07 sold out
フォルダひっくり返していたら出てきたものです。
自己満足記念として。
「やあ、君の願いはなんだろう?」
空から降ってきたその人は、私の日常を粉々に変えてくれました。
* * *
冬は嫌いです。
寒いし、冷たいし、何より寂しいからです。
街を歩くには、一人の私は孤独です。
みんな“誰か”と一緒に歩いています。
私はそんなみんなが羨ましい・・・・・・のでしょうか?
何か違う気がします。
何でしょう。
一人は別に嫌いじゃありません。
静寂を歩くように、むしろ好きなのです。
悩みました。
とてもとても悩みました。
けれど答えは全く見つかりません。
そしてふと、私はいつからこうなのだろうと考えました。
いつから、なのでしょう。
考えても、考えても、分かりませんでした。
ちょっとだけ、涙が出ました。
でもそれが、私の日常で、繰り返される出来事でした。
* * *
空から雪が零れ落ち、でも不思議と暖かかった午後のことです。
私は誰かのお家の屋根で、さらさらと落ちる雪を眺めていました。
そこに。その人は落ちてきました。
「おふっ」
と、なんとも間抜けな声を出しながら。ボトッと。
ちょうど私の真横に。
何がどうしたのか、私は頭が真っ白になってしまいました。
人が空から落ちてきた?
不思議です。不可思議です。ありえません。
しかしその人はガバリと起き上がりました。
男の人でした。
私よりも少し年上で、大人というわけではないけれど、少年というには悪いような気がする人です。
綺麗な銀髪と同じ色の瞳、不思議に白い肌、それよりもさらに真っ白な神父服・・・・・・
背中に、白い羽?
「やあ、君の願いはなんだろう?」
輝くように、その人は笑いました。
光を浴びてキラキラ光る、雪の結晶。
そんな笑顔でした。
「誰?」
「僕は天使さ」
当たり前のように、その、天使は言いました。
天使、天使・・・・・・天使!?
「おお、びっくりして声も出ないかい?ああそうそう、天使というのは役職だから、僕のことはケイと呼んでくれ」
まじまじと、呆けたように、あんぐりと口を開けていた私は、その天使―ケイ―が言う言葉についていけませんでした。
「おーい、分かったかい?可愛いお嬢さん」
ケイがずいっと顔を近づけてきました。
その綺麗な表情に、少しだけどきっとしました。
「あなたは本当に、天使なの?」
「そうだとも」
「じゃあ、どうして空から落ちてきたの?」
その質問に、ケイはうっと表情を歪ませました。何か変なことをきいたのでしょうか?
「羽があるのに落ちることなんてあるの?」
「・・・・・・誰にも言わないかい?」
「ええ、言わないわ」
言葉を交わす“誰か”さえ私にはいないのだから。
ケイはちょっと迷ったようですが、ポツリと言いました。
「天界から落っこちたんだ」
天使がいるのだから、天界というのもあるのでしょう。
天界というからには、空の上にあるのでしょう。
そこから落ちてくるなんて。
「ケイは、本当に天使なの?」
質問ばっかりでちょっと気が引けたのですが、やっぱり気になりました。
ケイは「うー」とか、「あー」とか言っていましたが、訳を話してくれました。
「これは秘密にしないといけないんだけれど、まあいいか。
僕は見習い天使でね、今回の最終試験で合格しないと、本物の天使職には就かせてもらえないのさ」
そしてケイは空を見上げました。
「なのに僕は、最後の最後の試験をすっぽかしてしまってね、試験官様にこっちの世界へ戻されてしまったんだ。『やり直し』と言われてね」
そして私の隣に落っこちて来たというのです。
「試験管様は僕の飛行能力を一瞬無くしてしまったのさ」
だからケイは落っこちてしまったというのです。
「じゃあ、その試験って何」
すっごく気になりました。
天使に(見習いですが)会えることなんてそうそうないでしょう?そしてそれ以上に、“誰か”と話をするということが、私にはとても幸せでした。
「聞きたいかい?」
「ええ、教えてほしいわ」
そしてケイはにっこり笑いました。
「こっちの世界で、七つの願いを叶えてあげることさ」
「願い?」
「そう、一人につき一つのね」
おまじないのようにケイはついっと人差し指を私の鼻先に突きつけました。
「僕は後一つ、誰かの願いを叶えていないことを忘れていて、だからここに落ちてきたのさ」
願いを、叶える。
すごいことです。
するりとケイは言ってのけましたが、すごいことです。
天使なのだと、改めて思いました。
そしてケイは言いました。
悪い願いは叶えられないと。
大きすぎる願いも叶えられないと。
誰も不幸にならない願いを叶えたいと。
そしてケイはまたにっこりと笑って言いました。
「偶然だけれど、僕は君の隣に落ちてきた。最後の願いは君のものさ。お嬢さん、君の願いはなんだろう?」
私の願いを叶えてくれる?
びっくりです。
本当に?
「私でいいの?」
「ああ、もちろんさ。僕の眼に狂いはないのだよ」
とても自信満々です。
さあさあ、なんだい?
ケイは促します。
いきなりなので、私は戸惑ってしまいました。
でも、心にはポッと浮かびました。
でも、これは願いなのだろうかと迷いました。
でも、ほしかったものは・・・・・・
「言ってもいいかしら」
「おお、決まったかい?」
小さく、本当に小さく、私は言いました。
今まで感じていた何か。
本当は分かっていたからです。
けれど、話し合える“誰か”いなくて。
だから冬が嫌いになって。
「雪の精霊が、寂しいの」
小さく言ったはずなのに、ケイは聞き逃しませんでした。
それから、納得したように言いました。
「ほほう、やはり君は精霊かい。そういえば名前を聞いていなかったね」
「・・・・・・ヒビキよ」
「いい名前だ。白雪姫みたいに美しい君に、とてもよく似合っているね」
そう、私は雪の精なのです。
空気が凍りつく季節にこの世界へ舞い降りて、冬を管理します。
それはととても孤独です。
舞い散る雪を見上げることしか私にはできません。
みんなには私は見えないから、何かを共有することもできません。
私たちはそういうものなのよ、と言った精霊もいましたが、私は切なくてしょうがないのです。
「一人はいいの、何もないのが怖いだけ」
この世界にいる間、孤独に耐えることが、私はとても寂しかったのです。
ケイはうん、と頷いてくれました。
「温もりがないのは寂しいね」
ぽんっと、私の頭を優しく撫でられて、私は自分が泣いていることに気づきました。
「すると、君の願いは精霊をやめることなのかい?」
私は涙を拭いました。
私は雪の精霊だけれど、涙は、暖かでした。
「いいえ、それは出来ないの。冬の管理は私しか出来ないから」
「じゃあ、君の願いは?」
すうっと息を吸い込み、私は言いました。
「私を冬そのものにして欲しい」
それが私の望み、願いでした。
「ほう、随分と予想外な願いだ。なぜ冬そのものに?」
不思議そうにケイは首を傾げました。
とても優しそうに。
私は言いました。
傍観者でいることに疲れた、と。
私は雪の精だけれど、それだけ。管理するだけの存在なのです。
冬そのものを感じることはありません。
寒いと、冷たいと、感じるのは多分、心。
「それはとても孤独なの。俯瞰風景はもうたくさん」
だから、
「私は冬と一緒になって、この季節の全てを感じたい」
言ってしまってから、これは大きな願いなのかと不安になりました。
しかしそれ以上に、胸につっかえていたものはなくなった気がします。
ケイを見ると、にっこりと笑っていました。
全てを許される(罪は犯していませんが)と、思ってしまいそうです。
「ヒビキは優しい精霊だね。とても綺麗な心を持っていて、まるで僕らの世界にいる女神様のようだ」
ケイはふわりと、羽を羽ばたかせました。
そして屋根の上に座る私と向き合うように、天使らしく、空中に浮かびました。
「願いは、大きすぎるかしら」
「いいや、君の今までを考えると、相応だと思うよ」
ケイは右手をさっと、横なぎに払いました。
それは微かな風となり、暖かい光となり、私を包んでいきました。
お別れなのでしょう。
少し、寂しい。
そこに、凛と澄んだケイの声が届きました。
「僕は幸福を送るために、ヒビキの願いを叶えよう」
私は柔らかな思いを感じていました。
「ケイ。偶然でもあなたに会えたことが、私には幸福の始まりになったわ」
「いいや、幸福は誰にでも手にする権利があるのさ。僕はその手伝いをしただけだよ」
それでも、
「それでも、嬉しいの。本当にありがとう」
ケイは最後まで優しい笑顔でした。
それから見えた、感じた景色は、あまりにも輝かしくて・・・・・・
* * *
ケイはヒビキの願いを叶えた後天界へと戻り、試験官から合格通知を受け取りました。
「君はやれば出来るのだから、これからはサボらないように。
なりたてとはいえ、君の天使職は『奇跡課』なのだよ」
試験官は言いました。
そう、ケイは奇跡を司る神様に仕えているのです。
「雪の精霊に見惚れていたから最後の願いを叶えることを忘れたなんて、前代未聞だよ。まあ、その精霊に対する願いの叶え方はよかったのだけれどね」
その神様イコール試験官なのですが、自信満々に、ケイは臆せず言いました。
「これからは心配ご無用ですよ神様。ほら・・・・・・」
ケイは神様に試験の結果を突き出しました。
そして幸せそうに、にっこりと笑いました。
「七つの願いは売り切れさ!」