「しのちゃん、おしごと、くれ」
「んで? 今日は何の用だよ?」
「しのちゃん、おしごと、くれ」
「シノちゃんって言うんじゃねえ!」
さて。
ロベルトさんのご温情により無事戸籍をゲットしたものの、言葉が拙いというのはアルバイトをしようとする上で非常に大きなハンデとなってしまうのである。
つまり、顔なじみのパン屋さんも八百屋さんもお肉屋さんも、買い物をする分にはニコニコと嬉しそうにしてくれるのだが、私を雇うとなると話は別だったのだ。イノリちゃんには接客はちょっと難しいわねえ、なんて言われてしまったら、もう、なんていうか、もう……自分が情けない。
そこで私はこの世界における数少ない友人である、シノちゃんの元へ向かったというわけである。
ちなみにシノちゃんなんて呼んでいるが、シノちゃんは女の子ではない。立派な青年である。褐色の肌にもっさりと伸びた白髪、布のたっぷり使われた衣装にゴールドアクセサリー、右腕はびっちりと入墨が覆っていて、ヤのつくお仕事の人と見間違うばかりである。聞いた話によると、彼の民族では成長とともに入墨を足していくのだそうだ。模様にも意味があって、その人の人となり、生き様さえも表してしまうらしい。履歴書を腕に貼付けてるようなもんだな、と私は勝手に納得している。
そしてそんなシノちゃんはヤのつくご職業ではなく、腕の良いアクセサリー職人だ。面倒見の良い彼のことだから、きっと何かお仕事を紹介してくれるかもしれない。ぷりーずじょぶ!あいにーじゅー!
「だって、しのちゃん、ほんとのなまえ、めちゃながい。わたし、いえない、しょうがないね」
「じゃあせめてシノくんとかシノさんとかシノ様とかにしろよ。ちゃんは止めろ、ちゃんは」
「はい、しのしゃま、わかったでごじゃりますりゅよ」
「言えてねー!」
「いえてねーですだろ? しょうがない、やっぱり、しのちゃんはしのちゃん、なのだ」
「ああもう、今日は諦めてやるけど次こそ直せよマジで。……で、なんでまた仕事欲しいとか言い出したわけ?」
「うふ、ききたい? ききたいー?」
満面の笑みで迫れば、シノちゃんは大層嫌そうな顔をした。失礼な。
「あのな、わたし、こせき、もらった! だからはたらく、おんがえしするの!」
「は?」
「だから、わたし、ね、」
「いや、それは分かってるけどよ、……え? 今更何言ってんの? お前戸籍あるじゃん」
「……ふぇ?」
どういうことだ。
「いやだって……ロベルトさん、お前と住み始めてすぐに作ってたぞ」
「!? えええ、じゃあ、このまえ、あれ、なに!?」
「はあ? ちょっと待てよ、お前ただでさえ会話へたくそなんだから、間を省くなよ」
「うぬぬ……ちょっとがまんしろ、かんがえる。まとめる」
えっと。
つまり。
もしかして。
私がこの前養子縁組により正式にロベルトさんちの子供になったのだと思ったのだが。それに伴って戸籍を手に入れたのだと思ったのだが。その前提が間違っているということか。
──じゃあ、あの書類はなんだったと言うのだ!
「しのちゃん、たいへん、わたし、しらぬ、しょるい、さいん、した! ろべるとさんしてって、ゆった! あれはなにだった?」
「それだけじゃ分かんねえよ。何の書類かとか言ってなかったのか?」
「んん、たしか、はっきり、かんけい、とか、ゆった、はず? めーかく? しょざぃ?」
「…………あー……分かったような、分かんなかったような……」
「しのちゃん、だめだめじゃん!」
「うるせえ、お前の言語能力の方が駄目駄目だっつーの!」
ぱしーんっ、といい音で叩かれる。酷い、ちょっとおちょくっただけだと言うのに。
あんまりにもあんまりなので、よよよっと泣き真似をしてみせるが、そんな私を見下す(見おろすにあらず)シノちゃんの眼差しはとってもクールなのだった。
「で、だ」
「あい」
「お前、マジで確認もせずにサインとかしちゃったわけ?」
「だって、ろべるとさん、いじわるしない、しのちゃん、ちがって!」
「一言多いんだよ、こンの、すっとこどっこいッ! ……あーもう、ロベルトさんマジ可哀想だわぁ……」
「どして?」
「おま、そりゃ、」
そう言ってシノちゃんが耳打ちしてきた内容に私は、
「っ、!?……、!!…っ?!?」
そりゃもうパニックになったわけである。
あわあわと戦慄く私に、シノちゃんは意地悪く笑った。
「バイトの話はまたにしてさあ、お前、ロベルトさんとこ行った方がいいんじゃねえのー?」
「う、うんっ! しのちゃん、ありがと、ごめん、ばいばい!」
言うが早いか、私はロベルトさんのお家に向かって走り出した。
そんな、だって、まさか!
『──勇気出して婚姻届差し出したってのにさあ、そんなかるーいノリでサインされちゃ、なあ? おい?』
そんな大事な書類だとは思わなかったのである!
シノちゃん
祷さんのお友達。
おちょくったりおちょくられたりの関係。