16話 「タクの笑いに腹が立つ」
――『始まりの町』南大通り
南大通りの隅に、四人の姿はあった。
現在は、ユリがTSに気付いた経緯を話し終えた所だった。
タクは、未だに笑いの衝動が治まらずに腹を抱えて息も絶え絶えに悶絶していた。ルカとランの2人は、ユリを時折見ながらひそひそ話に花を咲かせており、ユリはその3人の様子にうんざりとした表情で所在無さげに立っていた。
3人ともユリがTSしたことには反応こそ異なるが非常に驚いていた。
SMO内でのユリの背丈は170㎝ほどでリアルと変わらず、夜の海を思わせる濃く青い瞳を持ち、肩まで伸びた髪は夜空を思わせる青色だった。居心地の悪い状況に弓なりの形のいい眉は顰められ、淡い桜色の唇はきゅっと固く閉ざされている。羞恥からか、新雪のようなシミ一つない真っ白な頬にはほんのりと赤みが差していた。胸やお尻の起伏こそ乏しいが腰はきゅっと引き締まり、腕はすらっとして細く、足はむっちりとした太ももから美しい曲線を描いていた。
腰に手を当てて佇むユリの容姿はどこからどう見てもクールな美少女にしか見えなかった。
特に髪をかき上げて耳にかける仕草などは、とても自然で女性らしかった。
アバターの性別は女なのでそう見えることは別段おかしいことではないのだが、ユリがリアルでは男であることを考慮すると、男に見えないことがおかしかった。
これでリアルと比べてアバターを大きく変更しているならまだ納得がいくものの、ユリの場合だと髪と瞳と肌の配色が変わって、角ばった体格が丸みを帯びたくらいしか外見的違いはほとんど見受けられなかった。
そう。
だから、3人はユリがTSしていることに初見で見抜くことはできなかった。
ユリはリアルでも女性に間違われることがある女寄りの男子だった。
成長期が来たことで筋肉がついて男らしさが出てきてはいるものの、中学の時には私服で街を歩けばボーイッシュな女の子だと初対面の人に勘違いされ、文化祭で女装すれば女子を含めたクラスの誰よりもよく似合ったりしていた。
そのため、ユリのリアルであるトウリの容姿をよく知る3人ともユリの性的な変化にすぐには気付かず、ランがユリに抱き着いたことで初めて判明したのだった。
それから更に15分程が経過したのだがタクは未だに笑っていて、笑いながらユリをからかっていた。
初めは無視していたユリもずっとからかわれ続けるうちにその苛立ちを募らせていた。
「ヒィ、ヒィ……! あー腹痛いっ! お前は、俺を笑い殺す気かよっ、クハハハッ! 」
「……殺す」
そこで色々と我慢の限界が来たのか、ユリは路上に蹲って悶絶するタクに足を振り下ろした。
「うおっ!? 危ないな」
――ズン
タクの頭部を狙った一切の手加減を無くしたユリの踏みつけは、済んでの所で危険を察知したタクが躱したことで外れた。
「……」
「ちょっ、無言で殴ってくるなよっ!? 」
路上を転がって躱したタクにユリは、黙したまま固めた拳で追撃する。ユリの顔から表情が抜け落ちてしまっているのがタクには恐ろしかった。
「おい、ユリ落ち着け。なっ? 」
タクがなんとか宥めようとユリに呼びかけると、鋭い顔面突きがタクのすぐ横を通り過ぎた。
「あっぶねえっ!!? ここでもHPは減らなくても衝撃は伝わるんだぞっ! 」
「避けるな。大人しく殴られろ」
「嫌だよ! つか、目が虚ろになってるから。マジで怖いから! 冷静になれよっ! 」
「俺はいたって冷静だ」
そう言うユリの瞳からは、ハイライトが消えていた。
「っ!? 」
その瞳から底知れぬ怒りを見たタクは、後ろに大きく跳躍して形振り構わず勢いよくその場に土下座した。
「ごめんなさい。許してください」
「そんな簡単に許すと思うか? 」
「ぐふぅ!? 」
――グシャ
その言葉とともにユリは容赦なくタクの頭を踏みつけた。それは、手加減が一切されてない本気の踏みつけだった。
◆◇◆◇◆◇◆
ユリはしばらくタクの頭をグリグリと踏みつけて怒りが治まったのか、やっと落ち着いた。
終われば、タクはケロッとした表情で立ち上がった。痛覚を抑えられたゲームの中なのでそこまで痛くなかったようだ。現実でやられたこともあるタクからすれば大したことはなかったようだ。
「ユリちゃん、もう落ち着いた? 」
「一応は。……カオル姉、流石にユリちゃんはやめてくれないかな? 」
ユリが落ち着いたところで、ルカもランとの話が終わったのか穏やかに微笑みながら聞いてきた。
「あら、どうして? プレイヤー名がユリなんだからユリちゃんじゃない。あとゲームの中ではルカよ」
「はぁ……分かったよ。ルカ姉」
以前リアルで、ちゃん付けをやめてほしいと言っても頑として譲らなかったルカのことを思い出して、言うだけ無駄だと諦めたたユリは、ため息をついて渋々認めた。
「じゃあ、私もゲームの中ではお姉ちゃんって呼ぶね♪ 」
「待て、何でそうなるんだ」
「えー? だって明らかにお姉ちゃんなのにお兄ちゃんって呼ぶのはおかしいでしょ? 」
ダメ? というように上目遣いでユリを見つめるランにユリは、深い深いため息をついた。
「はぁーわかった……わかったよ。もう好きに呼べよ」
「やった。ありがとユリ姉ちゃん♪ 」
「……」
満面の笑みで喜ぶランに対して、色々と複雑な気持ちになるユリだった。
そんなユリに唐突にルカが爆弾を投下した。
「さて、じゃあ早速服を買いに行きましょうか」
そう言ってルカはユリの右手を握ってきた。
「え? 」
突然のことにユリは困惑する。
「お! 」
何となくこれからの流れを察したタクは面白そうに笑みを浮かべた。
「え? ちょっ、どういうことルカ姉っ!? 」
嫌な予感がしたユリはルカの手を払おうとした。
「行こう。お姉ちゃん♪ 」
が、左腕をランの両手でしっかりと掴まれてしまった。
「「行くよね? お姉ちゃん(ユリちゃん)」」
「……分かりました」
左右から捕らえられたユリは重い足取りで2人に従った。
やけに上機嫌な2人が向かう先は、ユリにとって嫌な予感しかしなかった。
14/8/10 17/03/31
改稿しました。




