30話 「サメを締め殺してみた」
――【深底海湖】
再びユリは湖に潜った。
前回の反省からユリは、サメが来てもすぐに逃げれるよう桟橋からあまり離れすぎないように注意するようになった。
(あ、いたいた。早速、関節を……って魚の関節ってどこだ? )
潜ってすぐにユリは、ゆっくりと泳ぐ20cmほどの大きさの黄色い魚を見つけた。
早速、関節を決めようとしたところで、ユリはある問題に気づいた。
魚のどこに仕掛ければいいのか分からなかったのだ。
魚に伸ばした両手が止まった。
(うーん……首周りを締めたらいけるか? というか、それぐらいしか思いつかん)
しばし悩んだ後、ユリは両手で魚の首をがっしりと掴んだ。
すると、関節が極まったと無事に判定されたようで魚のHPが少しずつだが減少を始めた。ダメージを受けたことで、無抵抗だった魚が暴れだした。
(よし! )
ユリは、ちゃんと魚に関節が極まった事に喜ぶ。暴れる魚が逃げ出さないように更に両手に力を込めた。魚の尾ひれがビシビシと腕に当たる。本当に僅かだが、ユリのHPが削れる。それでもユリは力を緩めることなく魚の首を絞め続けた。
どれくらい絞め続けたか、順調に魚のHPを減らしていると魚が突然動かなくなった。まだHPは2割残っていた。どうやら気絶したようだった。
ユリは、その魚をそのまま絞め殺して倒した。
(やった! )
絞め技のみで魚を倒せたことが嬉しくてユリは水中でガッツポーズをとった。そして、ユリはより大きな魚を探して湖の中を泳いで回るのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
(よし! だいたいコツが分かってきたぞ)
自分と同じぐらいの大きさの鮮やかな青色の魚を脇で絞め殺したユリは、充実した表情をしていた。
あの後、ユリは何匹もの魚に絞め技を試してみたが、魚は首ぐらいしか関節を極めれる場所がなかった。それでも概ね陸で角兎に倒すのとほとんど変わらなかった。
新たに分かったことと言えば、魚が大きければ大きいほど相手の体に密着しておけば魚が暴れても攻撃が当たらないということ。それと、一定時間が経過するか一定ダメージが入ると、気絶して動かなくなることがわかった。
ノンアクティブモンスターだとその時に気絶が解ける15秒以内に一定の距離を取ると気絶から覚めた魚に、敵認識されなくなることが分かった。
(これならサメが来ても上手く背中に回って首を絞めることができれば、水中でも倒せるな)
この時のユリは、HPの少ない普通の魚ですら倒すのに2分もかかるのに、サメだと一体どれほどの時間がかかるのかまで考えが及んでいなかった。
(じゃあ、サメが来るまで、しばらく魚相手に練習しておくか! )
重要な問題点に気づかないままユリは、気楽に次の魚を探していた。
◆◇◆◇◆◇◆
――その頃の桟橋
「うきゅ~~」
一方その頃、ユリがいない間クリスは桟橋の上で丸まって太陽の光を気持ちよさそうに浴びながら日向ぼっこをして寝ていた。
そこに太陽の光をクリスから遮る影が現れた。
「ふぅむ……。なぜこのようなところに【豊かな森】に生息している『ククトリス』がおるんじゃろう……」
その太陽の光を遮った老人は釣竿を手に持ったまま興味深そうに寝ているクリスを観察していた。
クリスはその間も気持ちよさそうに寝ていた。
「きゅ~~」
◆◇◆◇◆◇◆
しばらく水面近くの魚達を絞め技だけを使って倒していると、ついに湖の底からサメが現れた。
(来た!! )
サメを待ち望んいたユリは、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られながらもサメがこちらに近づいてくるのを待った。
相変わらず迫力のあるサメだった。2メートルを超える巨体に見合う口を大きく開いて猛スピードでユリの元に迫ってくる。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ! )
ユリはそんなサメを見て内心絶叫しながら、自らもサメに肉薄した。
接近してくるユリをサメは、容赦なく噛み付こうとする。
みるみると距離が縮まりサメとの距離が1メートルを切った所でユリは、サメの口内に覗く鋭い歯を避けるようにして横に避けた。
サメが急に斜めに避けたユリに首を捻って噛み付こうとしたが、それよりもすばやくユリはサメの背びれにしがみついた。
(痛ッ!? )
避けたと思いきや、サメの噛みつきを避けきれずユリは右足を噛み付かれた。
チクチクとした痛みが右足に走る。
しかし、噛みつきが甘かったのだろう。すぐに外れてHPはそれほど減りはしなかった。助かったとユリはほっとした。
右足を噛みつかれた時はひやっとしたが気を取り直してユリは背びれを持っていた手を離してサメの体に両腕を回して前でがっしりと手を組んだ。
それで関節が極まったと判断されたようで、サメのHPが少しずつ減り始めた。
(よし。これで後はサメのHPが切れるまで絞めれば俺の勝ちぃぃぃぃぃ!? )
首を絞めることに成功したことで勝利を確信したユリの笑みがサメが突然猛スピードで泳ぎ始めたせいで引き攣った。
固定してなかった足が遠心力で後ろに引っ張られてサメから引き剥がされそうになる。
(時速何キロでてるんだこれ!? 怖ええええええええ!? )
サメは、ユリを背中にぶら下げて湖の中を猛スピードで縦横無尽に泳ぐ。
上へ下へ右へ左へ宙返りに急旋回。
考えうる限りの手を尽くしてユリを振り落とそうとするサメにユリも負けじとサメから引き剥がれそうになるのを両腕に必死に力を込めて耐える。後ろに引っ張られる体を無理やりサメの体に密着させて太ももに力を入れて体をサメの背中に密着させた。
そんな攻防が1分、2分と過ぎていく。
疲れを知らないプレイヤーの体だからサメのそんな抵抗に耐えることが出来た。もし現実の体でなら一分も持たずに遠心力に負けてサメから振り落とされていたことだろう。
しかしユリにも疲れとは別の限界が近づいていた。
(うっ。……やばい。息苦しくなってきた)
サメとの攻防はすでに10分が過ぎようとしてきた。
サメのHPは2割を切っている。しかし、他の魚と違って気絶する気配は未だになく、激しく動き続けていた。
(あと少し……あと少し……)
だんだんと息苦しさが強くなってくるのを我慢しながらユリは全身に力を入れてサメの抵抗に必死に耐える。
そうしているとユリのMPが減少を始めた。
自分のHPやMPを見る余裕のないユリはそのことには気付くことなく、全身に力を入れながらただただサメのHPをじっと凝視していた。
それから更に2分が経過して、やっとサメのHPは残り1割を切った。
(苦しい……でも、残り1割を切った! )
息苦しさを我慢しながらも最後の抵抗とばかりに大暴れするサメの抵抗に耐え続ける。
ユリのMPも止まることなく減り続けて既に5割を切っていた。
それから更に3分が経過して、ついにサメのHPは0になりサメは、消滅した。
サメが光の粒子となって消滅して自由になったユリは、サメに勝ったことを喜ぶよりも先にがむしゃらに水面に向かって泳いだ。
「プ、ッハーー!! 新鮮な空気だー! 」
水面から勢いよく顔を出したユリは、水面に浮かびながら深呼吸をして新鮮な空気を吸い込んだ。
ユリは、息苦しさからの開放感からしばらく深呼吸を繰り返して息を整えた。
「どうだみたか! サメを倒してやったぞー!! 」
ユリは、片手を頭上に高々と上げてサメを絞め殺せたことを喜んだ。桟橋の上でクリスの隣で釣りをしている老人がバッチリ見ているのを無邪気に喜ぶユリは気づくことがなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
「ほう! 娘はブラッドシャークを倒したのか。たいしたもんじゃのぅ……。む、新たに魚がかかったな。お前さん、もう一匹魚はいるか? 」
「きゅ! 」
「そうかそうか。よく食う奴じゃのぅ」
白髪の老人は釣ったばかりの銀色の小魚をクリスに与えた。それをクリスは、喜んで食べていた。
ユリの知らないところで仲良くなっているクリスと老人だった。
息苦しくなってからMPが減っていった理由
【泳ぎ】スキルは、潜水時間が大幅に伸び長時間の水中活動が可能。
しかし、当然息継ぎは必要。潜水可能時間を過ぎれば、息苦しさを感じるとともにMPが減っていくようになります。
MPが完全にゼロになれば、水中にいるプレイヤーは状態異常の気絶状態になり体が動かなくなり、今度はHPが減っていきます。
仲間に水面まで運んでもらうなりして何らかの方法で息継ぎが出来なければHPもゼロになり死亡します。
なお、息苦しさはMPを減少してからは呼吸をするまでずっと感じます。
今回のユリは危なかったです。(本人無自覚)
気絶状態になれば、振り落とされサメに喰われてスク水でまた死に戻りでした。
14/8/12 17/05/17
改稿しました。




