚めると、ベッドに寝かされていました。
見知らぬ天井に不安を覚え、身動ぐと、声をかけられました。
「目が覚めたのか?」
ケモノの第一声と同じ台詞に、同じ声。
当然、ケモノが居ると思い、目を向けた先には、男の人が居ました。
それも、稀にも見ない、美丈夫です。
ケモノに話しかけられた時よりは、驚きが少ないですが、知らない人に警戒心が沸き上がります。
「ここは、何処ですか?」
「俺が借りている、宿屋の一室だ」
なぜ、私はそんな所に居るのでしょうか?
記憶を辿ってみます。
朝起きた時、薬草が少なかったので、森に取りに行こうと思った事を思い出しました。そう、私は薬師をしているのです。
だんだん、記憶がはっきりしてきました。見知らぬ場所で目覚めた際の定番、記憶喪失…という事態は免れているようです。
試しに、自分のプロフィールを思い出してみます。
名前は、リズ・トリッシュ。
職業は、薬師。
2週間に1回程、近くの町や村に行き、薬屋に自分で作った薬草を売って暮らしています。
住まいは、人里からは多少離れて居ますが、その分所有地は広く、近くに家が無いため、薬を作る時の独特の匂いも、トラブルを起こしません。
若い女が、人里離れた場所で生活しているのを心配する人もいますが、希少な薬草が生えている森からも近く、私は私の家をとても気に入っています。
悪い人達は、私の魔女としての噂を怖れ、私や私の家に近づかないので、今まで何事もなく穏やかに生活してきました。
「それで、何だってあんな場所で倒れてたんだ?」
質問に、思い出したのは、リルカの花の事。
「花を…」
「花?」
「花を採ろうとして、足を滑らせました」
リルカの花が咲くのは、この地方には珍しく、私はどうしても欲しくなったのです。
それが、多少危険な位置に咲いていたとしても。
「怪我、無くて良かったな」
男は、ぽふりと私の頭を撫でました。
「それで、私は何故貴方の泊まっている部屋にいるのでしょう?」
「ああ、それがだな」
なにか、重要な理由があっての事と、私は男の話に集中します。
「落ちていたから、拾ってきた。」
私は、しばし呆然としました。
『落ちていたから、拾ってきた。』
男は、そう言ったように聞こえました。
人間が落ちていたからと言って、わざわざ自分の住み家まで運ぶだろうか?
あ、手当てをするために運んでくれたのかも。
うん、それなら分かります。
私は、意識を失っていたし、場所は森の中で人も居らず、私を何処に運べばいいか分から無かった。
困った男は、ひとまず自分の家(彼は旅人の様なのでこの場合は、自分の泊まっている宿屋)へ…という所でしょう。
納得です。
私は、起き上がり、ベッドから立ち上がりました。
「親切に有難うございました。お礼をしたいのですが、こんな事になると思わず、手持ちがありません」
サイドに置かれていた靴に、足を入れます。
「ひとまず自分の家へ帰ろうと思います。後程また伺いますので、よろしければ御名前を…?」
話の途中で、男は不思議そうな顔をしました。
「帰る?何故だ?俺が拾ってきたから、お前は俺のモノだ。」
えーと。
あまりの言葉に、頭のなかが真っ白になりました。
「あ、そうか、腹が減ったんだな。勿論、俺が拾ってきたんだから、ちゃんと面倒みるぞ、何が食べたいんだ?」
続く男の言葉に、事態が一筋縄ではない事を私は早々に悟ります。
話が通じる気がしません!
私は、大人しく従うフリをして、隙を見て逃げ出す事に決めました。