11話 「寝ているトウリに黒い影」
――トウリの部屋
暗闇に覆われた部屋の中で、ベッドに横になっていたトウリがむくりと起き上がった。
「ふぅ……今回は、あんまり汗をかいていないな。クーラーつけといてよかった」
トウリは、頭から外したヘッドギアをベッドの横の自分の机の上に置いて、電気を点ける為に真っ暗な部屋の中を移動する。
――ブニ
その途中で、トウリは何か柔らかくて硬いものを踏みつけた。
「ん? 今なんか踏んだか? 」
――カチ
「うっ、眩しいな」
電気を点けると部屋が一気に明るくなった。急な変化で目が痛くなったトウリは目を細めた。
「タクはまだやってんのか」
目が慣れてくると、床に敷かれた布団の上にヘッドギアを被ったタクヤがいることに気付いた。
ヘッドギアはあちこちからチカチカと赤や黄色の小さな光が点滅し、起動中ということを示していた。
「あ、さっき踏んだのってタクの体か。……まぁ、喉乾いたし水でも飲むか」
タクヤを踏んだことはなかったことにしたらしい。
部屋の電気を再び消してトウリは下の台所へと降りた。下には誰も居らず静まり返っていた。
「やっぱ冷房が効いてないとムワッとするな。さっさと水飲んで寝るか」
台所に設置された浄水器付きの水道水を食器棚からだしたコップに注いで飲む。
「……やっぱ冷やしてないと生温いな。ペットボトルにでも入れて冷蔵庫で冷やしとくか」
トウリは、洗って干してあった2Lのペットボトルに水を入れて冷蔵庫に仕舞った。これで明日の朝には冷えている頃だろう。
「ふわぁ~……もう寝よ」
込み上げてきた欠伸を噛み殺してトウリは、そのまま自分の部屋に戻って寝た。
ベッドに入る前に誤ってタクヤの体をまた踏んづけてしまったのは、事故であった。
他意はない、はずだ。
◆◇◆◇◆◇◆
――トウリの部屋(朝7:19)
部屋の窓から日差しが入り込み、部屋が明かりを付けた時のように明るくなる。トウリの部屋は、丁度朝日が入る東側に面した部屋だった。
「う゛~ん。もう朝かぁ………」
周りの明るさにトウリが目を覚ます。まだ若干覚醒できていない様子だった。
ベッドの中で仰向けのままうっすらと目を開けると、見慣れた天井……の他に動く黒い何かが視界に入った。
「……ん? 」
眠気でトロンとした目を開けると、ゆらゆらと動いていた黒い何かは石像のように固まって動かなくなった。
「……タク? 」
「お、おはようトウリ! いや~お前もそろそろ起きないかなぁ~って覗いただけだぞ? 決して疾しいことなんかしようとしてないからなっ! 」
トウリに名前を呼ばれたタクヤは慌てたように言い訳めいた言葉を早口で喋る。
「ふーん。……お前もさっき起きたのか? 」
明らかに挙動不審で怪しいタクヤだったが、未だに覚醒しきってないトウリは気付かなかった。
「お、俺か? 俺は勿論、徹夜したぞ! さっきログアウトしたとこなんだ」
「……お前、本当に徹夜したのかよ」
「まぁな! そりゃ初日だしな! 当然だ。俺以外にも多くのプレイヤーが徹夜してると思うぞ」
「そんなもんなんか? 」
「そんなもんだよ。よくあることだ。楽しみにしていたゲームが手に入ったらはまって寝れないことってあるだろ? 」
「……いや、俺そんなことをしたことないんだが」
どうやらトウリにはタクヤの考えが分からないようだった。
「まぁいいや。トウリ、早速朝ごはん作ってくれよ。サンドイッチでも何でもいいから」
「は? お前もそれぐらいできるだろ。自分でやれよ」
「お前の家だから何を使ってもいいかわかんないから」
「はぁ……分かったよ。ただし、お前も作るの手伝えよ」
「はいはい了解っと。じゃあ、ちょっとトイレ行ってくるから先に出るぞー」
「うん、わかった。……ところで、タク」
「ん? 何だ? 」
部屋から出ていこうとしたタクヤをトウリが呼び止めた。
「何でお前マジックなんか持ってるんだ? 」
一瞬、タクヤの体が硬直した。
「…………ヘッドギアに自分の名前を書くためだよ。お前のと被ってるからな」
「ああ、そういうことか。呼び止めて悪かったな」
「気にすんな」
そう言って部屋を出て行ったタクヤは、ドアを閉めた後にいつの間にか止めていた空気を吐き出した。
「ぶはぁー! さっきのはマジで危なかった」
そう呟くタクヤの額からは汗がだらだらと流れていた。
それは決して、むさ苦しい夏の暑さだけが原因ではなかった。
「あいつが寝ぼけててよかった……」
絞り出すような声は扉の向こうのトウリの耳に届くことはなかった。
徹夜明けのテンションで実行しなくてよかった、とタクヤは心の底から安堵した。
しかし、タクヤはこれで懲りたわけではなかったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
服を着替えて下に降りると、タクヤがダイニングルームでTVを見ていた。
TVの天気予報を見ていると今日も真夏日のようだ。
「トウリ、今日も暑いとさ。外には出たくねぇな」
「どうせ一日ゲームする気だろ」
トウリは呆れたようにタクヤに言う。タクヤが、SMOの正式稼働が始まったばかりの時期に他のことをするはずがないという確信が過去の経験からトウリにはあった。
言われたタクヤもニッと笑ってトウリに向けてサムズアップをした。
「当ったり前だろ! 」
実にいい笑顔なところがトウリの癇に障った。
「それよりも早くサンドイッチ作るぞ。……そういやランとカオル姉は? 」
トウリは、台所に行こうとして未だにTVを見ているタクヤに尋ねる。
「さぁ? まだ寝てるんじゃないのか? 」
どうやらまだ下に降りてきてないらしい。
「そっか。おい、タク。TVなんて見てないで早く作るぞ! 」
トウリに怒鳴られてタクヤは億劫そうにTVを切って台所へとやってきた。
「で、俺は何をすればいいんだ? 」
「取りあえず、サンドイッチの具を作ってくれ」
「了解」
そうして、朝から男2人の料理が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆
サンドイッチを作り終えて、自分たちの分をそれぞれ食べていると、女子2人が2階から降りてきた。
「おはよう。ラン、カオル姉」
「おっ、やっと起きたのか。おはよう」
「ふわぁ~~……あ、おはようお兄ちゃん、タクにぃ」
「おはようトウリちゃん! サンドイッチ作ってくれたのね。ありがとう」
4人はお互いに挨拶を交わす。
ランはまだ眠そうに眼をこすっていてパジャマ姿だった。髪も結構乱れていて完全に寝起きの顔だった。
カオルはタクヤをスルーしてトウリにだけ挨拶をした。タクヤを無視したというよりは、トウリ以外に眼中になかったというのが正確な気がする。寝起きにしてはランと違って髪も乱れてなくいつも通りだった。
「取りあえず、ランは顔を洗ってこい。カオル姉、サンドイッチはタクも作ってくれたんだよ」
「……はぁーい。行ってきま~す」
トウリに言われてランは、フラフラと覚束ない足取りで洗面所へと向かっていった。
「あら、そうなの。タクヤも料理ができたのね」
「これぐらいはな」
カオルが意外そうな目でタクヤを見る。心外だとばかりに苦笑をしながらタクヤは答える。
これぐらい誰にでもできそうだろうけど、ランとカオル姉はねー……とトウリは、内心そう思いながらも決して口には出さなかった。
カオル自身もそのことを気にしてるので、言わない方がよかった。藪蛇だからだ。
その後、顔を洗い終わったランが目が覚めたのかテンション高めに帰ってきてサンドイッチを口にした。
「あ、そうだ! お兄ちゃん、ビッグニュースだよ! 」
サンドイッチを食べていたランが、思い出したかのように急に大声を出した。そのテンションの高さにお茶を飲んでいたトウリは、少し眉を潜めた。
「急に大きい声を出してどうした」
「あのね、あのね! 実は私もタク兄やカオル姉と同じでSMOをやってるんだよ! お兄ちゃんと一緒で昨日は1日SMOをやってたんだ! 」
「へー、ランもやってたのか」
ランの突然のカミングアウトにトウリは少し驚いた様子を見せたものの、だから昨日はタクヤとSMOの話で盛り上がっていたのかと合点がいったように一人頷いていた。
「どう、ビックリした? ねぇ、ビックリした? 」
「はいはい。そうですねー。わかったから、そろそろ大人しく席に着こうな。サンドイッチから具が落ちかけてるぞ」
「えっ? おおっと、あふないっ! 」
楽しげにトウリの反応を窺ってくるランに若干の苛立ちを覚えながらトウリは、適当に受け流した。
指摘されたランは、慌てて零れ落ちかけたスライストマトごとサンドイッチに齧り付いて受け止めた。
口が塞がってそれ以上トウリに声をかけることができなくなったランは、口をもぐもぐとさせながらトウリの反応の薄さにむー、と唸って不満そうだった。
全員が朝食を終えた後は夕食の時のように4人で協力して片づけをして、しばらく雑談した後に解散した。
「よし、SMOやるか」
「あ、トウリ。今日は一緒に行けそうか? 」
「うーん……もうちょっと待ってくれ。午後なら大丈夫だと思うから、その時にな」
「了解。じゃあ、また昼に」
「おう。12時にちゃんとログアウトしろよ」
「分かってるって」
そんなやり取りをして2人はそれぞれSMOにログインした。
タクヤが、寝ているトウリにマジックで落書きをしようとしただけです
14/8/10 17/03/30
改稿しました。




