77話 「死ぬまで油断禁物」
【豊かな森】から無事に抜け出して、ゴブリン草原に出たシオン達は、少しばかりの休憩の後、ゴブリンと戦うために戦陣を組んだ。
といっても、リンとアルを先頭に出しただけの戦陣と呼べるのかも疑問なレベルである。
タク達に連携ができてないとダメ出しされて日が経って無いユリとしては、足手纏いにならないか、それが一番の不安要素だった。
しかし、ゴブリン相手にはこれで十分すぎた。
少し考えてみればこれは当然のことだった。
ランは、現在のスキル構成ならソロでもこの近辺のモンスターならば、苦戦することはあっても負ける可能性は低い程の実力者。シオンも、昨夜ソロで装備制作に必要な素材を集める為に異常種を何体も倒している程の実力を持つ。リンとフーも、2人だけで例え異常種相手でも多少苦戦しても打倒することが可能だった。
そして、アルも、異常種を一人で倒すことはできないが、数分程度ならば、異常種の攻撃を無傷で防ぎきることができる程の実力を持っていた。ユリですら、一人で異常種を倒すことは厳しくとも大抵のモンスターならば複数相手でも勝つことができるのだ。
これで、ゴブリンの20や30に苦戦するはずが無かった。
確かにきちんとした戦陣を組み、パーティーの錬度が高ければ格上の敵にも確実に勝つことができる。
しかしそれはあくまでも、それができるプレイヤー同士だったらの話であり、ユリのような未だに連携に慣れていない場合は、逆に互いに足を引っ張り合い、格下にすら負けてしまう結果を招きかねない。
だから、シオンは基本的に個人の実力のごり押しでいくつもりで、この戦陣にしていた。
そして、その結果、ゴブリンとの戦いを重ねていく内に全員の戦い方が固まってきていた。
リンが敵を感知し、一番槍としてランが特攻。ランの特攻で騒がしくなる敵陣の中に少し遅れてシオンが乱入。シオンは、遠距離攻撃を行う弓持ちゴブリンや杖持ちゴブリンを優先して倒していく。
ランとシオンが敵陣で大暴れしている中、続いてリンとフーがゴブリンと接触。リンがフーの盾として近づいてくるゴブリンを一手に相手し、フーが魔法を行使して範囲攻撃。もしくは逆にフーが近づいてくるゴブリンを合気の要領で相手の力を利用して地面に投げ飛ばして地面に叩き付けられて無防備になったゴブリンをリンが剣で止めを刺していく。
そして、ユリは、ランとシオンが暴れる敵陣の中に突っ込んでいき、手近なゴブリンに攻撃を仕掛け、アルはそのユリのカバーをしていた。
この戦い方で、10体程度のゴブリンの集まりは2分未満で殲滅され、50体程度の団体でも5分程度で壊滅した。その内、1人で3割近くの敵を屠っているのがランとシオンの2人で、ユリは全体の一割程度しか倒せていない。アルに至っては、守りに徹していたので、討伐数は0だった。
イベントの影響でゴブリンの動きが普段より単調になっているとはいえ、シオンとランは出鱈目な殲滅速度である。
しかし、そんなシオンたちだが、警戒すべきモンスターはいた。イベントの影響で出現するようになったゴブリンの異常種である。
ゴブリンの異常種は、常に単独ではなく複数の群れで行動する黒い肌をした『スサイゴブリン』と呼ばれている。
通常のゴブリンとは違い仲間の連携は勿論、武器の扱い方、生命力など、全てにおいて通常のゴブリンを上回っており、更に決死と名付けられただけに生命力が低くなると狂暴性が増し、攻撃を受けて消滅するまで攻撃の手を止めない厄介なモンスターだった。
また、前衛のゴブリンたちが持っている武器は、錆びた剣や槍から、錆びていない大剣、短槍、盾持ち片手剣といった立派なものに代わり、それだけ厄介になっていた。弓や杖も傍目からでは違いは分からないが、質はよくなっており、命中精度や威力が僅かに上昇していた。
それが15体。
破竹の勢いでゴブリンを倒していたシオン達の前に現れた。
◆◇◆◇◆◇◆
「「「GUGYAGYAGYAGYA!! 」」」
シオンたちが近づくと茂みから突如、黒色のゴブリンたちが立ち上がり雄叫びをあげた。
「む」
一目で、ゴブリンの異常種だと気付いたシオンは、その数に唸った。
「あっ、次の相手は異常種!? よ~し、さっそく――」
「待って」
「ぐえっ」
嬉々として特攻しようとしていたランの襟首を引っ張ってシオンは、無理矢理引き戻した。
しかし、それも最初だけでランはすぐにシオンを振りほどくと振り返って後退するシオンと並走した。
「もうっ、忍びちゃん急に引っ張らないでよ。びっくりするじゃん」
ランは、シオンと並走しながら苦情を言った。
「ゴブリンの異常種は厄介。足並み揃えて一息で潰す」
「むー、だからこそ面白いのに……。まっ、リーダーの忍びちゃんには従うよ。ちょっと残念だけど」
シオンに諭されたランは、拗ねた表情を作って不満を呟くが、リーダーであるシオンの言うことを無視するつもりはないようで、シオンと共にアルがいる場所まで後退した。
「あ、シオンさん、ランさん。どうやらゴブリンのユニークですね。どうしますか? 時間を稼ぐのなら僕だけでも30秒くらいは持ちこたえれますが? あの人数を相手だとそれ以上は保障できません、がっ! 」
アルは、自分の傍まで2人が後退したのを確認すると、5人を庇うように盾を構えてシオンに尋ねた。
話の途中で決死小鬼の1体が矢を射掛けてきたが、アルは事もなげにそれを剣で叩き切った。
「なら、あたしも手伝うよアル。あたしも一応タンク任されてるからな」
それを見ていたリンが、アルの横に並んで剣を構えた。
「ん。アル、リン、お願い」
何も言わずにシオンが望む対応をしてくれた2人にシオンは頷きを持ってそれに応えた。アルとリンに異常種を任せて、フーとユリがいる場所まで後退したシオンは、3人に簡潔な指示を出した。
「フー、今唱えれる最大火力の範囲攻撃。同時に全員自分の持つアーツ重ね掛けで最大の一撃、可能なら範囲」
「「了解! 」」「お、おう? 」
シオンの指示に二つ返事で応じたフーとランの2人に対して、ユリの返事は歯切れが悪いものだった。しかし、そのことに誰も気にせずそれぞれ前準備に入った。
「《剣舞(火)》《パワーアップ》《一撃集中》《当て勘》!! 」
「《剣舞(火)》《狙所一点》」
ランとシオンが重ね掛けで攻撃力やクリティカル率を上げていき、フーが魔法の詠唱を始める中、未だにアーツを理解してないユリは首を傾げた。
「……魔法の詠唱? 」
幸か不幸か、ユリの的外れなその呟きが聞こえてしまったシオンは、いつもの無表情ながら静かに目頭を押さえた。
決死小鬼は、HPが減る程厄介になるので、フーの詠唱が完成するまでの十数秒間、アルとリンは防御に徹し続けた。
「《戦士の雄叫び》おらぁ、あたしにかかってこい! 」
リンは、アーツを行使して雄叫びをあげて、決死小鬼のヘイトを稼ぎ、自分に注意を集中させる。アルは、その近くでわざと剣で盾を打ち鳴らしたり、リンに向おうとする決死小鬼の進路に割って入るなどのスキルを使わない小技で、巧みに自身のヘイトを維持して決死小鬼たちの足止めをする。
リンとアルの2人に挑発された決死小鬼たちは2人に果敢に攻めかかるが、守りに徹する2人の守りを崩すことはできなかった。特にアルは巧みに盾と剣で攻撃を受け流すために直撃はなく、衝撃のほとんどを受け流していたのでHPはほとんど減っていなかった。
そうして、決死小鬼たちが攻めあぐねている間にフーの詠唱が完成した。
「詠唱完成しました!! いきます! 」
その言葉に全員が身構えた。
「《嵐舞》!! 」
フーがそう唱えた瞬間、決死小鬼達のど真ん中に突如、斬撃の竜巻が吹き荒れた。
「「GYAAAAAAAAA!? 」」
風の刃で切り刻まれる決死小鬼たちの悲鳴が響き渡り、斬撃の竜巻をモロに受けた何体かの決死小鬼が消滅した。決死小鬼の悲鳴を引き金にラン達も次々とアーツを発動させた。
「《一撃小破》! 」
ランが、幸運にも《嵐舞》を逃れた一角の決死小鬼たちを大剣を横薙ぎに振ってまとめて吹き飛ばしてHPを全損させた。
「《三連撃》《三連撃》」
斬撃の嵐が治まった中心にシオンは潜り込むと、左右の小刀から三連撃を同時発動して、シオンに反応した決死小鬼の3体の弱点である首を連続で掻き切って、速やかにHPを削りきって消滅させた。
「《火炎》!《乱れ斬り》! 」
そして、守りに徹しながら唱えていた魔法を発動したリンは、後方で弓を構えた瀕死の決死小鬼2体を燃やして消滅させ、続けて、アーツを行使して対峙していた2体の決死小鬼を長剣で切り刻み消滅させた。
「喰らえっ! 」
「焼け石に水かもですがっ! 」
そして、アーツを使えないアルと知らないユリのコンビは、協力して瀕死だった決死小鬼を1体のHPを削りきった。
「GYAAAAAAAAA! 」
消滅する間際に決死小鬼たちは叫び声をあげた。
それは決して断末魔ではなく、せめて敵に一太刀を入れんとする小鬼たちの死に際の雄叫びだった。
「なっ!? 」
「おっと」
「うおっ!? 」
「《ガード》! 」
「下手くそ」
死んだと思って油断していたユリとリンは、HPが0になっていた決死小鬼に痛烈な一撃をお見舞された。初めから警戒していたランとシオン、それにアルは軽々とそれに対処した。
「あっ! 大丈夫ですか!? 」
後ろで全員のHPバーを見ていたフーが、ユリとリンのHPがそれぞれごっそりと削れたのを目にして、慌てて2人に取り出した初級ポーションを投げつけた。
――カシャーン、カシャーン。
投げた初級ポーションが狙い違わず、ユリとリンの体に当たって砕けた。
「あ、ありがと。フーさん」
「あいたっ。フー! 何も後頭部にぶつけることないだろっ」
「ご、ごめん。お姉ちゃん! 」
こうした戦いを重ねて、シオン達の連携は少しずつだが形になっていた。
「アル、回復」
――カシャーン
「あ、シオンさん、ありがとうございます」
《パワーアップ》
【力】スキルで覚えるアーツ
1分間攻撃力1.08倍
《一撃集中》
【大剣】スキルで覚えるアーツ
初撃の攻撃力が1.2倍
《当て勘》
【勘】スキルで覚えるアーツ
クリティカルヒット率が1.08倍
《狙所一点》
【短剣】スキルで覚えるアーツ
クリティカルヒット率1.05倍、命中率1.2倍
《嵐舞》
【中級風魔法】で覚える範囲魔法
《風の刃》の強化版《嵐刃》を四方八方に撒き散らす。
《一撃小破》
【大剣】スキルで覚えるアーツ
強力な一振り。吹っ飛び率が1.5倍
《三連撃》
【剣】スキルを派生させた直後に覚えるアーツ
連撃の強化版
連撃と同様、同時発動可能。
《火炎》
【初級火魔法】で覚える範囲魔法
一点から炎を発生させ近くにいるモノを燃やす。
使い方を間違えれば大惨事になることも……
《乱れ斬り》
【長剣】スキルで覚えるアーツ
ランダムで3~6連撃する。制御が難しく、制御に失敗すると敵から逸れて空を斬ることもある。
《戦士の雄叫び》
【大声】スキルで覚えるアーツ。
大声をあげることで敵の注意を引く。その度合いは、スキルのレベルや声の音量に依存する。
14/10/30 18/06/18
改稿しました。
18/06/18
戦闘シーンを加筆しました。魔法詠唱までの時間稼ぎの場面を書き加えました。




