53話 「剣兎の悲劇」
――『コエキ都市』
組合を出たユリは、戦いに備えて道具屋でポーションやマナポーションといった消費系のアイテムをシオンと一緒に買って回った。そして、コエキ都市の南門で2人は別れた。
「イベント、よろしく」
「ああ、足を引っ張らないよう善処するよ」
別れ際にユリにそう言い残して、シオンは去っていた。
既にシオンの中では、魔術師討伐隊の中にユリが組み込まれているようだった。それを察したユリは、口数の少ないシオンに苦笑しつつ答えた。
去り際に一度ユリの方を振り返って小さく手を振ったシオンは、【初心者の草原】の奥へと消えていった。南門の前で立ち止まるユリの周りでは、シオン以外にも『始まりの町』へ向かうプレイヤーが襲いかかってくる剣兎と戦いながら奥へと進んでいく姿が見られた。
ユリは、その様子を見ながら大きく伸びをした。
「うーん、さてと。これからどうしようかな。爺さんに一度会いに行くか? 一応道具屋でポーションは買ったし、ここにいる必要はもうないしな……うん。そう言えば、今日はソロで戦闘してないな。【拳】と【蹴】を上げるためにもこの辺の兎を倒しながらゆっくりあそこの街に戻るか! 」
今日一日、散々周りに振り回されて全くソロプレイができてないことに気付いたユリは、折角なので【初心者の草原】で兎狩りをすることに決めた。
事前にルカから、コエキ都市側から始まりの町に向かう場合、幻惑の間やボスと出会うことはないのでソロで【初心者の草原】を縦断できることは確認済みだった。
「兎の肉も最近少なくなってたし、補充するのにはちょうどいいな。よし、クリス!! 今日は焼肉パーティーをするぞっ!! 」
「きゅーーう!! 」
ユリの言葉にクリスは、やる気に満ちた鳴き声を上げた。
こうして、ユリとクリスの第二回兎虐殺祭りが始まった。
◆◇◆◇◆◇◆
――【初心者の草原】
「おらぁっ! 」
「グギュ!? 」
ユリの蹴りが剣兎の腹に深く入り込んで蹴り飛ばす。吹き飛んだ剣兎は、HPが大きく削れて、数メートル先の草むらに転がる。
「ギュウウ! 」
剣兎が新たにユリの横から現れ、額に生えた刃のような反りかえった鋭角をユリの脇腹に狙い定めて突撃してきた。
「クリス! 」
「きゅ! 」
――プププッ
ユリの合図で、肩に乗っていたクリスの口から弾丸のような勢いで木の実が吐き出された。
「ギュゥッ!? 」
木の実の弾丸が懐に飛び込もうとした剣兎に直撃し、剣兎は痛みで身を捩らせた。その結果、剣兎の鋭角はユリの体から逸れて空を切った。
「ナイスだクリスッ」
攻撃を失敗した剣兎がユリの目の前をすれ違おうとした。その好機を見逃すことなくユリは、丁度いい高さに飛んできていた剣兎の脇腹に拳を打ち上げるように叩き込んだ。
「ウギュッ」
抉り込むように脇腹を殴られて、高々と飛んで行った剣兎は、受け身も取れずに地面に叩きつけられた後、HPが全損したことで消滅した。
その間に先程ユリに蹴られた剣兎が再度ユリに突撃してきたが、クリスの口撃で動きを止められ、そのまま残り少ないHPをクリスの攻撃で削りきられて消滅した。
そうする内に、茂みからまた新たな剣兎が現れ、ユリを敵と認識するやすぐに攻撃を仕掛けてきた。
「うっとおしいなぁ、もうっ! 」
開きっぱなしのアイテムボックスから槍ではなく剣を取り出すと、ユリは横に回転するよう投げた。
投じられた剣は、グルグルと横回転しながらこちらに向かってきていた剣兎に直撃した。回転していた刃に顔を斬られた剣兎は、急所に入ったようで一撃で消滅した。
「剣を投げるのもありかもな。まぁ、ちゃんとした投擲武器の方がいいんだろうけど、よっ! 」
剣をもう一本取り出したユリは、別で襲ってきた剣兎を剣で斬りつけ、怯んだところを蹴り飛ばした。
「止めだ」
ダメ押しに持っていた剣を蹴り飛ばされて地面に転がる剣兎の方に投げた。
「ウキュゥ……」
縦回転しながら飛んでいった剣は外れることなく直撃し、剣兎は消滅した。
「やっぱり、剣とか槍は普通に攻撃するより投げた時の方が威力がでるな。というか、さっき、斬っても全然減らなかったな」
投げた剣や槍は、投擲武器として判断され【投】スキルの効果範囲に入るので、スキル補正によって、その威力は増加するが、【剣】や【槍】といった対応する戦闘スキルを持たないユリが普通に剣や槍として使えば、その攻撃力は投げた時よりも格段に下がるというおかしなことになっていた。
投げれるのならどんなアイテムでも投擲武器として判断されて、敵にダメージを与えることが出来るので、ユリにとって武器はすべて投擲用としか見れないというのが今の現状だった。
「槍は追撃する時とか遠距離の敵を狙う時には便利だけど、素早いやつとか小さいのを狙うには、剣を投げた方が当たりやすいかもなっ! 」
などと考察しながらユリは、懐に飛び込んできた剣兎の攻撃を躱して、合わせるように剣兎の顔面を殴り飛ばした。ドゴッという鈍い音が剣兎の体から響き、剣兎のHPは、あっという間に9割近く減少した。
「きゅきゅきゅっ!! 」
――ププププププッ
「「ギュウッ!? 」」
クリスは、ユリの肩の上からユリの背後から攻撃しようとする剣兎に対して木の実を撃ち出す口撃で牽制し、時にはクリスのみで剣兎のHPを削りきって倒していた。まるでマシンガンのように連射の利くクリスの口撃は、威力こそ低いもののその連射性で敵の牽制する役割を全うしていた。
しかし、いくらユリとクリスが剣兎を倒しても剣兎も角兎と同じで、草原に短時間で大量に湧く。際限なく湧く剣兎は、茂みの中からユリ達の前に現れては襲ってきていた。
角兎とは違い、剣兎の角は鋭利な刃物のようになっている。さらに角兎以上の跳躍力と瞬発力を持っているのでたった2撃で倒せる雑魚とはいえ、その高い機動力は油断できるモンスターではなかった。
ユリもこれまでに懐まで潜り込んできた剣兎に反応しきれずに脇腹を刺されたり、足を狙った攻撃を避けきれずにHPを削られることが多々あった。
幸い、剣兎の攻撃力があまり高くないこととユリの着込んでいる物理防御に優れた鎖帷子が斬撃耐性(小)を持っていた為、ユリのHPがそこまで減ることはなかったが、それでもユリ自身ひやっとすることは何度かあった。
「何で勝てないとわかってるのに攻撃してくるかな! 」
脇腹を執拗に攻めてくる剣兎に苛立ちを覚えながら、ユリは斜め前から飛び出してきた剣兎を後ろに跳んで避ける。
「きゅ~きゅ~!! 」
「後ろからもかっ! 」
クリスの鳴き声で後ろをチラッと見たユリは、後ろから跳躍してきている剣兎に気付いて身を捻る。避けきれずにその剣兎の鋭角で背中を斬られながらも、横に転がってなんとか直撃を避けた。
「後ろからとか恐過ぎる! しかも、あのまま飛び退ってたら自分から刺さりに行ってたのかよっ。危ねぇ! 」
ユリは、悲鳴じみた叫び声を上げる。まだ立ち上がれていないユリに剣兎の1体が襲ってくる。跳ねてきた剣兎をユリは、タイミングを合わせて殴り飛ばした。
「こいつら前の兎より 断 然 めんどくさいな!! 」
「きゅ~~ぅ」
ユリは、立ち上がって悪態をつく。その肩にクリスが振り落とされまいとしがみついていた。
そんな時、3体の剣兎が三方からユリを襲った。
しがみつくことに必死なクリスはユリの援護をすることができず、ユリの死角から飛びかかった剣兎は牽制されることなくユリに襲いかかった。
3方からほぼ同時に襲われたユリは、死角からくる剣兎に気を取られて、横と前からくる剣兎の攻撃を避けれなかった。ユリは、とっさに正面の敵の攻撃を腕で庇った。
「痛っ!? 」
剣兎の刃のように鋭い角がユリの腕と脇腹を貫いた。
どちらかの攻撃がクリティカルヒットしたのか、ユリのHPが著しく削られる。痛みもまた普段よりも鋭い痛みが体に走った。
「痛いなこの野郎!! 」
ユリは、腕に刺さった剣兎の角を掴んで引き抜くと、振り被って思いっきり遠くに放り投げた。
「ギュウウ~~~~」
「ギュゥ!? 」
放り投げられた剣兎は、遠くの方で別の剣兎に当たったようで2つの悲鳴が聞こえた。
「お前もだ! 」
続いて脇腹に刺さった剣兎の体を両手で掴むと、新たに出てきた剣兎に向かってユリは投げつけた。
直撃を受けた剣兎と投げられた剣兎は、それぞれダメージを負ってHPが削れた。そして、その2体の剣兎は無事に肩によじ登ったクリスの口撃によって止めを刺された。
その後も少しずつ進みながら現れる剣兎を手当たり次第に狩っていると、時折角兎が剣兎に紛れて出てくるようになってきた。
赤い剣兎の中に白い角兎が紛れているのでユリが気付くのも早かった。
「前の弱い兎が出てくるようになってきたな。ってことは『始まりの町』もあと少しってことか」
連戦でHPが削れていたユリは、念の為取り出した初級ポーションを地面で割ってHPを回復した。
「そう言えば、ポーションって一度も飲んだことなかったな。地面で叩きつけたら回復できたし」
以前、初心者ポーションをゴブリンの戦闘時に使用しようとして誤って地面に落としたことのあるユリは、その時に近くで割っても回復できることに気付いた。
それからずっとユリは戦闘中でも楽ということもあり、普段からポーションは地面で割っていた。パーティを組んだタク達もポーションは、同じような使い方をしていたので、ユリはこれも正しい使い方なのだろうと認識していた。
しかし、ポーションというのは、飲み薬ともいうだけあってガラス瓶の中の液体を飲むのが正しいのだろうともユリは考えていた。
「今度、機会があったら飲んでみるか」
そんなことを考えながら、ユリは慣れてきた剣兎の突撃を体を捻って避けると、そのまま回し蹴りで剣兎を蹴り飛ばす。
「やっぱり、数をこなすと慣れてくるな。ゲームの中だからか、こんだけ戦っても全然疲れないし、むしろ動きやすくなってる。スキルレベルの影響か? リアルの俺じゃ、絶対こんな芸当できんな」
思っていたよりも綺麗に決まった回し蹴りにユリは、少し驚きつつも現実よりも高性能な体を実感する。
「よし、そろそろラストスパートかけていくか! 行くぞクリス! 」
「きゅ!! 」
剣を2本取り出したユリは、両手を使って同時に前方の剣兎に向けて投げた。クリスも、やや連射速度と威力の上がった口撃で目に映る剣兎に向けて掃射していく。
ユリの投じた横回転して飛んできた剣に直撃した剣兎と角兎は、HPを全損させて消滅し、クリスの口撃を立て続けに受けた剣兎は、HPを削られ倒された。
そんな調子で、ユリとクリスは剣兎と角兎を相手に戦いに明け暮れた。
ユリが『始まりの町』についたのはそれから15分後のことだった。
今回のユリとクリスの『コエキ都市』から『始まりの町』までの移動時間は、実に1時間にも及び、その間に戦った剣兎と角兎は優に150を超える大虐殺だった。
「あ゛あ゛ー調子に乗りすぎて疲れたー」
スキル
【拳Lv31】【蹴Lv29】【投Lv28】【関節Lv16】
【調理Lv6】【泳ぎLv17】【発見Lv16】
控え
なし
称号
【無謀な拳闘家】【ラビットキラー】――LvUP!【見習い料理人】【見習いテイムマスター】
【ラビットキラー】
角兎・剣兎を一定時間内にそれぞれ100体討伐
兎型モンスターと戦闘時、攻撃力1.2倍
兎型モンスター遭遇時、稀に逃亡することがある。
取得した称号は、新たに条件をクリアすると効果が追加されることがあります。
14/8/23 18/04/18
改稿しました。




