61話 「這い寄る黒を払う雷光」
湖から這い出てきた黒色のタコは、全長8メートル、高さ3メートルもある有り得ないほどに巨大なタコだった。タコの目は赤く、頭には髑髏のような赤い文様が浮かび上がっていた。
タコはその赤い双眸をユリと老人に向けた。太い8本足を動かして陸を這うように移動し、2人のいる桟橋に接近してきた。
地面を波打ちながらユリ達に近づいてくるタコの触手は、どれも太く長かった。触手の太さは細い部分でもユリの腰回りくらいはありそうで、触手の長さは短くても3メートルはありそうだった。
「あれは、ポイズントパスの異常種かっ!! 」
目の前のタコに対して、何らかのスキルを使ったらしい老人はそう叫んで、ポカンと驚きで固まっていたユリに声をかけた。
「娘よ! あれは、スカルトパスというポイズントパスの異常種じゃ! ポイズントパスは弱い毒を持っておったが、そやつは、毒も強力になっておる! スカルトパスが吐き出す毒液と触手の吸盤の針には、気を付けるんじゃ! 」
「毒を持ってるって、タコに触っても大丈夫なのか!? 」
「触るだけならば問題はない。ところで、解毒ポーションは持っておるか! 」
「解毒ポーション? そんなのは持ってない! 」
ユリとそんな問答を交わしながら老人は、自身のアイテムボックスから穂先が3つに分かれている三叉槍と解毒ポーションが入ったガラス瓶を取り出した。解毒ポーションは、そのままユリに渡した。
「ならば数本渡しておく。毒を受けたら直ぐに使うんじゃよ」
「分かった。爺さんありがとう! 」
受け取った解毒ポーションをユリは、アイテムボックスにしまった。その際にアイテムボックスから剣を2本取り出した。
「よいしょ! 」
ユリは、掛け声をあげて迫ってくるタコの触手めがけて2本の剣を投擲した。
1本の剣は、縦回転しながら触手の先端に突き刺さった。もう1本は横回転しながら、触手の2本を浅く斬りつけた。
しかし、髑髏蛸は、煩わしそうに剣が突き刺さった触手の先を上下に振って剣を振り落としただけで、ユリの攻撃にはケロッとしていた。現に、ユリの視界に表示されている髑髏蛸のHPバーは、ユリの攻撃でほんの僅かにしか減っていなかった。
「ちっ」
投剣が効いてないことについ舌打ちが漏れた。ユリは、うねうねと迫る髑髏蛸の触手に自ら駆け寄った。
「娘! 分かっておると思うがスカルトパスに絞め技は効かん! 仕掛けるんじゃないぞ! 」
「分かってる!! 」
老人の警告にユリは、即座に答えた。軟体動物のタコに関節技が効かないことなど既に織り込み済みのことだった。
「らあっ! 」
気合のこもった掛け声とともにユリは、手近な触手に殴りかかった。走った勢いも乗せた全力のパンチだったが、ゴムを叩いたような手応えの感じない感触が返ってきた。続けて蹴りを触手に叩き込んだが、ダメージが入ったような手応えは感じなかった。
視界に表示された髑髏蛸のHPは、少し減っただけだった。
「娘! 避けるんじゃ!! 」
老人の警告で注意を周囲に向けると横薙ぎに振るわれた触手が迫ってきていた。
ユリの腰くらいの高さを水平に移動して迫ってくる触手の側面には、大きな吸盤が無数についていた。その吸盤の中心には、かえしのついた紫色の棘がついていた。
ユリは咄嗟に触手の吸盤のついてない部分を殴って触手を弾き返した。他の触手にも意識を向けて、不穏な動きを感じたユリは、髑髏蛸の追撃がくる前に老人の傍まで後退した。その際に、桟橋に転がっていた剣を1本回収した。
「爺さん、どうしよう! 手応えがない!! 」
後退したユリは、老人に泣き言を零した。拳も蹴りも投擲も、持ち得る攻撃のすべてで碌にダメージを与えられなかったことにユリは、焦りと苛立ちを感じていた。
「ポイズントパスは、物理耐性を持っておったからの。スカルトパスも当然、物理耐性を持っておるのじゃろう。あれの強さは、近辺の主と同等以上の相手と考えた方が良さそうじゃな」
「じゃあ、どうしたら良いんだよ!? 」
ユリは、近づいてくる触手を蹴り飛ばしながら老人に尋ねる。
「斬撃じゃ。スカルトパスは、ポイズントパスと同じように斬撃の耐性はないはずじゃ」
「剣なら投げてみたけどあんま効かなかったぞ! ってか、さっきより効かない!? 」
老人に言われてユリは、触手を持っていた剣で斬ってみたが、HPは全く減らなかった。
「剣の質が悪いからじゃ! それに娘は【剣】を持ってないじゃろ!! その剣を儂にちょっと貸せ! 」
「ほら! 」
怒鳴るように言った老人に対して、ユリも持っていた剣を乱暴に投げ渡した。
「少々待っておれ。その間は任せるぞ! 」
「わかった! 」
剣を危なげなく受け取った老人は、ユリにそう言うと何やら魔法の詠唱を始めた。
老人が何をするつもりなのかはユリには分からなかったが、触手を桟橋に近づけさせないように近づく触手を拳や蹴りで弾いて、時間を稼いだ。
「きゅう! 」
「クリス、起きてたのか! 手伝ってくれ! 」
ユリが戦っていると、背中からクリスが駆けあがってきた。肩に上がってきたクリスにユリは、早速頼んだ。
「きゅう! 」
――ププププッ!
元気よく鳴いたクリスは、髑髏蛸の赤い双眸目がけて木の実の弾丸を飛ばした。
髑髏蛸は、目を狙って飛んでくる木の実を嫌がって、触手をいくつか使って目を守る挙動を取った。その分、桟橋に近づいてくる触手の手数が減った。
「よし、いいぞ! クリスその調子でいけ! 」
「きゅプッ! 」
クリスは、木の実を吐き出しながら元気よく鳴いた。
「しっ! はぁっ!! 」
ユリは勢いをつけるために体を捻って、桟橋に近づいてくる触手の吸盤のない部分をできるだけ狙って、回し蹴りと裏拳で触手を弾き返した。
「痛っ! 」
裏拳を入れた際、拳の先にチクリとした痛みが走った。その直後にユリは、腕に熱いお湯を注ぎこまれたような猛烈な熱に襲われた。
「うっ、熱っ……! これが毒かっ」
自分のHPバーを確かめると、紫色の変色していた。ユリは、無事な方の手を動かしてアイテムボックスから解毒ポーションを取り出して割った。
すると、腕に感じていた熱湯を注がれてるような熱は一瞬で引っ込み、ユリのHPバーは元の緑色に戻った。
「ふぅー……治ったか。今の攻撃で、あの吸盤の棘が刺さったのかな。近接するなら気を付けないと、なっ! 」
腕をプラプラと動かして毒が無くなったのを確かめたユリは、ユリ目がけて突きを放つように襲ってきた触手を後ろに飛んで避けた。
「娘、ほれ出来たぞ。【中級風魔法】で剣に斬撃強化を施した。これで少しは、ましになるじゃろ」
後退してきたユリに老人が魔法で強化を施した剣を渡した。
渡された剣は、先程と違って表面に薄らと緑色の光を纏っていた。気のせいでなければ、剣が風を纏っているようにユリは感じた。
「爺さんありがとう! 早速使わせてもらうわ! 」
ユリは老人に渡された剣を早速、目の前の触手に投げつけた。投げられた剣は、いつもより早く高速で横回転しながら、触手の1本に当たった。
「え!? 」
触手の1本に直撃した剣は、弾かれることなく触手を深く抉って傷つけた。大したダメージではなかったが、それでも髑髏蛸のHPが今までで一番よく減った。
「回収しなきゃ! 」
思っていたよりも強化された剣が使えることが分かったユリは、慌てて触手に刺さった剣の回収に向かった。
それを阻むように触手が多方面から襲ってくる。
「よっ。ほっ。たっ」
ユリは、その動きを見切って難なく避けていった。サメの戦いで回避能力にさらに磨きのかかったユリにとって、大振りで動きの遅い触手の攻撃を躱すのは容易だった。
「よいしょ! 」
剣が刺さった触手のところまできたユリは、両手で剣の柄をしっかりと握って、うねうねと波打つ触手を思いっきり蹴飛ばした反動で剣を引き抜いた。
「娘よ、スカルトパスから一度、距離を取れ!! 」
そのまま髑髏蛸に突っ込もうとしていたら、老人から待ったの声がかかった。
その声にユリが後ろを振り返ると、老人があの三叉槍を投げる構えに入っていた。
「分かった! 」
自分が邪魔になっていることに気付いたユリは、出かかった文句を飲み込んで剣を持って引き返した。逃げ道を塞ごうとする触手の隙間を掻い潜ってユリは、老人のところまで後退する。クリスは、ユリの肩の上から触手を伸ばそうとする髑髏蛸の目に木の実の弾丸を飛ばして、牽制した。
「はっ!! 」
ユリが老人の所まで戻ってくると、裂帛の気合と共に老人が三叉槍を投擲した。
投擲された槍は、老人の手から離れると空中でバチバチと帯電しはじめた。帯電しながらそのまま高速で髑髏蛸の大きな頭、現実のタコならば内臓などの重要器官がある胴体に柄の半分以上が埋まるくらい深く突き刺さった。
突き刺さった三叉槍は、バチバチと眩い閃光とともに激しく放電した。
弱点を槍で貫かれて、ただでさえ大きく減少していた髑髏蛸のHPは、槍が放電する度にゴリゴリと勢いよくHPを削っていった。
「UGOOOOOOOOOOO!! 」
髑髏蛸は、悲鳴にも聞こえる重低音の叫び声を上げて悶絶する。触手も、槍が放電するたびに出鱈目に波打ち痙攣しているようだった。
三叉槍によってみるみるHPを減らしていく髑髏蛸だったが、数度放電を繰り返すと三叉槍の放電はピタリと止まった。
髑髏蛸の残りHPは、全体の3割ほどになっていた。ユリがそれまで削ることができていたHPは、全体の1割にも満たないので、老人のたった一度の投槍で髑髏蛸の最大HPの実に6割を削ったということになる。
その時ふと、ユリは、ある妙案を思いついた。
「爺さん! ちょっと行ってくる! 」
「なっ!? これ娘! 今の髑髏蛸は危ないぞ! 」
老人の制止の声を振り切って、ユリは赤い髑髏模様が浮かぶ髑髏蛸の頭を目指して走り出した。
髑髏蛸は、三叉槍の攻撃を受ける前とその姿が変わっていた。黒かった体色が、赤みを増して赤黒くなり、赤い双眸は鮮血のように真っ赤に変化していた。頭に浮かぶ髑髏の文様もよりくっきりと浮かび上がっていた。
「UGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!! 」
髑髏蛸の怒りの雄叫びが、湖に響き渡った。
触手を荒々しく振りおろし、地面を叩く。地揺れの如き振動が地面を伝播した。
「うわっ」
近くにいたユリは、その揺れに足を取られて減速した。
ギョロリと動いた髑髏蛸の赤い双眸がユリを捉えた。触手が蠢き、上と左右の3方向からユリを襲った。
ユリは頭上から振り下ろされた触手を横に避けて躱したが、触手が地面を叩いた振動が地面を伝播して、またもや足を取られた。
「くっそ! 」
悪態をつきながらもユリは、右からきた触手の横薙ぎを飛んで躱した。
しかし、空中を飛んでいたユリは、左からきた触手の横薙ぎまでは躱せずに弾き飛ばされた。
「うぐっ」
幸い、毒は受けなかったが一撃でユリのHPは3割削れていた。
しかし、上手いこと弾き飛ばされたようで、ユリと髑髏蛸の頭との距離は縮まっていた。
「まだまだぁあ! 」
地面に叩きつけられて転がったユリは、自分を叱咤するように叫びながら飛び起きると、懲りずに髑髏蛸の頭を目指して走り出した。
「まったく世話が焼けるのぉっ! 」
老人の声がしたかと思うと、いくつもの『伸び蜘蛛の銛』が飛来し、ユリを襲おうとしていた8本の触手に次々と突き刺さった。
「攻撃はさせんぞ」
老人が手に握っている紐の束を数度引くと、銛に括り付けられた紐は縮小しようとしてピンと張って、かえしで銛が抜けない触手を一時的に拘束した。
「爺さんありがとっ! 」
老人の援護に礼を言って、ユリは、弾力のある髑髏蛸の体に剣を突き刺しながら一気に駆け上った。
「よしっ! ここだ!! 」
目的の場所まで辿り着いたユリは、髑髏蛸の頭に深く刺さった三叉槍の石突きを渾身の力で殴った。
その衝撃で三叉槍の柄が完全に髑髏蛸の内部に埋まった。バチッと三叉槍から先程よりも大人しめの放電が生じて髑髏蛸の体内を駆け巡った。
「UGoO! UGOOOOOOOOooo……」
その攻撃が決定打となった。髑髏蛸の8本の触手が大きく波打ち痙攣し、ガラスが砕ける音が聞こえたかと思うと、巨大な髑髏蛸は形を失って無数の黒く光る粒子に変わって消滅した。
こうしてユリは2度目となる異常種との戦闘に勝利した。
老人が投げた、三又の槍は『雷鰻の三又槍』
電気を発生させる鰻型のモンスター、エレキアンギラ。別名『雷鰻』の素材を使用して作られた三つの穂先に分かれた三叉槍。敵に刺さると放電し、追加ダメージを与える。
『髑髏蛸』
毒蛸の異常種。
口から吐き出す毒液と吸盤の棘に、猛毒を持っている。毒液にかかったり、刺されると毒状態になる。稀に致死毒や麻痺毒にかかることもある。
戦闘する場合、解毒ポーションは必須。
14/10/12 18/05/13
改稿しました。




