14話 「開き直ったトウリ」
気が付けば、約束の12時が近づいていたのでトウリは覚束ない足取りで街に戻ってログアウトした。
――トウリの部屋
ゆっくりとした動作でヘッドギアを脱いだトウリの表情は、どこか悟りを開いた修行僧のように達観としていた。
「うん、ゲームなんだ。性別がなんだ。別に大したことないじゃないか。気になるなら女性物の服を着なければいいだけだ。別に容姿もリアルとあんま変わってなかったし、ぱっと見じゃわからないから大丈夫だ。うん、大丈夫」
若干目が据わっているが、どうやら自分なりに折り合いをつけて立ち直ったようだ。
「さて下に降りるか」
そう言ってトウリはベッドから起き上がり、ドアに向かって足を踏み出した。
――ブニ
「ふぐぅっ!? 」
「あっ、すまんタク」
下を見ていなかったトウリは、丁度ログアウトしたらしいタクヤの腹を踏みつけてしまった。力を抜いていたタクヤの腹は枕を踏みつけたような感触だった。
「いってぇ……。トウリちゃんと下を見ろよ。イテェじゃないか」
「悪い悪い。大丈夫か? それより早く下に降りようぜ。妹たちが待ってるかもしれないからさ」
「お前、あんまり謝る気ないだろ! 」
トウリはタクヤを踏みつけたことより飯の方が重要なようだった。
そんなやり取りをしながら部屋を出ると、ちょうど階段でカオルとランの2人に出会った。2人もちょうど下に降りようとしていたところのようだった。
「あっ、お兄ちゃんたちも切り上げてきた所なの? 」
「ああ、ラン達もか? 」
「ううん。30分くらい前にログアウトしてカオル姉と攻略サイト見てたの」
「攻略サイト? 」
「……おい。お前、まさかそんなことも知らないって言うんじゃないだろうな……? 」
「いや、大体言葉から意味は分かるが、どんなことが書かれてるんだ? 」
「ん~スキルのこととか、モンスターこととか、あとはクエストのこととか……うん。SMOのことなら何でもだねっ」
「へーそんな便利なのがあるんだ。知らなかった」
「そんなことも知らないトウリに俺は驚いた」
「タク、うるさい黙れ」
「まぁまぁ、こんなところで話さずにどうせなら下で話しましょうよ」
「そうだな」
「そうしようか」
「ごっはん~ごっはん~♪ 」
カオルに促されてトウリ達は会話を中断して一階へと降りた。ランは鼻歌まで歌ってご飯を食べる気満々の様子だった。
◆◇◆◇◆◇◆
今日の昼飯は昨日のカレーの残りだった。熟成されて昨日よりおいしくなっていた。
「あ、そうだ。トウリ、この後一緒にいけるよな」
タクヤの何気ない一言に、口に運ぼうとしていたスプーンをピタリと止めてトウリは硬直した。
「あ、ああ……スキルも一応全部試してみたし、いけるな」
「そんじゃ。噴水広場の近くで待ち合わせだな」
「ん、了解」
持っていたスプーンで再びカレーを食べ始めながらトウリは頷いた。
未だに女性アバターになっていることをタクヤには伝えてなかったが、別にばれないかと考え直してトウリは、平静を保った。
「えっ、なになにっ? お兄ちゃんたち一緒にやるの? ええっ、ずるいずるい!! 私も一緒でいいよね!? 」
トウリとタクヤが2人だけで遊ぶのが気に入らなかったのかランが席を立って2人にスプーンを向けて抗議してきた。
「ランちゃんが一緒でも別にいいんじゃないか? なぁトウリ」
「……別にいいぞ。ラン、スプーンを振るな。カレーが散るだろ。そこのテーブルについた汚れはちゃんとふけよ」
「はいはーい♪ 」
同行できるのが嬉しいのか上機嫌に返事を返してランは台拭きを取りに行った。
「じゃあ、私もいいわよね? タクヤ」
「別にいいんじゃね? 」
「うん。俺も一緒でもいいよ」
「それじゃあ、早く食べて皆でSMOをやりましょ♪ 」
そんなやり取りがあって、結局4人で午後は一緒に行動することになった。
「しかし、SMOで一緒にパーティーを組むなんて初めてじゃないか? 」
「そうね。いつもはお互いに固定のパーティーがいるものね」
「βの時は、タク兄とカオル姉がやっているのは最後まで知らなかったからねー。知ってたら私、一緒に遊んだのに! あの時、私は固定のパーティーを組んでなかったし」
「それを言ったら、こっちもランちゃんがSMOをやっていることを知らなかったからな。お互い様だよ」
「ええ、そうね。でも、まさかイベントの表彰式でランちゃんと顔を合わせることになるとは思わなかったわ」
「私もっ! ビックリした? 」
「ええ、とってもビックリしたわよ」
「んん? ちょっと待って。えっ? ランもタクと同じβテスターだったの? 」
タクヤとカオルとランの3人の会話を何ともなしに聞きながら黙々とカレーを食べていたトウリは、会話の内容がSMOが正式稼働する以前のβの時の話だと気付くと疑問の声を上げた。
そうなのだ。トウリは、今の今までずっとランは自分と同様に正式稼働から始めたのだと思い込んでいた。
「そうだよー。あっ! もしかしてお兄ちゃん、私が正式稼働組だと思ってたの? 残念でしたっ! 私もタク兄とカオル姉と同じβテスター組なんだよっ! 」
クスクスと笑いながらランは、どうだ驚いたかっ! と言わんばかりの満面の笑みで、驚くトウリへと笑いかけた。
「何だお前、ランちゃんがβテスターだったの知らなかったのか? 」
「全然知らなかった……」
そう言えば、休みの日はよく部屋に籠っていたなーとトウリは思い出すが、ランが休みの日にゲームをするのは日常茶飯事なので気にも留めていなかった。
SMOを優先していたタクヤとは違って、それ以外の面では比較的規則正しい生活をしていたというのもトウリに疑念を抱かせなかった原因だった。
「ふふーん! それに私、最後のイベントであったプレイヤー同士の戦闘で7位だったんだよ! 」
「あっ、それは前に聞いた気がする……。そうか、あの時のか」
ランが突然「お兄ちゃんお兄ちゃん! 私、ゲームの大会で7位になった! 全プレイヤーの中で7位だよ! すごくないっ! だから今日はお祝いに焼肉食べに行こうっ! 焼肉っ! 」と言いながら焼肉が食べたいと駄々を捏ねた日があった。その日は珍しく早く帰ってきた母親が気前よく金を出してくれたので食べに行くことが出来たのだが、トウリはその日のことを思い出してようやく合点がいったと納得した。
「ちなみに俺と姉ちゃんもそのイベントで20位内に入って表彰されたんだぜ。俺がトウリに上げたゲーム機のセットもその特典の一つなんだぞ。すごいだろ」
「とか偉そうに言っているけど、タクヤはギリギリの入賞だったんだけどね」
「それは仕方ねぇだろ。その時の相手が1位の奴だったんだから」
「私はブロックが違ったから戦う機会がなかったけど、あれは強かったねー」
「へー、すごかったんだな」
盛り上がる3人の話を聞いてトウリは、改めて3人のことを俺よりも上手いんだろうなと見直した。
この時、トウリは、表彰式という言葉をあまり気にしなかったが、そのイベントで表彰されたのは三千人中僅か20人だけだったので、これは中々にすごいことだった。
トウリは知らなかったが、3人とも割と有名なプレイヤーだったりするのだった。
昼食が終わって片づけが済んだ後は、噴水広場の近くで待ち合わせることを確認してトウリは部屋に戻った。
◆◇◆◇◆◇◆
「何やってんだ、タク? 」
ベッドに寝転んでヘッドギアを被ったトウリが、先程からごそごそとしているタクヤに尋ねる。
「布団の位置を変えてるんだ。そう何度もお前に踏まれたくないからな」
「あーそうなのか。頑張れタク。俺は先に入っとく」
タクヤにそう言ってトウリはSMOを起動した。
「へいへい……お前が気を付けてくれれば助かるんだけどな」
徐々に意識が薄れていく中、タクヤのため息が聞こえた。
14/8/10 17/03/30
改稿しました。




