第五話 故郷はミシシッピー
「いい気持ちだなぁ。やっぱり故郷の川が一番ね、でかでかちゃん!」
「ホントねー。とってもいい気持ちー」
生まれ故郷のアメリカにある、ミシシッピー川。
私たちは、何処までも続く水の壁をかき分けて、思う存分泳いでいた――。
すいすいー。<KBR>すいすいー。水かきの付いたひらひらっとした後ろ足を使って、上手に泳ぐの。
ガラスやプラスチックの壁に遮られる事もない、広々とした空間。
サンサンと降り注ぐ太陽光。
そこを悠々と泳ぎ渡るミドリガメ。
やっぱりこれが本来あるべき姿よね。うん。
「そうそう。本来あるべき姿だよ〜ん」
ん?
妙に間延びした声が聞こえて、私は振り返った。
目の前には緑色の細長い大きな鼻面。
それがかぱっと上下に開いて、ピンクの洞窟が出現した。
何故かその洞窟の上下には白い鋭い刃が生えている。きりきり尖っていて、あんなのが刺さったら痛そうだ。
「いっただきまーす!」
その洞窟が、しゃべった。
「って、ワ、ワニっ!?」
きゃー! きゃー! 食われるうっ!!
私は、力の限り水をかいた。
でも、かいても、かいても、全然前に進まない。迫り来る凶悪な、ワニの大きな口。
「た、助けてー!!」
「どうしたの? ちびちびちゃん?」
「!?」
私は、のんびりとしたでかでかちゃんの声に目を開けると、周りをぐるぐる見渡した。
そこはいつもと変わらない水槽の中。
降り注いでいるのは、総額一万円の紫外線ライトと保温ライト。
程良い暖かさがジーンと身体に染み渡る。
「な、何でもないわ……」
夢で、ワニに食べられそうになっただけよ。
私は、大きな安堵のため息をついた。
そもそも、何故私たちミドリガメが、故郷のアメリカを遠く離れて日本でペットとして飼われるに至ったのか?
そのきっかけは、1966年に「アマゾンの緑ガメ」という触れ込みで チョコレート菓子の景品として採用されたから。
景品よ、景品! 信じられる? お菓子のおまけだったのよ、私たち。
それに、故郷はアマゾンじゃないし!
この時の亀は正式には 『コロンビアクジャクガメ』で、私たちミシシッピーアカミミガメじゃ無いんだけど、同じスライダー属で やっぱり体の色も緑色をしていた。
いわば、今の私たちは『2代目ミドリガメ』ね。
ちなみにこの初代ミドリガメ であるコロンビアクジャクガメは現在、ペットショップでは1万円以上もする高価なカメになっている。
まあ、値段で亀の存在価値が決まる訳じゃないから、私は別に気にしないけどね。
でも、この「お菓子の景品」って言うのが問題たったの。
だって、お菓子って、買うの子供でしょう?
このころはまだ、『ペットに触ったら手を洗う』と言う、今では当たり前のことがあまり行われていなかった。
だから、私たちを触った手でそのままお菓子を食べたり、極端な話、小さな子は私たちを口に入れてしまったりしていた。
結果、どうなったか?
沢山の子供が『サルモネラ菌』による腹痛を起こしてしまったの。
それで広まったのが『ミドリガメには毒がある』と言う噂。
私たちに、毒があるわけ無いじゃない!
『サルモネラ菌』ってそこら辺にいくらでもあるし、別に亀に限らずペットなら犬でも猫でもくっ付いてる可能性はある。
要は、『手洗い』をすれば予防出来る話。
なのに、その噂を聞いた親達は私たちを『自然に帰す』と称して河川に放してしまった。
そして今現在、私たちは『生態系を壊している』と非難されて悪者にされている。
でも、私たちがお菓子のおまけにしてって頼んだんじゃないよ?
ただちょっと環境適応能力が強かっただけ。
ワニガメも、噛みつきガメも、アメリカザリガニも、ブラックバスも、好きで故郷を離れて日本に住んでるんじゃない。
私たちはただ、一生懸命生きてるだけなんだ。
それを、分かって欲しい。
そう思う。